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「あら、それって昔のアルバム?」
「あ、あぁ……」
ゆーちゃんと書かれた写真の女の子、これが柚希かどうかはハッキリしていない。でも……この目を離せない感覚は間違いない。この子は柚希だと、俺の中で何かが叫んでいた。母さんも俺の見つめるアルバムに目を通し、あぁっと思い出したように声を上げた。
「そう言えばこんなこともあったわね。これ、まだ和人が保育園の頃よ」
「……そんな感じはしてたけど」
何となくそんな気はしていた。もしかしたら小学校に入ったばかりかとも思ったけど保育園の頃の写真らしい。母さんは何気なしに見ているが、やっぱりこれが柚希だとは全く思ってないようだ。
「デパートに行った時に和人が迷子になっちゃったのよね。それで探していたらその子があなたの手を握っていたの。ふふ、この子一瞬男の子かと思ったけど女の子なのよね」
「……うん」
「? それで、凄く仲良くなってたけどすぐにお別れしちゃったから。それからたぶん会うことはなかったと思うんだけど。あぁそうそう、ゆーちゃんってそう呼んでたわね」
この話を聞いても、全然その時のことは思い出せない。けれど、俺とこの子が過去に出会っていたのは間違いなかったらしい。
「どうしたの?」
「……いや、何でもないよ」
「そう?」
分からないけど、一度柚希に話してみるのもいいかもしれない。俺がこんなんだから柚希も覚えてはいないはずだ。というか、もし俺と違って覚えていたらあの子のことだからきっと教えてくれたと思う。
そんな時だった。俺のスマホが震え、柚希が電話を掛けて来ていた。
「……もしもし」
なんてタイミングの良さだと、そう思った俺は柚希の電話に応えるのだった。
「……お母さん、これは?」
家に帰って私はお母さんとお父さんにカズと一緒に撮った写真を見せた。お母さんは凄く興奮しながら見せて見せてと言って、お父さんはあまり気にしてなさそうにしながらもチラチラと視線を寄こしていた。
写真を見つめ続けるお母さんに、早く見せてくれと言ったお父さんの顔はちょっと面白かったなぁ……って、そんなことを考えながら私は偶然にリビングに置かれていたアルバムを見ていたのだ。
昔からの私たちを記録した写真の数々、思い出すのも恥ずかしい私が写っている数多くの写真だ。懐かしさを感じながらも、私は見るのが少しだけ恥ずかしかったけど昔を思い返すように手が止まることはなかった。
そんな中で、私は見つけてしまったのだ。
一枚の写真を……私は一人の男の子の手を握り、ピースをしている写真を。
「あぁこれね。そういえばあったわねこんなことが。まだ柚希が保育園の頃でデパートに買い物に行った時かしら。私たちの前に泣きながらその子が歩いて来たのよ。それで柚希がどうしたのって声を掛けて……覚えてないでしょ?」
「うん……全然覚えてない。でも……この写真は」
「……?」
食い入るように見つめる私にお母さんが首を傾げる。私はそんなお母さんの様子を全く気にすることがないほどに、その写真の男の子を見つめ続けていた。
お母さんが話してくれたように、保育園の頃なんて覚えてない。それこそ、この子の手を握ってこんな写真を撮った記憶なんて尚更だ。でも、私にはわかる……この写真に写っている男の子は他でもないカズだって。
「……カズくん」
そんな私の確信を裏付けるように、写真に写る男の子を示すように幼い頃の私が書いたであろう汚い文字でそう書かれていた。カズくんと、そう書かれている文字を見てお母さんがまさかと驚く。
「もしかして、これ和人君?」
「……わかんない。でもきっとそうだよ。アタシは間違えない……アタシの中の何かがこの子はカズだって言ってる!」
そうだ……絶対に間違っていない。
アタシは震える手でスマホを操作してカズに電話を掛けた。しばらくコール音が鳴り続け、そしてすぐにカズは電話に出てくれた。
『……もしもし?』
「カズ? アタシ、いきなりごめんね」
『ううん、柚希からの電話ならいつだって出るさ。それより……どうしたの?』
いつだって出る、その言葉に嬉しさが込み上げて来そうになるのを何とか押さえ込んでアタシは写真のことを聞いてみた。
「ねえカズ、今アタシね。昔の写真を見てたの……そしたら、カズくんって書かれてた写真を見つけて――」
『……はは、そっか。実は俺もなんだ』
「……え?」
『ゆーちゃんって……そう書かれてる写真を見つけた。洋介に見せてもらった昔の君が俺の手を握っている写真がさ』
「……あ……あぁ」
カズのその言葉を聞いてアタシはこんなことがあるんだって思った。相変わらず記憶なんてないし、その時のことを全く思い出せないけど……でも、こんな運命みたいなことが起こるなんてと……アタシは涙が出そうになった。
『つっても全然思い出せないんだけどな。母さんはそんなことがあったねって覚えてるみたいだけど』
「……ふふ、それはアタシも一緒だよ。全然思い出せないけど、お母さんはよく覚えてたみたい」
それならもっと早く教えてよ、なんてのは我儘だよね。
お母さんもお父さんも、そして途中から傍に来た乃愛も私の雰囲気を察してか言葉を挟むようなことはしなかった。まあ、私としてもあまり気にするほどの余裕はなかったんだけど。
「……凄く不思議な気分だよ。そっか……そうなんだね」
もしかしたら、アタシは空たちよりも前に……カズに出会ってたのかもね。
『……凄く不思議な気分だよ。そっか……そうなんだね』
「……そうだな」
本当に不思議な気分だ。
この子が柚希で、柚希もまたこれと同じ写真を持っているというのは驚いたけれど……運命なんてものは本当にあるんだと俺は思った。
隣に居る母さんも何かを察したのか静かにしているけど、俺は今柚希と話をするのに夢中でそちらを気に掛ける余裕はなかった。
「なあ柚希」
『ねえカズ』
「俺たちは……」
『アタシたちは……』
“ずっと前から、出会ってたんだね”
そうお互い同時に口にした。
しばらく余韻に浸るように無言の状態が続いたものの、どちらからともなく笑みが零れた。
「あはは、だからなんだって話だけど……今更だな」
『そうだね。今更どんな過去があったって、アタシたちはアタシたちだよ』
きっと思い出話の一つにはなるんだろうけど、だからといって俺たちの何かが変わるわけじゃない。俺はこれからも先、ずっと柚希を好きで居るんだろう。それは何があっても変わらない、そしてそれは柚希も一緒だって信じている。
『……うぅ! でもでも! 今目の前にカズが居たら思いっきり抱き着きたい! 思いっきり抱きしめられたい! 耳元で好きって言ってもらいたいんだけど!』
「あはは……それは俺も同じだけど、それはまた明日かな」
『分かった……明日まで我慢する。絶対だからね?』
「あぁ、約束するよ」
電話の向こう側で藍華さんたちの声がしたけど、まさか柚希この会話をずっと家族の前でしてるのか? まあすぐ隣に母さんが居る俺も人のことは言えないけど、こんな赤裸々な話を聞かれるのはちょっと恥ずかしいな。
それから俺と柚希はしばらく話をして、また夜寝る前に電話をする約束をして一旦切ることにした。
「ふふ、この子が柚希ちゃんって本当なの?」
「驚いたけどね……でも、何となく分かるんじゃない?」
「……そうね。何となく分かるわ。そっか……感慨深いわね」
本当だよ。
俺はもう一度この写真を見つめ、思い出せることはないかと自身に問う。でも当然のことながら、やはり何も思い出せないことに俺は苦笑するのだった。
『今日はありがとゆーちゃん』
『全然いいわよ。カズくんが泣き虫なのは良く分かったから!』
『うっ……』
『あはは、でもちょっと寂しいかな……ねえカズくん、またいつか会える?』
『分かんない……でも、いつか会えると思う!』
『そうだよね。その時はもっと遊びましょ? おともだちとして』
『うん! ともだちだもんね! 約束だよ!』
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