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「お兄さん、今日は本当にありがとう!」

「どういたしまして。というかビックリしたよいきなり」


 場所は我が家のリビング、俺と柚希しか居ないはずの空間に乃愛ちゃんの姿があった。

 風呂から上がった俺に柚希が事情を説明してくれたのだが、何でも康生さんと藍華さんは帰るのが遅くなるらしく、夕飯は乃愛ちゃん一人で済まさないといけなくなったらしい。でも途端に寂しくなってしまったのか、柚希に電話を掛けてしまったというわけだ。


「本当だよ。せっかくカズと二人っきりだったのに……まあでも、可愛い妹が寂しがってるのを放って置けないからね」

「お姉ちゃん!!」


 ガバッと抱き着いた乃愛ちゃんに困った顔をしながらも優しく頭を撫でる柚希だった。

 一応流れで乃愛ちゃんも泊まることになり、一泊分だが着替えも持ってきていた。


「さてと、それじゃあキムチ鍋の用意をしようか」

「やったああああ!」

「こら! ご近所さんに迷惑だから大きな声を出さないの!」


 両手を上げて喜ぶ乃愛ちゃんに苦笑する。そういえば最初柚希は好物を感じる野生の勘とか言ってたけど、あながち間違いじゃないのかもしれない。

 用意していた具を鍋に入れるために台所に向かった柚希に続くように、俺も足を動かそうとしたその時だった。下を向いた乃愛ちゃんに裾を掴まれたのだ。


「……お兄さん……その」

「どうしたんだ?」


 いつもの元気が鳴りを潜めた姿に俺は少し困惑する。乃愛ちゃんは言葉にしづらそうにしながらも、小さな声でこう言葉にした。


「本当に迷惑だったら帰るから言ってね? その、いきなり来てごめんなさい」

「……なんだそんなことか」


 俺は乃愛ちゃんの頭に手を置いてグリグリと撫でた。不安そうにしていた乃愛ちゃんを安心させるように、俺は目線を合わせて口を開いた。


「迷惑なんかじゃないよ。乃愛ちゃんはもう俺にとって……あぁそうか。直接は伝えたことなかったな」

「え……?」


 前に乃愛ちゃんについて思っていることを柚希に伝えたことがあった。是非本人に言ってあげてほしいとは言われたけど、今まで機会がなかったしちょうどいいから伝えておくことにしよう。


「柚希と親しくなって乃愛ちゃんに知り合ってさ。柚希が君を大切にする気持ちがよく分かるんだ」

「……っ」

「俺も君のことを大切だと考えてる。もし良いのなら、俺も君のことを妹のように思ってもいいか? 掛け替えの無い大切な妹として」


 ちょっとクサすぎたかもしれない。顔を伏せてしまった乃愛ちゃんほどではないが、俺もたぶん顔が赤いはずだ。でもこれは伝えておきたかった。この先長い付き合いになるだろうし、それこそ家族同然と言ってもおかしくはないと思うから。


「……全然、良いです。それで」

「そっか。ありがとう」

「私もよく分かったよ。お姉ちゃんがお兄さんを好きになった理由が……私も、お兄さんと知り合えて良かった」


 そう言って綺麗な笑顔を見せてくれた。柚希の妹ということもあって、異性を虜にしてしまうほどの綺麗な笑みは柚希と似たようなものを感じさせる。


「……? はは」


 どうやらバッチリ柚希も見ていたらしく、俺たち二人を優しげな目で見つめていた。よし、乃愛ちゃんから無用な遠慮は消えたと思うので、早速ご飯にするとしよう。

 見るからに熱そうな鍋を慎重に持ち、テーブルの真ん中に置いて皿を並べた。柚希と乃愛ちゃんが隣り合い、そんな二人の対面に俺は座った。


「美味しそう……ごくり」

「もう少し待ちなさい。お肉を解かすから」


 まだかな、まだかなとワクワクしている乃愛ちゃんは本当に可愛らしく、その辺りはやはりまだ中学生ということなんだろう。

 グツグツと音を立てる鍋に菜箸を使いながら具を分ける柚希を見つめながら、乃愛ちゃんがある意味弩級の爆弾を放り投げた。


「お姉ちゃんとお兄さん……もしかしてエッチした?」

「……え!?」

「おっと!」


 まるで母親のように落ち着いた顔から一変、乃愛ちゃんの言葉に柚希は動揺して箸を手放した。何とか落ちる前に掴むことが出来たけど……まあ柚希の様子で乃愛ちゃんは確信を持ったようにニヤッと笑った。


「やっぱりね。何となく雰囲気が違ったもん。ふとした仕草でさえ色気を感じるし、唇とか見てちょっとドキドキしたから。後やっぱりおっぱい大きいなって」

「最後だけいつもと一緒じゃない……」

「それもそうだね〜」


 ケラケラと笑う乃愛ちゃんは俺に視線を移した。


「これからお兄さん大変だね。自分の彼女がこれだと落ち着かないんじゃない?」

「確かにそうだけど、しっかり守るつもりだよ」


 乃愛ちゃんから言われるくらいに柚希から感じるものがあったのは驚きだけど、俺が柚希を彼氏として守ることに変わりはない。それだけはこれからも変わりはしないさ。


「まあお姉ちゃんの場合自分で何とかすることも多いからあまり心配はしてないけどね」

「へぇ?」

「お姉ちゃん喧嘩強いからさ。襲われても悲鳴より先に手と足が出るタイプだし」


 それは……勇ましいね凄く。


「守られるだけじゃ嫌だもん。それに、アタシはカズに全部捧げたいの。だから他の男に触られたりするのは絶対に嫌。アタシはカズだけの女の子で居たいの」


 ……本当にこの子は真っ直ぐだ。真っ直ぐに言葉を伝えてくれる。少しは隠してもいいし、濁してもいいのに柚希は真っ直ぐに伝えてくるのだ。


「分かってたけど、お姉ちゃんにとってお兄さんは本当に特別なんだね」

「うん。カズ以上の人なんて考えられないよ。それこそ、カズ以外の人を好きになったアタシはアタシじゃないってそう思ってるから」


 愛されてるねお兄さん、そんな風に乃愛ちゃんが見つめてきたので思わず頬を掻く。ただ、何故か柚希が苦笑してこう言葉を続けた。


「自分で言ってあれだけど、ちょっと重いかな。ねえカズ、気持ち悪くないかな?」


 不安そうにそう問いかけられたけど、俺はすぐに首を振った。


「そんなことないよ。自分の好きな人にそこまで想われて嬉しくないわけがない。俺だって同じくらい柚希のことを想ってるから」

「そっか……ふふ、良かったぁ」


 安心した様子の柚希に俺も笑みが溢れる。二人だけの世界を展開してしまったが、乃愛ちゃんに申し訳なかったかもしれない。


「イチャイチャご馳走様です」


 こいつは失敬。俺と柚希は互いに照れたように笑い、ちょうどよく時間が流れて鍋の方も出来上がったみたいだ。


「それじゃあ食べましょう」

「待ってました!」

「美味そうだな」


 美味しそうなキムチ鍋に少しだけ手を伸ばしたくなる気持ちを抑え、俺たち三人は手を合わせた。


「「「いただきます」」」


 さあ、開戦だ! とはいってもやっぱり最初に箸を付けたのは乃愛ちゃんだった。女の子とは思えないほどに豪快に肉を掬い上げ、野菜も被せるようにドッサリと取った。


「凄いな」

「こんなものじゃないよ。ほらカズ、お皿貸して。アタシが取ってあげる……じゃないや。取らせて?」

「はは、分かった」


 何というか、お嫁さんみたいなことをしたいって雰囲気で伝わってきた気がした。バクバクと凄い勢いで食べる乃愛ちゃんの横で、慈愛に満ちた表情を浮かべながら柚希が皿に具を入れてくれる。


「はい。どうぞ、あなた♪」

「……ありがと」

「ふふ♪」


 まだあなた呼びには慣れてない俺なのであった。


「……色んな意味で熱くなっちゃうよ」


 ボソッと呟かれた乃愛ちゃんの言葉に、俺はすまないと照れたように笑うしかなかった。

 突然ではあったが、夕飯をこの三人で過ごすのは凄く新鮮だ。それが俺の家というのもあるし、乃愛ちゃんに至っては初めて来たわけだ。でも、自然と笑顔になってしまうくらいには、この空間が良いものだと感じているのも確かだった。


「機会があれば、またこうやってご飯を食べれるといいな」


 小さく呟いたつもりだけど、どうやら二人には聞こえていたらしい。


「いつだって機会は作れるよ」

「そうだよ。何なら今度はお兄さんが泊まりに来てもいいんじゃない? ねえお姉ちゃん」

「あ、うん! そうだね、それでもいいよ!」


 その瞳に期待を乗せる柚希に俺はそのうち必ずと言葉を返した。


「絶対だよ! 絶対だから!」


 嬉しそうにしている柚希を見てもうお腹がいっぱいな感じもするけど、流石にこれ以上ゆっくりしてたら乃愛ちゃんに全部食べられてしまいそうだ。

 話をするのもいいけど、せっかく作ってくれたのだからしっかり味わうとしよう。


「あ、でも流石にうちに来るとエッチなことは出来ないんじゃないかなぁ」

「流石に俺もそこは我慢するって……柚希?」

「なんでお姉ちゃんそんなこの世の終わりみたいな顔してるの……」

「……そんな顔してないもん」

 

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