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人生ゲーム、あまりやったことはないけどどんなものかは知っている。サイコロを振って駒を進めていき、色んなイベントを進めていくゲームだったはずだ。お金を稼いだりするのもそうだけど、どうやらこの朝比奈さんが用意したものは色んなイベントがあるらしく内容も豊富とのことだ。
「じゃあ私と蓮君はゲームマスターみたいな感じでやっていこっか」
「了解。笑わないように頑張るわ」
笑う何かがあるのか? ちょっと得体の知れない不安に駆られる俺とは裏腹に、蓮と朝比奈さんは本当に楽しそうに笑顔を浮かべている。決して愉しい方の文字ではない……はずだ。
参加するのは俺と柚希、空と青葉さん、洋介と乃愛ちゃんだ。それぞれ自身の分身となる駒とサイコロを持っていざゲームは始まった。とはいっても特に最初のうちは特筆することはなかった。適当にイベントをして資金を貯めていき、他の参加者と金を取り合ったりとそんなところだった。
しかし、その時は訪れた。柚希がサイコロを振り、出た目の数だけ進んでいくと結婚マスに止まった。
「あ、結婚マスだね。柚希ちゃんが選ぶ人と結婚でき――」
「カズ!!」
お、おぉ……どうやら柚希と結婚したようです。詳しく見てみると、結婚した場合は持っていた資金は共有になるらしく、買い物をしたり不動産を買ったりするのも全て二人の合計から引かれていくらしい。
「えへへ、結婚だよ結婚。旦那様、あなた、呼び方は何がいい?」
「……えっと」
柚希さん、完全に他のみんなが傍に居ることを忘れていらっしゃる。それどころかゲームのことも速攻で忘れたのは……そう言ってしまいそうになるくらい、柚希は俺の腕を胸に抱くように離れなくなった。
「なるほど結婚もあるんですね。では私も空君を……」
「私はようくんを……」
あ、柚希に触発されるように女子勢が真剣モードに突入した。柚希に引っ付かれている俺はともかくとして、空と洋介は二人から醸し出される空気にちょっと引いていた。
さてさて、ゲームとはいえ柚希と結婚したという肩書は何というか……とても嬉しいモノだな。隣を見ればニコニコと抱き着いてくる愛おしい彼女の姿、こんな姿を見れたことはこのゲームを提案してくれた朝比奈さんに感謝しないといけない。
「ほら、和人の出番だぜ?」
「おう!」
みんなの中でも特に俺と柚希はお金が貯まっている。だからこそ、どんなマスに止まっても問題はなさそうだ。まあゲームなんだし、せっかくなら独走状態で突っ走りたいところだよな。
俺の振ったサイコロの目は最高の6、自分の駒を動かしていくと止まったのは特殊イベントと書かれたマスだった。
「きった!!」
「……フフ」
妙に楽しそうに喜ぶ蓮、口元に手を当てて怖い笑みを浮かべる朝比奈さん……何だろう、最高に嫌な予感がするんだが。
このマスに止まると文字通り特殊イベントが発生する。イベントの内容が書かれたカードを朝比奈さんがシャッフルし、どれがいいか指さしてと言われたので俺は五枚あるうちの真ん中を選んだ。
「はい。三城君と柚希ちゃん、離婚です」
「……え?」
「……は?」
すっと、一気に部屋の温度が下がった気がする。青葉さんと乃愛ちゃんが柚希を見てギョッとしたような顔になり、空と洋介もサッと目を逸らした。蓮は肩を揺らして笑っており、朝比奈さんは……もうすんごい悪い笑顔なんだけど!?
「内容はこうだよ。夫が仕事の失敗で多額の借金を背負いました。今まで貯めていた貯蓄を全て失うことに、結婚している場合相手の人はそんな夫を見捨てて逃げます。三城君は借金を背負い、柚希ちゃんは別れるだけで特にデメリットはないね」
なるほど、これはちょっとキツイ――
「嫌だ!!」
「……柚希?」
「アタシは! そんなことで別れたりしないもん! 借金が何、そんなものアタシとカズの愛があれば関係ないもん! そうだよね!?」
泣きそうな顔で肩をガクガクと揺らされるんだが……えっと、俺はどう答えたらいいんだろう。柚希の肩に手を置いた朝比奈さんが耳元でこう囁く。
「柚希ちゃん、ゲームの進行が滞るから早くしてね?」
「……あい」
柚希は自らの手で俺たちの駒二つが結婚したという証のアイテムを手放すのだった。これによって俺と柚希はフリーになり、俺は多額の借金を背負うことになった。
「……誰よこのクソゲー作ったの」
そして俺の鼓膜はちゃんと、誰にも聞こえないような小さな声を拾うのだった。こんなことで機嫌が直るかは分からないが、俺は柚希の頭を優しく撫でる。にぱぁと笑顔を浮かべてくれたが、すぐに離婚の事実を思い出してはズーンと沈む。案外、笑い続けているゲームマスターの二人を見ているとこの悲劇も最初から約束されていたのかもしれないな……。
「あ、柚希ちゃん柚希ちゃん。離婚した代わりに柚希ちゃんも特別にイベントカードを選べるんだよ。こっちから選んでね」
「……一番左」
もう声から元気が全くないんですが。
柚希が選んだカードを見て朝比奈さんが堪え切れずに笑った。これはまた何かどえらいものを選んでしまったようだが果たして。
「柚希ちゃん、再婚です。相手は一番稼いでいる人なので……そーちゃんだね」
お、どうやら空と再婚のようだ。しかし、空は何かに恐れるように洋介の背に隠れている。
「なんで隠れるの」
「お前、自分の顔を一度鏡で見ろよ……」
幽鬼のように立ち上がった柚希は再婚相手である空の隣に座った。目元が髪の毛で隠れて見えないけど、纏う雰囲気がそれはもうヤバいくらいに恐ろしい。
「あ、でもこれで資産共有だからそーちゃんと柚希ちゃんがトップだね」
「夫婦仲は最低だけどな」
蓮がボソッと呟いた一言が今まさにこの状況を的確に表していた。
「……あはは、全然嫉妬しないんですけど」
「お姉ちゃん怖すぎる……」
同感だ。さて、こうなった以上続けないことには仕方ない。とっととゴールまで行って終わらせよう。じゃないと俺もこの空気に耐えられそうにないからな。それから何巡か特に大きなイベントは起きなかったが、再び俺は大きな選択を迫られることになるのだった。
「あ、最強お助けマスだね」
「なにそれ」
「ふふ、とりあえず選んでみて」
ふむ、どうやら特殊イベントと同じような感じなのかな。俺は一番右のカードを選んだ。するとおぉっと声を上げた朝比奈さん。
「人生大逆転、買った宝くじが大当たりして一気に億万長者に。しかもそれで会社経営してそれも軌道に乗ることになったよ」
「おぉ……」
「そしてここからが凄いんだけど、なんと結婚している女の人を奪うことが出来るって」
「ふ~ん?」
「そーちゃんから柚希ちゃんを寝取れるってことだよ」
「言葉を選んでください雅!!」
寝取るって穏やかじゃないな……まあいくら相手が柚希でもその、寝取りの趣味はないもんで取り合えずこう答えておくことにしよう。
「寝取るのはいいや……なんか違う気がするし」
うん、俺の返答は何も間違ってないはずだ。しかし、ガッと柚希が立ち上がった。
「カズ! アタシを空から寝取ってよ! ほらほら!!」
「……ぷふっ!」
だから笑うんじゃないよ蓮!!
いくらゲームといえど道徳観に囚われる俺と、そんな道徳捨ててしまえと言わんばかりに寝取ってくれと声高に宣言する柚希の図……とりあえず一言よろしいか。
「これ、ハッキリ言ってクソゲーじゃない?」
「今頃気づいたのかよ」
「遅すぎるぜ和人」
「遅すぎますね」
「遅いよお兄さん」
……なるほど、どうやら正真正銘のクソゲーを俺たちはやらされていたようだ。取り合えず、柚希の希望を聞くように俺は再び再婚の道を選んだ。嬉しそうに俺の隣に再び来た柚希……よし、これで不穏だった空気が安心したモノに――
「……あ」
柚希が振ったサイコロの目は6、そして向かった先のマスはこうシンプルに書かれていた。
“離婚”
突如、柚希の大絶叫が朝比奈邸に響き渡るのだった。
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