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「それにしても姉妹揃って本当に美人なのねぇ」

「ありがとうございます!」





 あれからすぐに柚希は目覚めたものの、目の前に居た俺を確認してすぐにキスをしてきた。少しだけ舌を入れかけたが、そこでようやく柚希は乃愛ちゃんがいることを思い出してパッと離れた。


『なんで居るの!?』

『それは酷くないかな!?』


 一夜眠って昨夜のことを一瞬忘れていたらしい。すぐに乃愛ちゃんに謝ったが……まあ乃愛ちゃんとしてもいい光景が見れたと笑っていた。

 それから着替えてリビングに降り、乃愛ちゃんを母さんに紹介した。知らない靴があって気になっていたようだが、それが乃愛ちゃんのものだと分かって安心したらしい。


「女の子の靴だから私、もしかして和人は二人の女の子と付き合ってると思っちゃったわ」

「俺にはそんな甲斐性はないよ」


 世の中にはハーレムって言葉があるし、もしかしたら複数の女性と付き合っている男も居るんだろう。でも俺には柚希だけで十分、甲斐性とは言ったが彼女以外を俺は恋愛的な意味で愛することはない。


「そんなことないよ! カズに甲斐性がないなんてそんなことない! アタシがそれを分かってるもん!」


 違う! そうじゃないんだ柚希!


「お姉ちゃんお姉ちゃん、それってお兄さんが別の人と付き合ってもいいってことなの?」


 君分かってて言ってるだろ……

 柚希はハッとするように俺に抱きつき、少しだけ泣きそうになって口を開いた。


「そ、そんなのダメ! ねえカズ、アタシだけじゃダメ? アタシはカズを満足させることは出来ない?」


 柚希に抱きつかれた状態で乃愛ちゃん見ると、彼女はここまで柚希が取り乱すと思わなかったのかぺろっと舌を出してごめんなさいと口を動かした。母さんは母さんで楽しそうに俺たちを眺めている。

 俺は柚希の頭に手を当てて撫でながら、目をしっかりと見つめた。


「そんなことないよ。というか、俺が柚希に夢中なの分かるだろ?」

「……うん。でも言葉だけじゃ分からないから証明して?」


 いや、あの柚希さん? この空間には俺の母上とあなたの妹君が居られるのだが。


「カズぅ……っ!」


 ……ええいままよ!

 俺はちょうど置かれていた雑誌を空いた手で持ち、俺と柚希の顔が隠れるようにした。

 そして目を閉じた柚希にキスをする。流石に柚希も自重したのか、触れただけのキスで満足したように満面の笑みを浮かべた。


「えへへ、我儘でごめんね。でも、嬉しい」

「……可愛すぎかよ」


 思わず腕を回して強く抱きしめると、柚希は猫のような可愛い声を上げた。自分という存在をマーキングするかのように、俺の胸元に頬を擦り付ける。


「……雪菜さん。煽った私が馬鹿に思えるような甘さですよあれ」

「ふふ、息子とその彼女の幸せを眺めるのはいいものねぇ」


 二人から生暖かい目で見つめられるけど、当然柚希は俺から離れることはない。テーブル椅子に座っている二人と違い、俺と柚希はソファに座ってるからこそ距離が近くなる。

 母さんと乃愛ちゃんが話に夢中になってる間、俺は変わらず引っ付いている柚希を見てこう呟いた。


「なんか猫みたいだな」

「猫ちゃん?」

「うん。それくらい可愛いってことさ」


 猫を飼った経験はないが、まあ比べるベクトルは違うと思うけどこんな可愛い存在を猫と見立てたら、そりゃ可愛がりたくなるってもんだ。


「……ふふ、それじゃあ」

「?」

「にゃ〜ん♪」


 っ!?

 突然響いた愛らしい猫の鳴き声、いやまあ鳴き真似なんだけどなんだこの可愛さは……!

 猫になりきってるのかどうかは分からないが、コテンと首を傾げて小さく鳴き真似をしながら俺のライフを削ってくる。


「にゃん♪」


 ペロッと頬を舐めてきた柚希は顔を赤くしながら、けれども楽しくなったのか首筋に顔を近づけてペロペロと舐めてくる。

 ……俺は黙ってさっきと同じように雑誌を盾にするように顔を隠した。


「……柚希、ちょっと落ち着こうか」

「私、猫だから人の言葉は分からないにゃん♪」


 ……なるほど、そういう設定らしいですよ奥さん。結局それから俺はしばらく柚希の好きにさせた……別に俺自身このプレイを楽しんだわけではないということを明言しておく。


「そうなんですよ! よー君は本当にアンポンタンなんです! 私が必死にアピールしてるのに「なんだ、寂しいのか?」って妹扱いしてくるんですよ!? 違うそうじゃないだろかっこいいけどって感じです!」


 どっちなんだそれは。


「それはもう既成事実でも作って女というものを分からせるしかないわね。そういう鈍感な男には普通の攻めではダメよ」

「ですよね! むむむ、今度会った時は思い切ってやりに行くしか……」

「アンタは中学生相手に何を言っとるか!」


 パシンと、そこまで強くはないが叩いておいた。ていうか柚希に続いて乃愛ちゃんともすぐに打ち解けたなぁ。さっきの会話は見逃せないとしても、この雰囲気は凄く息子として嬉しいことだ。

 そんな風に仲良くなったからかどうかは分からないが、乃愛ちゃんがこんな提案をした。


「ねえお兄さん、それに雪菜さんも。せっかくこうやって知り合ったんですから、そのうち温泉旅行でも行きませんか?」


 温泉旅行、そう聞いて俺と母さんは目を丸くした。温泉は一先ず置いておいて、それは家族間での付き合いでってことか?

 そう聞くと乃愛ちゃんは頷いた。なるほど、確かに良いかもしれないな。


「あら、私も一緒していいのかしら」

「もちろんですよ! パパとママもきっと喜んでくれます! そうだよねお姉ちゃん!」

「乃愛の提案はいきなりだけど……うん、私も家族間の交流はいいかなと思います。もちろん雪菜さんが良ければですけど」


 母さんはしばらく考えていたが、せっかく誘ってくれたのだからと喜んで頷いた。まあそこまで本気にしてないとは思うけど、柚希と乃愛ちゃんがタッグを組んだらすぐに実現しそうな気もしてくる。


「もし実現したらそれはそれで楽しみだな」

「ふふ、そうだね。きっと楽しいよ」


 柚希と二人でそう笑い合っていたその時、チッチッチと乃愛ちゃんが指を振って柚希に近づいた。


「お姉ちゃん、お兄さんと温泉旅行だよ? 普段行かない場所にお兄さんとの旅行……きっと色んな思い出が作れるよ? 混浴もあるだろうし、いい思い出作りになると思うんだよね」

「絶対行こうねカズ!!」

「わ、分かった……」


 その勢いには首を縦に振るしかなかった。この柚希の勢いだと、本当にすぐに色々と決まりそうだな。まあでも、それはそれでとても楽しそうだ。

 それから昼をみんなでご飯を食べて過ごし、柚希と乃愛ちゃん家まで送って行くことに。大切な娘を二日間お借りしたこと、そして乃愛ちゃんに関しては色々あったけどそのことも頭を下げておいた。


「ふふ、気にしないで和人君」

「その通りだ。私たちは君のことを信用してる。君になら安心して任せられるというものだ」


 ありがとうございますと、もう一度深く頭を下げておいた。

 帰り際、乃愛ちゃんが温泉旅行のことに関して二人に聞くと、二人もかなり乗り気で是非予定を組み立てようと言ってくれた。藍華さんに至ってはうちの母さんにとても会いたいらしく、凄く楽しみにしてくれた。


「本当に賑やかだったわね」

「そうだな」


 帰ってきた俺は母さんとさっきまでのことを思い返す。あんな風に騒がしかったことは今までなくて、とても新鮮な気持ちであると同時にこの静かさを寂しいと感じてしまう。


「和人? 今日は久しぶりに外食でもする?」

「俺はどっちでもいいけど」

「決まりね。少し高いものでも食べに行きましょう」


 何か母さんにも心境の変化があったのかな。まあ母さんが楽しそうにしているのは俺も嬉しいさ。

 柚希とは取り敢えずの別れ、でもこうやって寂しさを感じるのはこの二日間がとても充実していたことの証明になるのだろう。

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