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 和人が空に出会ったのは高校に入ってから、つまり入学してからだ。それは何度も語られていることだし、空だけでなく柚希を含めたキラキラ幼馴染を知ったのも同じ時期になる。

 今となっては柚希と恋人になり、空はもちろん他の面子とも良い関係を築けている。だが当たり前のことだが最初はそんなことはなかった。名前も知らないしどんな人かも分からない、それこそ和人は最初は柚希を苦手に思っていたほどなのだから。

 これから語るのはまだそんな頃、和人が空という人間を知ったその時のお話だ。






「おはよ~っす」


 中学から高校に上がり、色々と生活面に変化が起きてから間はそんなに経っていない。中学の同級生は軒並み別の高校に行っており、顔見知り程度の同中のやつは別のクラスへと分散してしまった。とはいえ別に寂しいわけではなく、新しい環境に慣れるための試練と思えばなんてことはなかった……ま、俺がそこまで繊細な心の持ち主じゃないってのもあるんだろうが。


「おはよう三城君」

「おっす」


 まだ入学して間もないがそこそこ話をする連中は出来た。いつもよく話をする友人はまだ登校してきていないが、それまでは他愛無い話を隣人としながら時間を潰すことにしよう。


「……そうそう、それで……?」


 少しばかり廊下が騒がしくなってきたのを感じた。これはつまり、俺がさっき言った友人の登校を表していた。まあそいつは嫌そうな顔をするだろうけど分かりやすくていいんだよな。


「みんなおはよう!」

『おはよ~!!』


 さあ入ってまいりましたよと。

 彼らはこのクラスで……いや、今となっては学校の中でかなりの有名人たちだ。何故なら現れたあの連中は全員が幼馴染でありイケメンに美人の集まりだからである。ただ、その中から人波を避けるように一人の男子が抜け出した。


「……ったく、毎日毎日めんどくさいったらない」


 そう言って俺の隣に座ったのはあの幼馴染の中でも地味……はちょっと言い過ぎかもしれないけど、あのキラキラした連中と比べるとそう思ってしまっても仕方ない男子だ。名前は空と言ってさっき言った俺の友人になる男子だ。


「毎日飽きないよな本当に」

「全くだ。さっき退けって言われて肘打ちされたんだけど」

「マジかよ」

「あぁ」


 くそったれ、そんな風に顔に書いているような表情だ。けど確かにちょっと理不尽だよな……現にクラスの何人か空があの輪の中に居るのを認めたくない馬鹿も居るし……あんな風に美人の知り合いが居るのは嬉しいと思うけど、実際にその身になったら全然違うのかもしれないな。


「……ふむ」


 そもそもの話、どうして俺はこうして空と話をする仲になったのか。席が隣というのもあるけど一番は空を観察していたのに気づかれてガンを飛ばされたのが切っ掛けだった。空からしたら鬱陶しいことだったのかもしれない、でも外から見る分には楽しいからな。

 ……それに、何となくよくあるラノベの主人公みたいに見えたんだ空が。地味でありながらクラスでもそこまで目立つような存在ではない空だけど、あのキラキラ幼馴染たちに大切にされながらも頼りにされているのは良く分かるのだ。


「ラノベの主人公みたいだな。やれやれって言いながらも結局助けたりするじゃん。この前だって青葉さんの告白のやつ付いていったんだろ?」

「何度目だよそれ……いや、あれは柚希に無理やり連れて行かれたっていうか」

「あぁ……月島さんに引っ張られてたっけ」


 月島柚希、キラキラ幼馴染の中の一人である。見た目はまあギャルっぽい子でこれまた人気の女の子だ。スタイルも抜群で体育の時間になると男子がこぞって視線を向けている……ただ、あまり幼馴染以外の男子と話をしている場面を見ることはなく、告白もよくされているようだが全部断っているようだ。


「俺たちの中じゃ柚希はほんと暴君……っと、今のは忘れてくれ」

「何か言ったか?」

「いや、聞こえてないならいいんだ」


 暴君とか聞こえたけどあの月島さんが? ……偏見なのは理解しているけど、俺からすればああいう見た目の女の子ってちょっと怖いイメージがあるんだよな。まあ苦手意識みたいなもんだ。

 相変わらず飽きずに騒がしくする連中を俺と空は呆れたように見つめ続け、そしてお互いに溜息を吐いた。


「うるせえなぁ」

「うるせえよ本当に」


 そんなこんなで今日もまたいつも通りの一日が始まる。

 さて、とはいっても別に何か変化があるわけでもなく平凡なひと時だ。学生らしく勉強をして、休み時間になれば空と適当に駄弁って時間を潰して……そうそう、ここに時々青葉さんが混ざることがある。空と仲良くしているということで青葉さんともそれなりに話をする機会があるため、お互いに名字ではあるが名前を呼ぶ仲だ。


「私は安心してますよ。空君にちゃんとお友達が出来て」

「お前は俺の母親か」

「空君のお母さまから頼まれている身ではありますよ?」

「……母さん」

「はは、本当に仲が良いよな。流石は幼馴染」


 こんな美人の幼馴染が居て、尚且つこんなに仲が良いのは羨ましい限りだ。ただ、こうして空と青葉さんが楽しそうに話をしているのを面白くないように睨んでいるのはいただけない。空に嫉妬しているであろう男連中に目を向けると、彼らは舌打ちをして目を逸らした……ったく、何だかんだ空の悩みが理解出来てしまう気分だ。


「……トイレ行ってくるか」


 そう呟いて俺は席を立つ。空も次の授業の前に済まそうと思ったのか付いて来た。二人で教室を出る直前、俺は入ってきた女の子とぶつかってしまった。

 ドンとそこまで大きな衝撃ではなかったけど、相手のことを心配するのは当然だった。ただ、その相手を見て俺はちょっとだけやっちまったと思った。


「ご、ごめん」

「ううん、いいよ全然」


 明るい色の髪をなびかせながら、俺の方をチラリと見ることもなく彼女――月島は教室へと入って行ってしまった。罵声を浴びせられたりしなかったことに安堵していると、空がボソッとこんなことを口にした。


「今のが俺だったら鉄拳が飛んできたな」

「……流石に嘘だろ」

「柚希ならやる。俺はそう確信している」

「無駄にかっこよく言うことじゃねえよ」


 チラッと教室に入った月島を見ると、彼女は幼馴染である青葉さんや朝比奈さんと楽しそうに笑顔で会話をしていた。基本的に幼馴染相手ならあのような表情を見せるものの、やはり他の男子ともなるとあんな笑顔は見せてくれない。あんなに綺麗なのに笑いかけられればそれはそれで男子はイチコロか……そんなことを俺は考えていた。


「なあ和人、今日はどうする?」

「お前は?」

「俺は特に何も。だから本屋行こうと思ったんだけど」

「じゃあ俺も行くわ」

「了解」


 学校で話すだけでなく、こうして放課後に遊んだり買い物をすることもそこそこにある。趣味が合うというか、漫画やゲームの話もそれなりにするからだろうな。

 ……ただなぁ。こいつの場合青葉さんの誘いを蹴って俺と遊びに行くこともあるからそこだけは勘弁してほしいんだよ。確かに友人の立場からすれば嬉しいっちゃ嬉しいけど、大体次の日にいい笑顔の青葉さんが居て怖いんだわ。


「……何だよ」

「……はぁ。何でもない」


 それを空に言ったところで無駄なんだろうなぁ……こいつ色んな意味で鈍感だからなぁ。


「何か失礼なこと考えてるんだろ」

「……はぁ、なんだかなぁ。お前ってなんでそうなんだよ」

「どういうことだよ……」


 なんで俺に対してその鋭さを発揮するんだってことだよ……ま、このやり取りを含めこの友人と過ごすのは嫌いじゃない。いつまでの付き合いになるかは分からないけど、せめて空と友達であれる内は大切にしていきたい繋がりなのは確かだ。


「……あ、やっべ時間!」

「あ! まだ出てないんだけど!」

「引っ込めろ!」

「無茶を言うな!!」


 とまあこんな感じに、楽しく高校生活を送れている……そんな日常の一幕だ。







「……はは」

「どうしたの?」

「いや、まだ空と知り合ったばかりのことを唐突に思い出したんだ。あの時はまだ柚希と全然話をしなかったなって」

「そうだね。アタシさ、もしタイムマシンがあるなら過去に飛んでもっとカズと仲良くしてって言いたい! そうすればもしかしたら一年の頃からラブラブになれたかもしれないのにさ!」

「それは……まあ嬉しいかな」

「えへへ、でしょ?」

「……なあ柚希」

「何?」

「タイムマシンってさ、未来永劫出来ないんだぜ」

「どうして?」

「もし出来てたら未来人が来訪しているはずだから」

「あ、なるほど……って夢も希望もないじゃん!」

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