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「さてと、こんな感じでいいかな」


 夕飯を食べ終え、お風呂を済ませた乃愛ちゃんを俺の部屋に案内した。

 俺が使うベッドとは別に、柚希と乃愛ちゃんが使う敷布団を二つ用意した形だ。流石に姉妹二人揃っているなら別の部屋を用意しようと思ったのだが、乃愛ちゃんが俺の部屋が良いと言ったのでこうなった。


「ふはあ! 今日はよく食べたぁ!」


 布団の上に飛び込むように乃愛ちゃんは寝転がった。その様子に柚希が声を上げそうになったものの、俺が良いよと視線で伝えたので困った顔をするだけだった。

 歯も磨いたし後は寝るだけだが……どうやら乃愛ちゃんはまだまだ元気な様子だ。俺の部屋をジロジロと見ながら、本棚に目を留めた。


「お兄さん、漫画読んでもいい?」

「どうぞ」

「ありがと!」


 女の子が読むようなものがあるかは分からないが、別に断る理由もないしな。なんなら部屋の隅々まで捜索されたって構わん。何故なら俺はエロ本とかそういうものは買わないからな!


「ふんふんふ〜ん」


 足をパタパタとさせながら漫画を読み出した乃愛ちゃん。そんな彼女から視線を外して柚希がベッドに座る俺の隣に腰を下ろした。


「今日は本当にありがとうカズ。突然のことだったけど乃愛を泊めてくれて」

「お礼なんていらないさ。俺にとっても大切な妹みたいなもんだからさ」

「ふふ、そっか」


 乃愛ちゃんにもそう伝えたからな。それに……俺は漫画に夢中になっている乃愛ちゃんに視線を向けた。食事の時もそうだし、風呂に案内した時や今だってそうだ。もし妹が居たらこんな感じなのかって、少し新鮮な気持ちだった。


「……?」


 一人っ子だから兄妹っていいもんだな、そんな風に考えていたら柚希がジッと俺を見つめていることに気づいた。優しげに目を細めて見つめてくるその姿に、俺はどうしたのかと聞いてみた。


「乃愛を見つめるカズの横顔が凄く優しくてね。思わず見惚れちゃった」

「……そっか」

「うん」


 そのまま身を寄せてきた柚希は俺の胸元に手を置いて、そして頬をくっつけるような体勢で抱きついてきた。昨日もそうだったけど、こうしてパジャマ姿の柚希は色々と柔らかい……それはある意味、乃愛ちゃんが居るこの空間において少し辛かった。


 体に感じる感触だけじゃない、甘く香る匂いだってそうだった。なので俺は少し離れようと思い柚希の肩に手を置いて、ゆっくり離そうとすると柚希は少し力を入れて押し返してきた。

 そして上目遣いで俺を見つめ、小さく一言溢した。


「……いやぁ」

「……………」


 あかん、柚希が可愛すぎて困っちゃうぜ本当に……って、内心でそんな風に巫山戯ないと一発でノックアウトされそうだ。


「……本当に可愛いよな君は」

「えへへ……んっ」


 頭を撫でると気持ちよさそうに目を細め、頬に手を当ててそのすべすべの肌に触れると、もっと触ってほしいと言わんばかりにスリスリとしてくる。マズイ、うちの彼女の全てが可愛い。

 そんな風にイチャイチャしてた俺たちだったが、ふと俺は乃愛ちゃんに視線を向けた。


「……っ!?」


 バッチリ目が合った乃愛ちゃんは本で顔を隠すようにする。流石にそんな乃愛ちゃんを見たら俺も冷静になるってもんだ。

 トントンと柚希の肩を叩き、乃愛ちゃんの方に指を向けるとようやく柚希は正気に戻るのだった。


「……ふわぁ」


 思えば今日は外に出て帰ってからも乃愛ちゃんのことで騒がしかった。思ったより疲れてるのかもしれないな……。


「あ、眠たい?」

「うん」

「じゃあアタシベッドから降りるからほら、横になって」


 重い瞼を何とか開けながら、柚希の言葉に従うように横になった。優しくて頭を撫でる手の感触を感じながら、俺の意識はスッとなくなるのだった。





「ふふ、可愛い寝顔だなぁ」


 お兄さんの頭を撫でながら、お姉ちゃんはそう呟いた。その様子はまるで女神様のようで、お姉ちゃんが心の底からお兄さんのことが好きなんだって伝わってきた。


「お姉ちゃん、幸せそうだね」

「凄く幸せよ? 当然じゃない」


 そう言って笑ったお姉ちゃんは本当に綺麗だった。お兄さんの家に泊まる前ももちろん綺麗だったけど、一日会わなかっただけで人はこんなにも綺麗になるんだなって思った。


「……ふふ」


 私にとっての優しいお姉ちゃん、昔みたいに私だけのお姉ちゃんじゃなくなったのは寂しいけど、それ以上に幸せそうな姉の姿を見れることは私にとっても凄く嬉しいことだった。

 そして、ご飯の前にお兄さんに言われたこともまた嬉しかった。


『俺も君のことを大切だと考えてる。もし良いのなら、俺も君のことを妹のように思ってもいいか? 掛け替えの無い大切な妹として』


 その言葉を思い出すたびにニヤけてしまいそうになる。お兄さんは飛び抜けてイケメンってわけじゃない、でもその時のお兄さんは凄くかっこよくて優しい人に見えたんだ。まあ優しいってのは知ってるし、お姉ちゃんを幸せに出来る唯一の人とは思ってるけどね。


「そういえばいつからだっけ。お姉ちゃんが身だしなみに気を遣い始めたのって」

「中学に入学した時じゃない? 違ったっけ」


 あぁ……確かそうだったかな。

 今は本当に美人なお姉ちゃんだけど、昔はやんちゃで男勝りな部分が多かった。そーくんたちと遊ぶ中で性別とかを全く感じさせなかったんだ。


「ま、その頃からだもんね。男女の体に明確な違いが出てきたのは」

「そうね。胸もいきなり大きくなったし」


 ……そうなのだ。小学校高学年の頃からお姉ちゃんの胸は膨らんでいたが、中学に入ってすぐに急成長を遂げた。そういうのもあって男女の違いも大きくなり、お姉ちゃんは女の子として覚醒した。


「お母さん喜んでたもんね。やっと女の子としての自覚を持ったって」

「ぐぅ……まあでも言い返せないわ。小学校の頃のアタシは本当にクソガキだったし」


 そうだね、そーくんたちにプロレス技とか掛けてたもんね。でもその時にみんな顔を赤くしてたし、言ってしまうと幼馴染の中で一番最後まで性を気にしてなかったのはお姉ちゃんだ。けどそんなお姉ちゃんが今ではこんな感じだ……うんうん、妹として凄く嬉しいよ。


「何よその顔……」

「ふふ、何でもな〜い」


 ……きっと、ここまでお姉ちゃんが素敵な女性になれたのは努力もあるだろうし、何よりお兄さんっていう大好きな人が出来たことに他ならないんだろうな。

 幸せそうにしているお姉ちゃんにちょっとだけ意地悪な質問をしてみよう。私は漫画を置いてお姉ちゃんの元に近づいた。


「ねえお姉ちゃん」

「なに?」

「もしお兄さんが浮気とかしたらどうするの?」


 こんな質問をしたけど、お兄さんは絶対に浮気はしない。そんな確信があるけど私はお姉ちゃんに聞いてみたかった。するとお姉ちゃんはちょっと考えるような素振りをした後、こう話してくれた。


「カズは浮気しないよ。断言する、カズは絶対にアタシを裏切らない。そんな確信があるわ」


 力強い発言に私は驚く……ことはなくて、そうだよねと頷いた。でも凄いことじゃないかな。ここまで言われるって相当な信頼だよ?


「カズはね、本当にアタシが大好きなんだよ。自惚れとかじゃなくてそうなの。そして逆も然り、アタシもカズが大好きでたまらないの」


 そんなの言われなくても分かってるよ。お兄さんとお姉ちゃんは本当に強い絆で結ばれている。もしかしたら二人が付き合わない世界もあるかもしれない、けどここまで仲良くなっている姿が想像出来ないのだ。

 お兄さんとお姉ちゃんだからこそ、ここまで愛し合っているんだ。


「……柚希ぃ……すぅ」


 寝言かな、お姉ちゃんの名前を呼んだけどどんな夢を見ているんだろう。


「ふふ……どんな夢を見ているの?」


 ツンツンと優しく頬を突くお姉ちゃんの姿、思わず写メに残したいくらいだけど……手元にスマホがないんだけど!!


「お姉ちゃんもう寝る?」

「もう少しカズの寝顔眺めてる」

「そっか、それじゃあ私ももう少し漫画読んでるね」


 夜もまだ早いし……テレビゲームもあるしお兄さんと遊びたかったなぁ。ふふ、明日頼んでみよっかな。


「……本当に素敵な日だったな」


 お姉ちゃんに寂しいって言ったのは正直に言うと嘘だ。けど、この空気を体験してしまったら寂しくなる気持ちも凄く分かる。

 よーくんに抱く恋心と違う寂しさ、時々お姉ちゃんに感じるものに似ている……あ、そっか。これがそうなんだ。


「兄に感じるもの、これがそうなんだね」


 今日はこんなに楽しく過ごせたのに、明日にはこの時間が終わってしまうことが残念だと思う……むむ、寂しいって気持ちは贅沢だなぁ。

 私は漫画を読みながらそんなことを思うのだった。

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