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目が覚めた。けど……これはどうしたことだろうか。俺は確か自室で寝たはず、それなのに今居る部屋は見たことがない……いや、“ここも”俺の部屋だ。
「なんでこんなことを思ったんだろう……」
妙に頭がフワフワしているが、俺は若干の違和感を感じながら部屋を出た。
見たことのある家の景色、見たことがない家の景色……マズイ、頭の中が何故かごちゃごちゃしているぞ。少し不安になった俺は足早にリビングに向かった。
「あ、おはようあなた」
「……おはよう?」
リビングに居たのはエプロンを身につけた柚希だ。彼女は朝ご飯の用意をしていたようで、手に持っていたお玉を置いて傍に歩いてきた。
「ふふ、どうしたの? そんなビックリしたような感じで」
「……いや、なんていうか」
誰か居なくないか? 妙に引っ掛かるこの感覚はなんだ。でもそれもこの空間に居ると段々なくなるというか、気にならなくなるような気がしている。
俺の前に立つ柚希はいつもより……あれ? 少し大人っぽい? しかもお腹が膨れてる?
「柚希……そのお腹は」
「もう、本当に寝ぼけてるのね。アタシとあなたの愛の結晶でしょ? ここには私たちの子供が宿ってるんだから。子供が出来たって分かった時、あなたったら飛び跳ねるように喜んでくれたじゃない」
「そう……か? いや、そうだったな」
なんで、どうして俺は忘れてたんだ。彼女には既に俺たちの子供が宿っている。一緒に病院に行って判明した時、あんなに喜んだじゃないか。
「寝ぼけたのかもしれないな。なあ柚希、少しご飯は後でいいかな?」
「いいよ。でもちょっと待っててね」
柚希は味噌汁を温めていた火を消し、しっかり蓋をしてからソファに腰を下ろした。俺はそんな柚希の前に膝を突くように腰を下ろし、彼女のお腹に手を当てた。
「……本当に大きくなったなぁ」
「うん。重さを感じれば感じるほど、命の重さを実感する感じ……早く会いたいね」
「あぁ」
本当にそうだ。
俺は柚希のお腹に耳を当てるように寄り添う。別に声が聞こえたりするわけではないが、一番近くでこの子を感じることが出来る。それに、なんだか凄く安心するんだ。
「よしよし」
そう言って柚希に頭を撫でられるけど、こうなると俺も子供みたいだな。しばらくそうしていたが、次第にやはり恥ずかしくなった俺は改めて柚希の隣に腰を下ろした。
「でも……アタシは少し不安かな」
「何が?」
少しだけ唇を尖らせながら、柚希は俺の目を見つめて口を開いた。
「あなたが……カズがこの子ばかり構うんじゃないかって」
「……はは、そんなことか」
「そんなことかじゃないよ! アタシにとっては大事なこと! アタシはもっとカズとラブラブしたいもん……」
確かに子供が出来たら何かは変化すると思う。けど俺が抱く柚希への想いが色褪せることは絶対にない。それは柚希だって分かっているはずだ。
「俺だって同じだよ。この子が生まれてきたらきっと可愛がるんだろうけど、柚希ともっとイチャイチャしたい気持ちは全然なくならないからさ」
「ほんと……?」
「もちろん」
というか逆に言いたいんだけどさ。こんなに美人で可愛い奥さんが居て我慢出来る旦那って居るのかと言いたい。
高校時代もそうだし、大学の時もそれなりに大変だったが俺たちはずっと一緒だった。柚希は初めて会った時から美人だったけど、それから時間が経つ毎にどんどん美しさに磨きが掛かっていったんだ。
「何を考えてるの?」
「ちょっと前のことをね。柚希は昔から美人だったけど、それからもどんどん綺麗になったなって」
「ふふ、それはきっと隣にカズが居たからだよ」
「そうかな」
大きく柚希は頷いた。
「女の子ってね、好きな人が傍に居るだけで綺麗になれるんだよ。カズの存在がアタシを変えて、幸せにしてくれた」
……本当に、本当に昔からこの子は真っ直ぐだ。綺麗な瞳は曇りなく、いつも俺という存在をそのままに見てくれる。この真っ直ぐな気持ちに俺は惹かれ、そして救われたんだ。
「柚希、本当に俺は君が好きだ」
「アタシもだよ。アタシもカズが好き、ずっとずっと……いつまでも大好きだから」
お互いの存在を確かめるようにキスをした。けど……こうやって昔のことを話すと大変なことも同時に思い出しちゃうよな。
「あの時、大学のミスコンの時は凄かったなぁ」
「あぁ……あの時はごめんね?」
「いいや、俺にとってもいい機会だった。この子は俺の大切な存在だって、そう分かりやすく宣言できたからさ」
「そっか。アタシも同じ、アタシは今までもこれからもこの人だけのものって言えたもんね♪」
大学時代のミスコン、柚希が出場した時は二位に圧倒的な大差を付けての一位だった。ただでさえ柚希はモテていて大変だったのに、あれで更に人気に火が付いたようなものだったからな。
「この子は俺の大切な人だって……あの時のカズ凄くかっこよかった!」
「……恥ずかしいからあまり言わないでくれ」
「うふふ〜♪ どうしよっかな?」
楽しそうに首を傾げるその仕草が本当に愛らしい。どれだけ月日が経っても俺は彼女に夢中で、そして柚希もそうだと言ってくれる。
それが本当に幸せだし、何よりずっとこの先も守り続けていきたい日常だ。
「柚希」
背中に腕を回して彼女を優しく抱きしめる。いつだって傍に居てくれるこの子を俺は……。
「……?」
目が覚めた。パッチリと意識が覚醒したのを感じ、いつにない素晴らしい目覚めなのだと実感する。そして同時に思い出すのは昨日のことだ。
乃愛ちゃんが泊まりにきて、そして俺の部屋に案内して……そこで俺の記憶は途切れているので、どうやらそこで俺は寝てしまったらしい。
「……二人分の布団を敷いたはずなんだがな」
「すぅ……すぅ……」
苦笑する俺の目の前、規則正しい呼吸をしながら柚希が眠っていた。俺の方を向くようにしてるのでその瑞々しい唇の膨らみや、少し苦しそうに形を歪めている胸の谷間がよく見える。
目の毒だ……でも、幸せな光景だ!
「って馬鹿野郎」
自分で自分にツッコミを入れつつ、俺は柚希を起こさないように体を起こした。
「あ、お兄さんおはよう」
俺が敷いた布団の上で昨日と同じように漫画を読んでいる乃愛ちゃんが居た。
「おはよう……なんで柚希が?」
「昨日お兄さん先に寝ちゃったんだよね。それでお姉ちゃん寝るまでお兄さんの顔を眺めてたんだけど、ちょっとベットに入って横になったらそのまま寝ちゃってさ」
「そうだったのか」
その時の光景が簡単に浮かぶようで俺は苦笑した。
「それにしてもお兄さん、何かいい夢でも見た? 寝顔が凄く幸せそうだったから」
「あ〜、見たような見てないような……」
いい夢を見た気もするけど全然思い出せない。まあ所詮見た夢を覚えていることなんて稀だしな。こうやって思い出せないことの方が普通だろう。
「……って、その言い方だと見られたのか」
「今更恥ずかしくもないでしょ? 未来では本当の意味でお兄さんになるんだしいいじゃん」
「……それもそうか」
「そうだよ」
そっか、それならいいか。
俺はこうして目を覚ましたが、柚希はまだ起きないようだ。しかも掛け布団が少し捲れてしまったので寒いらしい。
「……カズぅ」
そんな可愛い寝言を言いながら、柚希は体温を求めるように俺に抱きつく。足を絡めるようにしてきたので当分動けなさそうだ。
「まだ6時半だしゆっくりしたら?」
「そうだな。もう少し横になってるよ」
再び体を横にして布団を柚希に掛ける。すると腕が伸びてきて抱きしめられた。
「……えへへ」
寝ている時の仕草すらこんなに可愛いとか反則だろう。そのうち柚希も目を覚ますだろうけど、それまでは眠る彼女の抱き枕になることを俺は決めるのだった。
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