65

 朝比奈さんの発案の人生ゲームは取り合えず終わりを迎えた。隣でズーンと沈んでいる柚希に苦笑しつつ、テーブルの上に広がる道具を片付けていた。


「いやぁめっちゃ笑ったわ。柚希の運は凄まじいな」

「お前ずっと笑ってたもんな」


 呆れたように空が蓮にそう言った。柚希が二度目の離婚をした辺りから蓮は笑いが止まらないのかずっと腹を抱えて笑っていた。朝比奈さんも楽しそうにしていたけど俺も自信を持って言ってやる、これはクソゲーだぞ。


「そんなに面白かった?」


 下を向いたままの柚希の問いかけに蓮は頷いた。何かに気づいたように朝比奈さんが避難するも、蓮は空の方を向いているので柚希の方を見てはいない。


「柚希?」

「ふふ、大丈夫だよカズ。悪は滅びるんだから」

「……程々にね」

「うん♪」


 声音はとても穏やかで可愛いものだった。でも蓮の後頭部を瞬きせずに見つめ続けるその様子は正直言って怖かった。サッと立ち上がった柚希は足音を立てずに蓮に近づいていく。流石に朝比奈さんが止めるかと思ったのだが、朝比奈さんは我関せずと言わんばかりに距離を取っていた。


「……蓮」

「なんだ?」

「お前は良い友達だったよ」

「いきなり何だよ……」


 空がそう言い、隣に居た洋介が力強く頷きながら手を合わせて合掌した。突如とした静寂と空と洋介の様子から、どうやら蓮は長年の付き合いから感じるモノがあったらしい。後ろを振り返ることなく、蓮が立ち上がってこの場から逃走しようとした。


「……逃げる!」

「逃がすと思ってるの?」


 立ち上がった蓮の頭に手を置いた柚希、その瞬間蓮の動きがピンと音を立てるように止まったではないか。気のせいか蓮の頭がミシミシと音を立ててるんだけどこれは大丈夫なのか?


「なあ、あれ大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ」


 ……朝比奈さん、君がそれでいいのかよ。空と洋介はともかく、乃愛ちゃんと青葉さんは懐かしいモノを見るように優しい目を柚希たちに向けていて……あれ、この空間において一番おかしいのは俺なのか? 俺だけが異端なのか?


「ゆ、柚希さん……あの、たぶん逃げられないと思うので一言だけいいっすか」

「あら、往生際がいいじゃない。どうぞ言ってみて?」

「……優しくしてね?」

「うふふ、しないわ♪」


 その瞬間、蓮の絶叫が響き渡るのだった。

 テレビで見るような締め技を掛け、タップするように柚希の腕に手を当てるが柚希は全然やめる素振りがない。


「た、助けてくれ和人!! 和人! マイフレンド!!」


 命の危険を感じるような救いを求める声に俺は立ち上がろうとして、改めて朝比奈さんに視線を向けると……。


「……やっぱりこれが私たちなんだよね」


 しみじみ言ってんじゃねえよとツッコミを入れそうになった。暴君を通り越して鬼神になっている柚希に歩み寄ると、彼女は俺を見てハッとするように蓮の拘束を解いた。


「ご、ごめん蓮! アタシ……ちょっと蓮を殺したくなっちゃって、それでつい自分を止められなくなっちゃったの!」

「物騒なことを本気で申し訳なさそうに言うな!!」


 ぜえぜえと息を吐く蓮、そんな蓮を抱擁するように歩み寄ったのは朝比奈さんだった。彼女は安心させるように蓮を抱きしめているけど、あなた逃げてたよね?


「カズぅ!」

「おっと」


 抱き着いて来た柚希の頭を自然と撫でた。さっきの蓮を射殺すような目を既にしておらず、その瞳に映るのは俺の顔だけだった。彼女はえへへと笑いながら、いつもするように俺の胸元に頬を擦りつけるのだった。


「お兄さんお兄さん、あれがお姉ちゃんの例の姿だよ」


 トントンと肩を叩いた乃愛ちゃんがそう言った。俺自身が向けられたわけじゃないけど、あの柚希の目には見つめられたくないなとは思った。普通に怖かったし、でも普段見れない姿を見れたのは新鮮だったかな。


「柚希もあんな顔があるんだなぁ」

「……つい昔の血が騒いじゃった」


 昔の血とは、まあ聞かないでおこう。

 さて、人生ゲームが思いの外白熱したせいか時間は結構経っていた。もうすぐお昼だけど……ああいや、それよりもちょっとトイレに行きたくなってきたな。


「朝比奈さん、トイレ借りてもいい?」

「いいよ。場所は……」


 立ち上がろうとした朝比奈さんを止めたのは柚希だった。


「アタシが教えるよ。ほらカズ、いこ?」

「分かった」


 昔からここに来たことのある柚希なら知ってて当然か。柚希に促される形で外に出ると、この部屋に来るときにも見た大きな庭が俺たちを出迎える。本当に大きいなと思いつつ、俺は柚希の手を引かれてトイレへと向かった。

 しかしその途中で、廊下の突き当たりに差し掛かった際に柚希がキスをしてきた。


「……えへへ、いきなりごめんね?」

「ううん、謝ることじゃないよ」


 いきなりだったからビックリはしたものの、彼女からのキスを嫌がる理由はない。柚希が望むならいつだって応えたいってそう思うくらいだから。


「アタシさ、さっきの離婚二連発が思ったよりも響いてるんだよね」

「……あれは運が悪かったな」


 いくらゲームとはいえ、離婚の二文字にあそこまで取り乱すくらい柚希は俺を想ってくれているということなんだろう。朝比奈さんの家ということで少しの申し訳なさを感じつつ、俺は柚希にお返しをするようにキスをした。

 触れ合うだけのキスだったが、徐々に唇に舌を這わすようになってくると流石に顔を離してしまう。


「……あ」


 顔を離すと柚希は切なそうに声を漏らした。頬は赤く目は潤み、そんな彼女を見ていると俺も変な気持ちになってくる。だからこそ、俺はこんな提案をした。


「なあ柚希、今日母さん帰ってくるのちょっと遅いんだ。だから夕方家に来る?」

「行く。絶対に行く」


 約束だよ、そう言って柚希は離れた。それからしばらく歩いているとトイレが見えてきた。柚希にお礼を言いつつ、トイレを借りるために中に入った。こういった和風な作りの家だと、夜のトイレとか色んな意味で怖い気がしてきそうだ。以前に空とやったホラーゲームとかこんな感じだったし、トイレから廊下に出た瞬間景色が変わっていたり……なんてことはないよな?

 あり得ないことに苦笑しつつ、用を足して手を洗い外に出ようとした時だった。コトンと、誰も居ないはずのトイレから音が聞こえた。


「っ!?」


 ……本当に何もないんだよな?

 部屋とかに居ても時々変な音が聞こえることってあるし、まあそんなもんだろうと思って俺は出来るだけ後ろを振り向かず外に出た。


「……柚希?」


 外に出た俺を待っていたのは柚希……ではなく無人の廊下だった。


「……えぇ」


 居るはずの柚希が居ない、そのことに急に怖くなった俺は周りをキョロキョロと見てしまう。すると女子トイレの方から水が流れる音が聞こえた後に柚希が出てきた。


「あ、ごめんカズ。待たせたかな?」

「……は~」

「か、カズ!?」


 深く息を吐き出した俺を見て柚希がどうしたのかと慌てるんだけど、流石に怖くなったとは恥ずかしくて言えなかった。すぐに手を握った俺だったが、柚希は素直に嬉しそうにしながら俺の手を握り返してくれた。

 恥ずかしくて言えない、とは思ったけど安心すると口って軽くなるよね。


「実を言うと怖かったんだわ」

「怖い?」


 頷いた俺はさっきのことを柚希に教えた。すると柚希はクスクスと笑った。


「へぇ、カズって結構そういうのに怖いって思うんだ」

「まあな。ホラーゲームとかやると結構景色を連想することもあってさ」

「ふ~ん」

「空と一緒にやる時とか結構お互いに引っ付いてるくらいだし」


 相手が男なのにマジで、なんていう奴は一度部屋を暗くしてホラゲーをやってみてほしい。怖いモノは本当に怖いんだよマジで。

 ただ、こう話したのがマズかったのかもしれない。


「ねえカズ、今度アタシもカズと一緒にそのホラーゲームやりたい!」

「……本当に?」

「うん! それにもうそろそろ夏が近いし、良い感じに体が冷えるかなって」

「……ほう?」


 確かにひえっひえにはなるな……でもそうか、いやでもなぁ。この場合、柚希のことを考えて頷かない方が優しさなのか。それとも一緒にやることを約束するのが優しさなのか……まあ意外と柚希がホラーに強いことも考えられるし……よし、俺は柚希の提案に頷くことにした。


「それじゃあまた泊まりに来た時とかにやろっか」

「うん! 楽しみにしてるね!」


 楽しそうな柚希の笑顔を見ていると、やっぱり俺も自然を笑みが零れる。


 ただ、これは少し先の話になるのだが……後に柚希はこの提案を心から後悔することになるのだった。

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