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 私、青葉凛にとって月島柚希という女の子は親友だ。今はクラスのアイドルのように人気な彼女だけど、昔は本当に今の面影なんて感じられなかった。


『アタシ、柚希っていうの。よろしくぅ!!』


 髪は短くて、半袖半ズボンが似合う子だった。その出で立ちから初対面の時は男の子と勘違いしたくらい、柚希は本当に男の子にしか見えなかったのだ。空君や洋介君、蓮君のパンツを脱がして……その、男の子の象徴を見てケラケラ笑ったりするようなこともあった。


『あははは! ブラブラさせてやんの!』

『か、返してくれよ僕のパンツ!!』


 ……あぁそうか、昔の空君は自分のことを僕って言ってましたっけ。

 懐かしい思い出の中で、追いかけてくる空君から逃げるようにパンツを持って爆走する柚希……確かその後に藍華さんに思いっきり怒られてましたよね。


『女の子なんだからそんなことしないの!』

『は~い』

『……どうしてこの子は女の子としての自覚がないのかしら』


 頭を抱える藍華さんに、私は子供ながら苦労してるんだなと思ったものです。そんな柚希でしたけど、私や雅には本当に優しい子でした。……別に空君たちに優しくなかったわけではないですよ?


『昨日見たプロレス技掛けさせなさいよ!』

『はあ? 嫌に決まって――』

『チェスト!!』

『ぐべらっ!?』

『れ、れええええええええええん!?』

『はい。次はようすけ、アンタよ』

『……俺は逃げ――』

『そいや~!!』

『あ~れ~!!』

『よ、ようすけええええええええ!!』


 ……おかしいな、変な記憶しか出てきません。

 一旦その時の記憶は置いておきまして、こんなこともありました。


『……ぐすっ! あああ……っ!!』


 小学生の時だと珍しい光景ではありません。男の子にちょっかいを出されて泣いてしまった時、私の前に柚希が飛んできたことがあります。


『アンタたち、アタシの友達に何してんだこらああああああ!!』

『で、出たぞゴリ柚希が!! 逃げろおおおおおおお!!』

『だあれがゴリラじゃあああああああ!!』

『うわああああああああ!!』


 自分よりも体格は大きくて何人も男の子が居たのに、柚希は逆に追い詰めるように彼らを追いかけました。最終的には彼らが降参してしまい、柚希に促される形で私に謝ってくれることも多々あったんです。


『ふっふ~ん。何かあったらアタシに任せなさい! 絶対に助けてあげるわよ!』


 ……本当に男の子より男の子らしいといいますか、私と雅はよく柚希に助けられたものです。同じような光景で、空君に助けられて一目惚れした私はチョロイ女なのかもしれないですけど……って、私の恋のことはいいのです!

 けれど、そんな柚希も段々と男の子との違いを知ってしまいます。


『……ねえねえ、そんなにおっぱいって気になるのかな』


 小学生高学年の時、柚希の成長は著しかったと思います。私と雅はペッタンコでしたけど、柚希の胸は大きく膨らみました。その頃になると異性への興味は出てくる年頃、みんな柚希を見ていました。

 それが原因で柚希も自分が女の子なのだということをようやく認め、少しずつ女の子としての自覚を持ち始めました。


『ほらほら、逃げないと一生このままよ~!!』

『だ、だから引っ付くなっての!』

『なんで照れてるのよ今更』

『お、お前なぁ……』


 それでも幼馴染の間ではあまり変化はありませんでしたけどね。柚希の大きな胸を押し当てられて顔を真っ赤にする空君たち、それを見てまたもや頭を抱える藍華さん……あぁそう言えばこの頃からでしたっけ。康生さんも段々と柚希の様子に危機感を感じ始めたのは。

 でもそれも、中学生になった途端無用のモノとなりました。


『……ほら、アタシも女の子じゃん? 可愛くなりたいっていうか』


 ある時を境に、柚希は本格的に自分を磨き始めたんです。それからの柚希の変化は凄いモノでした。女性らしさを感じるようになり、お化粧も最小限ではありましたが柚希の美貌を惹きたてました。ずっと埋もれていた可憐さ、それが中学生の時に発掘されたのです。


『月島さん美人だよな……お前、話してこいよ』

『なんで俺が……でも、本当に綺麗だよな』


 私と雅もある程度告白はされていました。ですが私は空君が好きでしたし、雅に関しては既に蓮君と付き合ってましたから全く興味はありませんでしたけど、フリーの柚希はそうも行かなかったんです。何度も何度も、それこそ柚希が嫌に思うくらいに告白されました。あまりのしつこさに、空君たちを除いて男子そのものに一種の嫌悪感を抱くほどにはうんざりしていたんでしょうね。


『うっざいなぁ。本当にうざい』

『あはは、柚希ちゃんモテモテだね』

『でも凄くお困りみたいですけど』

『当り前じゃん。だって誰一人としてアタシのこと知らないくせに告白するんだから嫌になるわ。こんな思いするくらいなら恋人なんて欲しくないかな』

『う~ん、みんながみんなそうじゃないと思うけど』

『それは分かってるわ。あ~あ、どこかに居ないのかなぁ。アタシが心から好きになる人、アタシを幸せにしてくれる人がさ』


 ぶらんぶらんと椅子を揺らせながら天井を見つめてそういう柚希も懐かしいです。そう言って柚希はいつ現れるかも分からない人を待っていました。恋人は要らない、そうは言ってましたけど柚希の瞳には恋愛への興味が確かにあったんです。

 それでも結局、中学生の間では恋人なんて出来ませんでした。


 でも、高校生になってそんな柚希に変化があったんです。


『アタシ……恋、しちゃったかも』

『……鯉?』

『鯉のぼりの時期は過ぎましたよ?』

『おい』


 なんて、当時は冗談を言いましたけど内心凄く驚いたんです。あの柚希にやっと好きな人が出来たんだって、それは私たちの中で衝撃とも言えるニュースでした。

 相手は三城和人君、空君が仲良くしている人でその繋がりで私も少し話をしたことがある人でした。


『……ねえねえ、三城君と仲良くなりたい。どうすればいいかな?』

『昨日のご飯何だったとか、好きな番組は……いやでも流石にくどい? ああもうわかんない!!』

『三城君……はぁ』


 ……凄い変わりようでした。

 あの柚希がまさかこんな風になるなんて……でも、恋に真っ直ぐ生きている柚希はどんどん可愛く綺麗になっていったんです。ある程度話が出来るようになると、教室でも所かまわず話をする姿を目撃するようになりました。三城君の傍に居ることが幸せだと、雰囲気から明確に感じ取れるほど幸せオーラが出ていましたから。


『三城君のことを想うとキュンキュンするの……ふふ、本当に大好き』


 女の私でさえ見惚れてしまいそうな笑顔……実を言うと少し悔しかったのもあります。柚希をここまで変えたのが幼馴染の私たちではなく、高校で出会った三城君に少しだけ嫉妬したんです。


『ねえねえカズ! 昨日は何を食べたの?』

『昨日はハンバーグを……って月島さん、めっちゃ近いんだけど――』

『柚希って呼んで?』

『……つきしまさ――』

『柚希』

『……柚希』

『うん! それで良し!』


 ……今思い出すと何ですかこの甘ったるい空気、当時はニコニコして過ごしていましたけど良く私我慢できましたよね。……そんな風に、柚希は三城君と段々と親しくなって、そして恋人同士になりました。

 早く付き合えよ、そんな風にみんな思っていたと思います。でもいざ柚希からその報告を受けた時は感慨深いモノでした。恋人なんていらない、そう言っていた柚希が凄く嬉しそうに三城君とのことを報告してきたのですから。


『カズと付き合うことになったの。ヤバい、凄く嬉しい。言葉にならないくらい嬉しい。どれだけ嬉しいかっていうと――』


 まあ凄く嬉しいということは伝わってきました。


 ここまで思い返すだけで、柚希がどれだけの想いを三城君に向けているのか容易に想像が付きます。クラスの中に仲が良い人は多くいるでしょう、でも柚希のことを一番理解しているのは私たちです。だからこそ、私は柚希の気持ちを無視するように彼女に言い寄ろうとする人が許せない。


「だとしたらお帰り下さい。柚希には既に素敵な恋人が居ます。先輩の入り込む隙はありません」


 だからこそ、私はあの先輩にこう強く口にしたんです。

 この子の純粋であっても強い気持ちを、この子が三城君に向ける想いの強さを何一つ知らずにちょっかいを掛けるな。何より、この子が感じている幸せを奪うような真似をするなと。


 ねえ柚希、私もそうだし雅もそうです。空君も、洋介君も、蓮君もみんな同じことを考えています。

 ずっと傍に居たあなたが笑ってくれること、幸せで居てくれることが何より私たちも幸せなんです。偶然家が近いとか、偶然出会って昔から遊んでいただけなのもあります。でも、こうして私たちは幼馴染として時を刻んできました。


 何度だって言います。

 柚希、あなたは私たちにとって大切な幼馴染……だからこそ、ずっと笑顔で、幸せで居てください。


 だからどうか三城君、柚希をお願いします。

 幼馴染として、柚希の幸せを願う親友の一人として、私はそう願っています。






 そしてその……空君とのことも出来れば色々と協力してください。

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