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「温くなったカレーほど微妙なのはないな……」

「あはは、元気出して。アタシが今度もっと美味しいカレー作ってあげるから」

「うん」

「素直でよろしい♪」


 柚希の作ってくれるものは何だって美味しいって確信してるからな。その日を楽しみにしつつ、今はこのカレーを食べきることにしよう。


「デザートも頼もうかな。カズはどうする?」

「じゃあ俺も頼むよ」


 ボタンを押して店員さんを呼び、柚希はイチゴのアイスを、俺はチョコのアイスを頼んだ。ただ、俺たち二人はとあることをこの一瞬忘れてしまっていた。そう、空と青葉さんのことをだ。背後から立ち上がった気配を感じ、ビクッとして柚希が顔を伏せた。


「次はどこに行く?」

「空君の好きな所でいいですよ?」

「それじゃあ本屋で」

「了解です♪」


 顔を伏せた柚希はともかくとして、俺はそれとなくメニューに目を通している姿勢だ。二人は話をしながら歩いて行ったのでバレてはなさそうだが……一瞬チラッと顔を伏せている柚希を青葉さんは見た。別に話しかけたりしなかったし表情の変化もないように見えたけど、あれはバレてないっていう認識でいいのかな。


「……行った?」

「うん」

「ふぅ……危なかったね」


 ま、それも学校が始まったらハッキリすることか。青葉さんの場合、それとなく不意を突くように話しかけてきそうだけど。


『ところで三城君、土曜日に凄く見覚えのある子をファミレスで見かけたんですけど』


 って感じで黒い笑みを浮かべながら聞いてきそうな光景が目に浮かぶ。青葉さんはクラスでもかなり人気の美少女……でもなぁ。俺からしたら青葉さんの印象って“やべえ女”に分類されてるんだよね。以前に柚希に言ったら案外間違ってないって笑われたけど、あの有無を言わせない雰囲気を出せる女の人って強いよ色んな意味で。


「お待たせしました~」


 頼んでいたアイスが運ばれてきた。相変わらずさっき俺たちを見て来た店員さんだけど、今回は俺を見ることはなく柚希のことばかり見ていた。う~ん、何というか分かりやすく自分の彼女をあんな風にジロジロ見られるのは少し気分の良いことじゃないなやっぱり。


「カズ?」

「……………」


 おっと、顔に出ていたみたいだな。

 悪いと口にして手をヒラヒラさせると、柚希は気になってしまったのかアイスに手を付けない。俺の表情一つから雰囲気に至るまでそんなに分かりやすいかなと思ったけど、それだけ柚希が俺のことを見てくれている証拠でもあるんだろう。


「……街中では仕方なかったけど、こんなところでさえあんな風にジロジロ見られるのは嫌だなってそう思った」

「……そっか。実を言うと視線は感じてた。ドロドロとした気持ち悪い目だもん……まあ田中君に比べれば大分マシだけどさ」

「……ぷふっ!?」


 いやそれは田中に失礼なのでは……でもごめんな田中。お前とは色々あったけど、申し訳ないが爆笑とは行かないまでも笑ってしまった。とはいえ、おかげで少し暗かった空気が散ったのも確かだった。もしかしたら狙ってたのかな。何となくそんな気がした。

 それから俺たちはアイスを食べ終え、少しだけ談笑して席を立った。


「ねえカズ、割り勘にしようか」

「え? いやいいよ。俺が出すから」


 そこまで高くないし大丈夫だと言ったつもりなのだが、柚希は苦笑して財布を取り出した。


「アタシが一方的にお金を払ってもらうの嫌いだって知ってるでしょ? というか、世の中には食事代くらい男が払えって言う人居るけどさぁ。アタシはその考え嫌いなんだよね」


 何となく柚希の言わんとしていることは分かっている。前に出かけた時も似たような感じだったからな。


「好きな人と一緒にご飯を食べて、楽しい時間を一緒に過ごして……その後に相手にお金を全部払ってもらうのは何か違うなって思っちゃうの。だから割り勘! 異論は認めません!」

「……はは、そっか」


 俺としては別に良いんだけど、そう柚希が思っているのならお言葉に甘えることにしよう。二人でお金を出し合い、会計の際にレジの人にカップルですかと聞かれ、俺が頷くと同時に柚希が腕を組んでそうですと笑顔を浮かべた。

 レジの人は女の人だが、柚希の笑顔は同性さえも魅了してしまうようなそんな笑みだ。顔を赤くして目を逸らしたレジの人に柚希は首を傾げている。俺はこういう部分は鈍感だなと思いつつ、それもまたこの子の魅力なんだと実感する。


「ありがとうございました!」

「美味しかったです!」


 会計も終わりそのまま店を出る……のだが、そうは行かなかった。何故ならあいつが、あの柚希をジロジロ見ていた店員が店を出る直前に声を掛けて来たからだ。


「ちょ、ちょっと何やってるの!」


 レジの人も流石に注意に入ったが、この男は柚希に一枚の紙を手渡そうとする。


「いきなりごめん。それに俺の連絡先書いてあるから良かったら連絡して」


 ……マジかこいつ、俺は怒りよりも呆れの方が大きかった。流石に突然のことで柚希は目を丸くしていたが、すぐに拒絶するように離れた。


「いりません。カズ、行こう」

「ちょっと待って!」


 レジの人が飛び出してきたが待ってなんていられない。俺は柚希に伸びた男の手を叩き、割って入るように柚希を背にした。手首を擦る男は舌打ちをするように俺を睨んだが、生憎と俺の方がアンタより怒ってるんだけどな。


「何だよ、俺が用があるのはその子――」

「この子は俺の大切な彼女だ。触るんじゃねえよ」


 後ろで相変わらず何かを言っていたが俺は柚希の肩を抱いてそのまま店を出た。店を出る直前、こちらに頭を下げるレジの人が見えてすぐに別の怒鳴る声が聞こえた。あの店が悪いと思うわけじゃないけど、どこにでも居るんだなああいうやつは。


「……さてと、じゃあどこにいこうか。……柚希?」

「……っ」


 何も言わずギュッと抱き着いて来た。

 ……俺も特に何も言わず歩き出す。ただ、何も喋らない空間というのは気まずいものがあるので俺はおどけるようにこう口にした。


「偶には柚希にカッコいいところを見せたいからね。あんなのも――」

「かっこいいよ。いつだってカズはかっこいいよ」

「そ、そう。それは良かった」

「うん。かっこいいもん」


 それなら良かったと、俺は笑みを零した。

 朝家を出た時と同じように当てもなくブラブラと歩く。けれど不思議とこの時間が心地よかった。そんな中、ポケットに入れていた俺のスマホが震えた。


「おっと、ごめん柚希」

「ううん大丈夫」


 誰からの電話か確認すると母さんだった。


「もしもし?」

『もしもし、デートの最中にごめんね和人』

「大丈夫。どうしたの?」

『実は――』


 伝えられた内容は今日の夜母さんが家に居ないというものだ。何でも会社の同僚とご飯を食べに行くことが決まったらしい。そんなに遅くはならないとのことだが、夕飯の時には家に居ないとのこと。分かったと返事をして電話が切れ、俺は柚希に今日の夜に母さんが居ないことを伝えた。


「そっか。ということは正真正銘二人っきりってことだね?」

「……あぁ、そうだな」


 一応夜遅くはならないって伝えたはずだけど、柚希さんいきなり顔を赤くしてどうしたんだ。まあ別に俺は鈍感ではないし柚希が何を考えているのかも分かっているつもりだ……たぶんね。

 ただ、そうなると夕飯は外で食べることになるのかな。そう考えていた俺だったけど、柚希がある提案を口にする。


「ねえカズ。夕飯を外で済ますのも良いといえばいいんだけどさ。何かお家で作って食べない?」


 確かに昼も夜も外っていうのはちょっとな……俺は柚希の提案に頷いた。そういえば冷蔵庫の中に肉とか野菜とかいっぱいあったし……二人だけど小さめの鍋を使って何か作るのも良さそうだ。


「鍋料理かぁ……カズはキムチ鍋とか好き?」

「大好きです」

「あはは、良かった。乃愛が大好きだからよく家でやるんだよ。それじゃあ決まりだね!」

「だな」


 本日の夕飯はキムチ鍋に決定した。

 さっきも言ったように材料とかは大丈夫なはず……あぁでもキムチ鍋の素あったかな。もしかしたらあるかもしれないけど、流石になかった時にまた買いに出るのもめんどくさいし買っておくことにしよう。


「乃愛が聞いたらどうして呼んでくれないのって言われそう」

「そんなに好きなんだ……」

「お肉だけじゃなくて他の具材も平らげちゃうんだよあの子。そんなにどこに入るのって感じ。それだけじゃなくてもあの子はどれだけ食べても太らない体質だから羨ましいんだよね」

「確かに細いし小さいもんな」

「カズ、間違っても乃愛の前で小さいなんて言っちゃダメだよ?」

「……おっと、失敬失敬」

「ふふ、今聞いたことは黙っていてあげる」


 確かに乃愛ちゃんに聞かれたらそのまま首でも絞められそうだ。柚希に言われた通り、乃愛ちゃんの前では口が滑らないように細心の注意を払うことにしよう。

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