55

「……え? 和人たちあの時居たのか!?」

「いや~その偶然?」

「そうそう偶然よ偶然!!」


 昼休み、いつもの面子で昼食を食べていた時に案の定青葉さんに追及された。それを聞いて空が驚いたように声を上げたが……うん、確かに盗み聞きしたのは事実みたいな部分はあるけど、ファミレスの前で二人を見かけたのは本当に偶然だ。だから間違ったことは言ってない……言ってないよな?


「確かにそうでしょうけど、それなら声を掛けてくださればいいのに」

「……凛?」

「ふふふ、そこで声を掛けずに敢えて傍の席に座ったということはそういう意図があったということでは?」


 く、黒い笑顔に委縮してしまいそうになる……青葉さんの笑顔がかなり怖い。ただ流石に昼食の合間ということもあり青葉さんはクスッと笑いを零して身を引いた。


「……青葉さん怒ると怖いんだなやっぱり」

「まあね。普段大人しい子が怒ると怖いってやつ?」

「二人とも?」

「「何でもないです!」」


 俺たちは二人揃って背筋をピンと伸ばした。

 まあ別に青葉さんは怒っているわけでもなく、あの時のことを追及して顔色が悪くなる俺たちを楽しそうに見てたし、単純に青葉さんはSなのかもしれない。


「まあそろそろ私と空君のお話は終わりにして、次はあなたたち二人の話を聞きたいです。ね? 柚希」

「……そう来たか」


 俺にもそうだが、青葉さんは完全に柚希をロックオンした。昨日までの休日で何があったのか、柚希の雰囲気からある程度察しているみたいだけど本人の口から色々と聞きたいらしい。空は首を傾げていて微笑ましいと思えてしまうが、青葉さんにこう言われると煙に巻くのも無理そうだ。


「……そんなに気になる?」

「気になりますとも。あ、それならこうしましょう」


 青葉さんは椅子を動かして柚希の傍まで近づいた。


「私に聞こえる程度で教えてください。その、私の方としても今度の参考に出来ることがあるかもしれないですから」

「なるほど……じゃあこっちに」


 二人して俺たちから離れ、顔を近づけて話し始めた。まあ聞こえるように話されるよりはマシかな。青葉さんが何を聞きたがり、柚希が何を話しているのかが分かるからこそだ。


「それでね、カズがこう……優しくてさ。それでアタシ――」

「……そ、そんな風に……それで、最初はやっぱり痛かったです?」

「血はそこまでだったけど痛かったね。泣いちゃったもん」

「……やっぱりそうなんですね」


 ……いやごめん、普通にそこそこ聞こえてくるんだけど。


「何を話してるんだ?」

「……まあその内空も経験すること……かな」

「ふ~ん?」


 まあ流石にこれをそのまま教えるのは彼女たちにも悪いし俺も恥ずかしいから申し訳ない。そんな風に俺にだけ僅かに聞こえてくる二人の会話に何とも言えない気持ちになっていた時、一人の女子生徒が近づいてきた。


「あの、月島さん。廊下に話がしたいって人が来てるんだけど」

「話……?」


 そう言って柚希が視線を向けた先に居たのは……誰だろう。たぶん上級生だとは思うけど名前までは分からない。柚希も良く分かってないみたいで首を傾げていたが、どんな用なのかはある程度察しが付いたらしい。


「ごめんだけど、アタシは何も話すことはないって伝えてくれる? あなたにこう頼むのはちょっと申し訳ないけどさ」

「あはは、いいよ。そう伝えてくるね」


 そしてこの子もまた柚希と同じくあの先輩の意図が分かっているらしい。ここまで来ると俺も分かるけど、本当に綺麗な彼女を持つと気苦労が絶えないな。あの先輩に関してはこれで終わりかと思ったが、その人は何と教室に入ってきた。


「……めんどくさ」


 傍で柚希が素直にそう漏らし、青葉さんも鬱陶しいモノを見るような目をする。


「いきなりごめんね月島さん、俺は川島っていうけど……知らないよね?」

「知りませんね」


 川島さんって言うのか、確かに知らなかった。

 何でも彼は柚希にどうしても話したいことがあるらしい。ここでは話しづらいから付いてきてほしいと言うが、そんな彼に言葉を返したのは意外にも青葉さんだった。


「それはここでは言えないことですか?」

「……そうだね」

「告白ですか?」

「……どうだろうね」


 返事を濁したが十中八九それで合ってるんだろう。俺は柚希を背にするように庇うと、川島さんは俺を見て少し視線を厳しくした。以前柚希に絡んできたあの先輩ほどではないが、それに似たような視線だと感じた。


「だとしたらお帰り下さい。柚希には既に素敵な恋人が居ます。先輩の入り込む隙はありません」


 恋人、その単語に川島さんは眉を上げた。青葉さんにそこまで言われても川島さんは帰ることはなく、俺の背に居る柚希に視線を向けた。


「それでも、話をするくらいはいいと思うんだけどな」


 人好きするような笑みを浮かべた川島さんに、俺はこう口を開いた。


「じゃあ俺が嫌なんでやめてください」

「……………」


 素直に口に出してしまったけど構わないだろう。俺に向いた視線は完全に敵を見るそれだが安心してほしい。俺も似たような目をしていると思うから。すると、ポンと肩に手を置かれた。それは柚希の手で、彼女は俺に微笑んで前に出た。


「ごめんなさい、帰っていただけますか?」


 短い、たったそれだけの言葉だったけど大きな想いが込められていたようにも感じる。川島さんは悔しそうに握り拳を作ったものの、柚希にここまで言われてはダメだと思ったのか教室から出て行った。


「……普通さ。人に想われることって光栄なことだとは思うけど、それを鬱陶しいとかめんどくさいって思う私は冷たい人間なのかな」


 柚希が小さくそう呟いた。確かに誰かに想われたり、好かれたりするってことは普通は嬉しいモノだろう。でもそれは時と場合に依るものだと思っている。


「そんなことないよ」

「そうですよ」


 俺に続いて青葉さんがそう言い、ポンポンと柚希の肩を叩いた。


「そもそもの話、どういう理由があるにせよ恋人の居る女の子にちょっかいを出そうとする方が間違っています。なので柚希、何も気にする必要はありませんよ?」

「してないよ?」

「……うん?」


 おや?

 俺と青葉さんはほぼ同時にポカンとして柚希を見つめた。柚希はあははと笑いながら言葉を続ける。


「自分のことに関してそう思っただけで、あの……何先輩って言ったかな。まあいいや、あの人に関して申し訳なさとか感じたわけじゃないよ。むしろ、なんでアタシみたいな一途馬鹿な女を気にするのかなって不思議に思ったくらいで」

「……ぷふっ!」


 柚希の言葉を聞いて青葉さんが噴き出した。


「なるほどです。そうですね、柚希はそんな子でした。変に気にした私が馬鹿でしたよ」

「……それはそれでどういうことなのよ」


 まあ、俺もいつもの柚希だなとちょっと安心したというか。特に何事もなく終わって良かったと思おう。


「和人の苦労が色んな意味で分かるよ」

「……そうか?」

「あぁ」


 空は頷いた。


「まあでも、凜が言ったように柚希はそういうやつだ。柚希は本当に和人のことが好きで、今口にしたように一途なんだ。それだけは変わることはない、この先何かがあったとしても和人もどうか柚希を信じてあげてくれ」


 いつもは聞くことがないだろう空の真剣な声音に俺は頷いた。もちろん、空に言われるまでもなく俺は柚希を信じているよ。彼女が俺を信じてくれるように、俺もそれにずっと応えたいと思うからな。


「何かがあるとは言ったけど、何もないとは思うけどね。和人も知ってるように、俺たちは幼馴染として柚希を大切に想ってる。俺たち男もそうだけど、凛や雅に関してはもっと強い絆がある。何かがある前に叩き潰されそうで逆にそっちが怖いくらいだしな」


 冗談なのかは分からないけど、本当にそうだと思わせる何かがあった。でもそれだけこの幼馴染たちの絆が強いことを意味しているんだろう。本当に、本当に羨ましい繋がりだと思う。


「ってご飯! 食べないと!」

「急げよな」


 まあ空はずっと気にしてない風にパクパク食べてたからな……。俺と柚希、青葉さんは少し急ぐように弁当を平らげるのだった。

 そして、昼休みも後十分というくらいで教室に戻ってきた蓮と朝比奈さんが近づいて来た。


「なあみんな、週末の予定はどうだ?」


 蓮がそう言ってきて考えてみる。別にまだ予定は何も立ててはいない。一応柚希と過ごすことになるとは思っていたけど……一体何だろう。

 気になる俺たちに朝比奈さんがこんな提案をするのだった。


「実はね、久しぶりにみんなをうちに招待しようと思ったの。ようちゃんには後で伝えておくけどみんなどうかな?」


 ……これは、俺も一緒という扱いでいいのかな。


「もちろん三城君もだよ? 良かったら遊びに来てほしいな」

「……分かった」


 どうやら俺もらしい、とりあえず頷いておいた。

 それから流れるように週末の予定が決定した。俺は柚希と乃愛ちゃんの二人と一緒に向かうことになり、よくよく考えれば彼ら全員と遊ぶことになったのはこれが初めてのことである。


「雅のお家すっごく大きいんだよ」

「へぇ」

「和風な感じの大豪邸だよな」

「そうなんだ」

「部屋は汚ねえけどな」

「蓮ちゃん余計なことは言わない!!」


 ふむ、色々な意味で楽しみになってきたぞこれは。


 

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