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「それでね、カズが写真を撮ろうって言ってくれたの」
「なるほど三城君が……」
「ふふ、柚希ちゃん凄く嬉しかったんだね」
授業と授業の合間の短い休み時間なのだが、俺はというと青葉さんと朝比奈さんに向けられる視線から逃げるように体を小さくしていた。今日の柚希がいつもと違うことに気づいた二人が何があったかを聞き、それで柚希があのウエディングドレスのことを話して今に至るというわけだ。
「そのまま結婚する勢いじゃないか。ラブラブでいいねぇ」
ニヤッと笑いながら蓮が肩を叩いてくる。休み時間の度に朝比奈さんと引っ付いてるやつが良く言うよ本当に……あれ? もしかして俺って人の事言えない? 柚希とのことを考えてみると否定できないな確かに。
「……なあ和人」
「なんだ?」
ふと真剣な声音で蓮が俺の名前を呼んだ。どうしたんだと思って視線を向けると、いつにない真剣な目で蓮は俺を見ていた。
「柚希のこと、ありがとな」
「……いきなりどうしたんだよ」
「いやいや、単純にお礼が言いたかったんだ」
そう言って蓮は柚希たちを見つめた。その横顔はやっぱりイケメンだなと思いつつも、幼馴染を想う優しさに溢れていた。
「俺と空、洋介にとって柚希はまあ……何度言ったか分からんがガキ大将みたいなもんだった。事あるごとにプロレス技は掛けてきやがるし、パンツをはぎ取っては全力で逃走したりと……な?」
「……笑うところ?」
「笑え」
「はははははは」
いや、わざとらしい笑いにはなったけど本当にその光景が直で見たかった気がするのも確かだ。空たちにとっては災難かもしれないけど、きっと思い出の一つにはなったんだろうな。
「そんな柚希だったけど、当たり前だが大切な友達だ。俺たちの中心に居たのは空みたいな部分はある。でも一番のムードメーカーはあいつだった……いつも馬鹿なことをやって俺たちを笑わせて、何かあればすぐに駆け付けてくれる優しい奴だ」
何かを思い出すように蓮は目を閉じた。
きっと蓮は色んな記憶を思い起こしているんだろう。そうやって思い出せる記憶があるのは本当に羨ましい……って、これも何回目だよ。
「そんな風に仲良くしてたからこそ、柚希が幸せそうに笑ってるのは嬉しいんだよ」
「……そっか」
たぶん、柚希も一緒だと思うぞ? 蓮と朝比奈さんが共に寄り添っていつまでも楽しそうに、幸せそうにしているならきっと嬉しいはずだ。俺はまだ蓮たちと知り合って少しだけど、今でもずっとそう思っているくらいだから。
「……ククッ」
「?」
なんかいきなり邪悪な笑いをしたぞ蓮が……。蓮はガシっと俺の肩に腕を回すように顔を寄せてきた。
「まあ色々と見てきたけどさ。ガキ大将だった柚希が和人と二人っきりだとどんな感じになるのかも興味があるんだよなぁ」
「俺もあるぞ」
「うおっ!?」
蓮とは反対から声が聞こえてビックリしてしまった。いつの間にか傍に来ていた空も蓮と同じように俺の肩に腕を回していた。
「洋介は……って寝てんのか」
「あいつはいつも寝てるって」
チラッと見たら机に突っ伏すように洋介は寝ていた。まあ基本的に授業合間の時間って洋介はあんな感じだからなぁ……でも、ということはこの二人から逃げるのは難しいということでは。
「……いや、言わねえ」
少し力を入れて二人の腕を外し、俺は改めて二人に向き合った。だってさ、二人っきりの時の柚希って可愛いしかないからそれを話すのは恥ずかしいし……何より、その柚希を知ってるのは俺だけでいいじゃんっていうのはダメかな。
「知ってるのは俺だけでいいんだ」
「?」
「……ふ~ん?」
蓮がチラッと後ろを見たのを感じて俺も視線を向けようとしたが、何故かガシっと肩を掴まれて振り向くのを阻止されてしまう。一体何だと思ったけど、二人の目が続きを話せと言っている感じがしたので俺は言葉を続けた。
「二人っきりの柚希のことは俺だけが知ってればいい。だからすまん、教えるのはちょっと嫌だわ」
「なるほど、それだけ独占したいってことか?」
「独占か……う~ん」
そりゃ自分の彼女だから独占したいのは当たり前だろう。ただ、ちょっとそれも重すぎるかなと思って返事に困った。さて、どんな返事をしようかと迷っていると俺の後ろからヌルっと腕が伸びた。
白い綺麗な腕は俺の前で交差し、そのまま体を抱きしめるように背中に誰かが引っ付いた。
「アタシはカズを独占したいなぁって。カズはどうなの?」
肩に顎を置かれ、顔の真横から聞こえて来た柚希の声に俺は観念するように頷いた。すると嬉しそうに柚希は首元に顔を引っ付けてきた。どうしようもないくすぐったさに耐えながら、こいつら気づいてたなと蓮と空を見る。
「教室でこれだもんな」
「あぁ、人の目なんてお構いなしだし」
空と蓮は苦笑しながら俺たちを見ていた。そんな中、朝比奈さんが蓮に駆け寄るように飛び付く。
「じゃあ私も蓮君に引っ付く~!」
「おっと……まったくこいつは」
そうは言いながらも蓮は嬉しそうに朝比奈さんを抱きしめ返していた。朝比奈さんが行動したということは最後に残った青葉さんだけど、彼女もまた空に向けて駆け出そうとする。
「それでは私も空君に――」
「いいぞ?」
「……!?」
雷に打たれたように青葉さんは動きを止めた。とはいえビックリしたのは俺たちだってそうだ。柚希もそうだし、蓮と朝比奈さんも仰天するようにその目を見開いていた。後、ついでに洋介も何かを察したのか目を覚ましていた。
「……えっと……嫌なら嫌と言っていただいても」
「嫌じゃないってば……まあ別にしないならしないで俺は――」
「します!!」
まるで宣言のように大きな声を出すも、青葉さんは戸惑うように二の足を踏む。何故かクラス中の雰囲気が頑張れ青葉さんみたいな感じになっているような気がしないでもない。青葉さんはゆっくりと、しかし確実に空へと足を進め……そして抱き着いた。
「……なんか感動です」
「……………」
あ、空が照れてる。ていうか、クラスで俺たち三組は一体何をやってるんだろう。正面から抱きしめ合っている二人よりは、柚希に背後から抱き着かれている俺はちょっとマシだろうけど。
「空君ちょっと……」
「?」
「……すんすん……ふはぁ♪」
……いやそれは。
「それはどうなのよ凛……」
決して乙女が見せてはいけない顔になってしまった青葉さんを見て柚希が額に手を当てた。俺も見てはダメだと思い視線を逸らす……いや、それくらい酷い顔をしていたんだ。具体的に説明はしないけどさ。
「ふふ、でもこれから先いろんなイベントがあるんだよね。その度にみんなでワイワイ出来るといいね」
「そうだな。今年は和人も居るし楽しくなりそうだ」
確かにこれからイベントは色々と控えているんだよな。夏休みは当然として体育祭に文化祭、それが過ぎれば冬休みが来てクリスマス、そして正月と……色んな思い出が作れそうだ。
「そっか。夏休みってなると海だよね」
「いいね! また去年みたいに別荘に招待するよ」
朝比奈さんの家は別荘も持ってるのか、素直に凄いと思ってしまった。けどそうだよなぁ、今年の夏休みは柚希が傍に居るのか。去年はほぼ一人で過ごしたし、遊んだとしても空と家でゲームばかりだったから新鮮な気がする。
「ねえカズ、水着買うの一緒に行こうね? 去年のやつは着れないから」
「そうなの?」
「うん。カズのことを想って色々と……ってなしなし! なんでもないから!」
「お、おう……」
俺の直感が言っている、これは深く聞いたらダメなやつだと。
「……ちっ」
っと、そんな話をしていると青葉さんが舌打ちをした。彼女は親の仇を見るように柚希の胸を凝視している。
「おかしいですよ。なんで私はこんななのに柚希のはあんなに? しかもまだ成長しているという話……世の中不公平じゃないですか? 神様っているんですかね、居たらぶっ殺してやりたいんですけど」
「凛……?」
「私だって空君を想って色々と……それなのにふざけんじゃないですよ!」
荒れそうになった青葉さんと肩に手を置き、空がビシッと決めるようにこんなことを口にするのだった。
「凛、俺が読んだことのある漫画にこんな台詞がある」
「はい?」
「貧乳はステータスだ。希少価値だと」
「……ふんっ!!」
あ、見事なグーパンが腹に決まった。何というか、空って色々と考えているのか考えてないのか分からないことがあるよなぁ……って大丈夫かあれ。
「アタシは特に特別なことはしてないんだけどね。まあ昔から牛乳は好きだったけどそれくらいだもんなぁ」
「良く聞くけどどうなんだろうねそういうの」
「さあ?」
「私だって牛乳飲んでましたけど!? 何なら今でも飲んでますよ毎日!!」
青葉さん、君の気持ちは分かったから取り合えず落ち着こう。というか空の首を絞めるように揺らすのはやめようか。白目剥いちゃってるからさ……。
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