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 僕の名前は篠崎修平、どこにでもいるような平凡な学生だ。ちょっとだけ女の子に間違われてしまいそうになる中性的な顔がコンプレックスではあるけど、別に苛められたりはしていないのでそこまで嫌ではない。


「あ~、彼女が欲しいなぁ」

「またそれ?」


 そう隣で言ったのは友達の三好君だ。彼は僕のような小柄な体と違い、スポーツをやっているせいかかなり鍛えられた体をしている。それに背も高いし凄く羨ましい。

 さて、そんな彼だけど最近事あるごとに彼女が欲しいと口にしていた。僕はともかくとして、彼はそこそこイケメンだし彼女の一人くらいすぐに出来そうなものだけどなぁ。


「気になる人でも居るの?」


 そう聞くと彼はカッと目を見開いて僕の肩を掴んだ。いきなりのことに少しだけビックリしたけど、こんな突拍子のないことはしょっちゅうあるので今更だ。


「……居る。居るに決まってるだろ俺にも」

「誰なの?」


 このクラスの子だろうか。これは僕が常々思っていることだけど、このクラスもそうだし他のクラスの同級生にも綺麗であったり可愛い子は多く居る。というか、全体的にこの学校の女性のレベルは高いと思っている。同級生然り、先輩方然りね。


「……月島先輩」

「……え?」

「月島先輩だよ。俺、あの人が好きなんだ」

「そう……なんだ」


 月島先輩、僕と同じ委員会に入っている人だ。初めて会った時はこの世界にはこんな綺麗な人が居るんだなとビックリしたくらいだ。ギャルのような見た目で気が強い人なのかなと思ったらその通りで、でも凄く話しやすい人でもあった。そして何より三城先輩が関わることで、あの人は本当の姿を見せてくれる。


「……諦めた方がいいんじゃないかな」


 彼には悪いけど、月島先輩には既に彼氏が居る。結構有名だとは思うけど、そもそも下級生とは接点がそこまでないし、彼みたいに知らない人が居ても変ではないのかな。


「なんでだよ……まさかお前も狙ってるのか!?」

「なんでそうなるの! 違うよ!」


 僕は声を大にして否定した。これは別に月島先輩が嫌だからとか、タイプじゃないとかそういうことを言っているわけではない。単純に、月島先輩の隣に立つのが三城先輩以外想像出来ないのだ。

 月島先輩は隣に三城先輩が居るからこそ、あんな風に笑っているし、幸せな雰囲気を出せるんだと思っている。僕は委員会の会合とかで会うから分かるけど、二人の雰囲気は邪魔できない……いや、しちゃいけないと思わせる尊さがある。


「だったら何なんだよ」

「だって月島先輩、付き合ってる彼氏が居るし」

「……マジで?」

「マジで」

「デジマ?」

「マジデジマ」


 昔に流行ったようなネタを使わせるんじゃないよ……。

 月島先輩は既に付き合っている、そう伝えると彼は一気に打ちひしがれたような顔になった。想いを伝える間もなく撃沈する姿は可哀想だけど、今回に関しては単純に運がなかったとしか言えない。


「相手は誰なんだよ?」

「……ちょっかい掛けたりする気?」


 僕は少し強い口調で彼に問うた。彼は別に悪人ではない、だからこそ変なことをするような人ではないのは分かっている。けど、月島さんの彼氏とかそういうのを抜きにしても、三城先輩は僕に良くしてくれる大切な先輩だ。だからこそ、少しでも恩返しが出来るのなら僕はあの空間を少しでも守りたい。


「ち、違うって! 流石にそんなことしないってば。ていうかさ、そんなことしたら月島先輩に嫌われちまうじゃん。だからしねえよ」

「……だよね」

「あぁ」


 中にはそれでもちょっかいを掛ける人が居るくらいだ。以前に委員会で月島先輩と話す機会があったので教えてもらったことがある。先輩とか同級生とか、結構ちょっかいを掛けられたことがあるらしい。でもその度に三城先輩が庇ってくれたって、凄く嬉しそうに話してくれたっけな。


「三城和人先輩、僕と同じ図書委員会に居る人だよ」

「……誰だ?」


 やはりピンと来ないみたいだが、そう言えばと僕はスマホを取り出した。一度だけ委員会のみんなで写真を撮ったことがあったからだ。フォルダの中を探していると、目当ての写真を見つけることが出来た。


「ほら、この人だよ」

「……なんつうか、普通の人だな」


 この写真を撮った時はまだ二人は付き合ってなかった。それでもこの写真からは当時ですら感じさせる仲の良さが滲み出ている。

 僕の隣に居る三城先輩の背後から抱き着くように、満面の笑みを浮かべた月島先輩が写っていた。恥ずかしそうに頬を赤くしている三城先輩、僕は突然のことに驚いた顔をしていて、先輩方と先生はまたいつものかと言わんばかりに苦笑している。


「……勝てそうにないな。すっげえ幸せそうじゃん」

「でしょう? 前でもこれなのに、付き合いだしてから更にパワーアップしてるんだから凄いよ」

「これで付き合ってないのか!?」


 あはは、やっぱりそのツッコミが出ちゃうよね。僕だって同じことを思ったし、他の人も同様だったらしいから。お互いに気持ちは通じ合ってるし、相手への気遣いも完全に恋人同士のそれ、だというのに二人は付き合ってなかった。思わず先輩方とこの学園七不思議の一つに登録しようとかふざけ合ったくらいなのだから。


「……やっぱ綺麗だなぁ月島先輩」


 うん、僕もそれは思うよ。そうやって三好君と話していると、予想外の出来事がここで発生した。


「失礼します。篠崎君は居ますか?」


 そう言って入ってきたのは三城先輩だった。どうして先輩がここに、そう思った僕はすぐに席から立って先輩の傍に駆け寄った。


「先輩! どうしたんですか?」

「いや、これを渡そうと思ってさ」


 渡されたのは委員会の活動ノートだった。そっか、先週は色々あってもらわなかったんだ。やっぱり学年が違うと偶然出会ったりしない限りは校舎で会うことはそうそうない。そうなるとこうやってどちらかの教室に尋ねるしかないわけだ。


「わざわざありがとうございます」

「どういたしまして、それより変に注目させて悪いな?」

「え? ……あぁそういうことですか」


 後輩が先輩の教室に行くのもそうだけど、先輩が後輩の教室に来るだけでも変な注目を浴びるのはどこも同じではないだろうか。普段絶対に来ない人が現れるわけだからね。

 しかも、先輩に続いて更に“あの人”まで現れたし。


「やっほ、篠崎君」

「あ、月島先輩も居たんですね」


 さっきまで話題に上がっていた月島先輩その人だ。いつも綺麗だとは思っていたけど、今日に関しては更に綺麗に見えてしまって思わず見惚れそうになってしまう。気のせいか教室の中も音が消えたように静まった気がした。


「先に渡しておかないと絶対に忘れるってカズが言ってね。それで朝礼もまだだし今のうちに行こうってことになったの」

「なるほど、重ね重ね本当にありがとうございます」

「いいのいいの! それじゃあカズ、帰ろ?」

「あぁ」


 そう言って月島先輩は自然な動作で三城先輩の腕を胸に抱いた。三城先輩は少し恥ずかしがっているみたいだけど、月島先輩に気にした様子は全くない。


「じゃあな篠崎、また」

「はい!」


 ヒラヒラと手を振って二人は背中を向けて歩き出した。もう顔は見えず何を話しているのかも分からないのに、二人の背中から感じるのは本当に幸せなんだと感じさせる雰囲気だった。

 委員会でもみんな困ったように苦笑したりするけど、先生に至っては孫を見るような顔になってたからなぁ……あの二人の雰囲気は周りですら笑顔にさせてしまう、そんな気がしてくるよ。


「……さてと」


 相変わらず静かな教室、僕は渡されたノートを持って席に戻った。すると三好君がポカーンとしたような顔でこう呟いた。


「……あれは勝てねえぜうん」

「はは、そっか」


 だろうね、たぶん誰にもあの二人を引き裂くことは出来ないと思う。繋がった二人の想いは本当に強いし、言ってしまうと僕の感想だが月島先輩の想いが本当に強すぎると思っている。あの人は何があっても三城先輩を信じ、そして肯定するんだろうと思うから。

 現に以前、月島先輩がこう言っていたのを思い出した。


『アタシは何があってもカズを信じるの。それは絶対に変わらない』


 力強いその言葉に凄く眩しいなと感じたのを覚えている。

 そして僕もまた、こんな風にお互いを心から信じ合えるような女性と巡り合いたい、そう思ったくらいだからね。

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