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 ファミレスに入った空と青葉さんを追うように俺たちも入店した。あまり隠れようとせずに堂々としていれば案外見つからないもので、二人が座っているテーブルのすぐ近くを陣取ることが出来た。


「……ふぅ、見つからなかったね」

「だな」


 とは言っても少し声を出して話すと分かりそうなものだけどね。空はともかくとして青葉さんは柚希と同じくらい勘が鋭い人だ。もしかしたら既に気づかれている可能性もないわけじゃない……は少し考え過ぎかな。


「思えば朝から遊んだのは久しぶりな気がします。それも空君と二人というのは」

「言われてみればそうだなぁ」

「こうやって誘ってくれたのも久しぶりですし……ふふ、ねえ空君。今私、凄く嬉しいんですよ?」

「見てれば分かるよ。凜は本当に分かりやすいから」


 何とも和やかな雰囲気だ。青葉さんが嬉しいと言ったのは誘ってくれたことに対するものでもあると思うけど、一番は傍に空が居ることに対してではないだろうか。学校に居る時よりも青葉さんの声音が明るい気もするしね。


「凛、本当に嬉しそう」

「やっぱりそっか」

「うん。空にしてはグッジョブだね」


 空にしてはって……まあ少しだけ同意できてしまうけど。

 楽しそうに会話をする二人のことは一旦置いておいて、俺たちも飯を食うことにしよう。店員さんを呼んでそれぞれメニューを頼む。俺がカツカレーで柚希がたらこスパだ。


「……あ」

「?」


 小さく声を漏らした柚希の見つめる先に居たのは子連れの親子だ。お父さんとお母さんに子供が二人、それぞれ男の子と女の子だ。少しばかり騒がしいけどそこは子供の特権、周りの人も微笑ましそうにしていた。

 ジッと見つめる柚希の視線が意味するのは……やっぱりそういうことなんだろうなと察する。


「あんな風にアタシたちもなれるかな」


 その問いかけに俺はもう一度その親子を見た。そして俺と柚希、その間に子供がいる光景を思い浮かべる。漠然とした想像しか出来ないけど、間違いなく幸せなんだろうな。机に置かれていた柚希の手に俺の手を置くと、彼女はすぐに握りしめてくれた。


「えへへ、まあ今は学生だからあまり考えても仕方ないけど、未来を想像するのはタダだもんね♪」

「そうだな」


 ……柚希は自覚しているのかな。こうしてただ話をしているだけなのにどうしてこう俺を嬉しい気持ちにさせてくれるんだろう。柚希の口から発せられる言葉の全てがいじらしいというか、マズいな……俺今にやけてないよね。

 まあでも。


「……この子が居てくれるだけで俺は」


 幸せだなって、そう思えるんだ。

 小さな呟きできっと柚希には聞こえてないだろう。今までもそうだし昨日だって何度も気持ちを柚希に伝えたようなものだからな。

 視界の向こう側で俺たちの席に向かって来ているであろう店員さんが見えた。こうして手を繋いだままだとちょっと困らせてしまうかもしれない。そう思って手を離そうとしたのだが、一瞬離れた隙間を埋めるようにギュッと柚希が握り返してきた。


「柚希?」

「……………」


 顔を上げて柚希を見ると、彼女は頬を赤く染めて俺を見つめていた。周りのことなんて見えておらず、俺だけしか見えてないと言わんばかりに……これはもしかしたら聞こえていたのかもしれない。


「今の聞こえてた?」

「うん。もちろんだよ」


 本当に嬉しかったのか締まりのない表情を浮かべる柚希に途端に恥ずかしくなってしまう。結局俺の意図が伝わることはなく、店員さんが声を掛けたことでようやく柚希は気づくことになった。


「お待たせしました……その、置いてもよろしいですか?」

「あ、はいどうぞ」

「……っ!」


 ハッとするように柚希は手を離したけどもう遅かった。気まずそうに皿を置いてそのまま退散した店員さんだったが、柚希の顔を見た後に俺を二度見してきたのはそういうことか? よし、それならアンタは敵だな……なんつって。

 それからお互いに昼食を口に運ぶのだが、俺は少し手を止めた。


「なあ凛」


 少しだけ真剣な様子で空が口を開いたからだ。


「俺には正直、どうしてそこまで凜が俺の傍に居たがるのかは分からない」

「それは私が――」

「あぁ、それは分かってるんだ。でも、どうしてって思っちまうんだ。俺は本当に何も持ってない人間だから」


 そんなことはないだろうと思わず口に出しそうになったけど何とか堪えた。さっきの俺も大概だったけど、本当に空は自己評価が低い。柚希も同じなのか、カンと音を立ててフォークを置いた。


「……そんなことはないのにさ。空が居てくれなかったらアタシたちは間違いなくバラバラになってたと思う。いくら幼馴染とはいっても、こんな風に仲良くなることはなかったと思うんだ」


 俺には昔の空は分からないけど、それでも柚希たちの中心に居るってのは分かる。一年のまだ空と親しくない時からよく目に入っていたからな。青葉さんがしつこい男子からの告白に困っている時に空が間に入ったりしたことも見たことがある。きっとそうやって空はずっと幼馴染たちを守ってきたはずだ……何も持ってないわけじゃない、空はそうやって誰かを守る強さを持っているんだよ。


「凜だけじゃない。雅も蓮も洋介も、それこそアタシと乃愛だって空に助けられたことがある。私たちはみんな、空の凄いところをちゃんと知ってるんだよ。それなのに……それなのにあの馬鹿空は本当に!!」


 行き場のない悔しさを堪える柚希の姿に俺は苦笑した。けどその気持ち、俺は空の幼馴染というわけではないが少しは理解できる。空の友人だからこそ、勝手に自分を低く見て青葉さんたちから離れようとする姿に何も思わないわけではないからだ。


(……やれやれ系主人公みたいだって面白がっていたこともあったけど、ここまで来るといい加減しっかり気持ちに向き合ってやれって文句も言いたくなるかな。関係ないだろって言われたらそれまでだけど)


 空はめんどくさがり屋で歯に衣着せぬ言い方もするけど、その実とても優しい心の持ち主だと理解している。だからそんなことは言われないとは思うけど……どうだろうな。

 プルプルと今にも爆発しそうな柚希だったが文句を言っても仕方ないと、あくまで空と凛の問題だから口を出すことはしないらしい。それでもお互いがすれ違ったり、何か良からぬことが起きた場合は全力で介入するそうだ。もちろん、それは柚希だけでなく他の幼馴染たちも共通の認識らしい。


「……ほんと、羨ましい繋がりだな」


 中学時代にそこそこ遊んだりした連中……竜崎みたいなやつらはいるけどここまでの繋がりは俺にはない。前にも思ったけど、この輪の中に俺も居たかったなと少し思ってしまう。


「カズも同じだよ。出会った時間は違うけど、カズも掛け替えのない存在なんだから。アタシにとっては当然だし、他のみんなもきっと同じことを思ってるから」

「……そっか」

「うん♪」


 後ろで空と青葉さんが話をしているけど、あまり耳に入っては来なかった。それだけ俺にとって目の前の柚希の存在が大きかったんだ。ただ……こうして話が落ち着いた場合、自然と静かになるので嫌でも話声は聞こえてくる。


「逃げ続けるのは楽だ。でも……その過程で凜が辛い気持ちになるのは違うと思った。俺一人だけが取り残されるのはそれでもいい……けど、今更思ったよ。俺の幼馴染たちは絶対にそうさせてくれない。俺がどんなことを言っても、どんなに手を振り払っても見捨ててくれないんだって」

「当然ですよ……私たちは……私はそれだけ空君を放っておけない。大好きなんです……好きな人を放っておけるわけないじゃないですか」


 直接二人が見えるわけでもない、後ろを向いて見えるのは背の高い椅子の背もたれだ。それでも俺は後ろを振り向いた。泣きそうになりながらも強がるような青葉さんの声、そんな青葉さんに空はこう答えたのだ。


「……逃げるんじゃなくて、向き合わないといけない……そう思った。今まで避けたりしたやつが何を言ってるんだって話だけど、手を差し伸べてくれる人たちを無下にするのはそれこそ最低だ」

「空君……」

「それに」

「?」

「なあ凛、小学校の頃になるんだけど。俺が言ったこと覚えてる?」

「小学校の時……ですか?」

「あぁ」


 青葉さんは思い出せないみたいだが、空は別にそれをショックに受けたりした様子は感じられない。表情は見えないがクスッと笑ったし昔のことだし仕方ないとでも思ったのだろう。


「泣いていた凜を助けた時、俺がずっと傍に居る。ずっと笑顔で居させてやるってやつ」

「……あ!」


 青葉さんは思い出したらしい。柚希の方もそう言えばあったねと口にした。


「……今更ながら嘘を付いてたなって。ごめんな凛」

「そ、そんなことはないです! 謝ってもらうようなことじゃ――」


 今まで見たことがない青葉さんの慌てぶりだった。ガバっと椅子から立ち上がった音も聞こえたし、相当空の言葉に戸惑っているらしい。


「だから少しずつ、すぐには無理だけど凛のことを見ようと思う。前と同じようにこれからも……その……でもまずはお礼を言わせてほしい」

「お礼……ですか?」

「あぁ。凛、俺の傍に居てくれてありがとう……ってやばいな、結構恥ずかしいぞこれ」

「あ……あぁ……っ!」

「ちょ!? なんで泣くんだ!」

「だ、だってぇ……!!」


 思わず柚希と顔を見合わせ、どちらからともなく笑みが零れた。野次馬根性丸出しだったのは申し訳ないけど、良い場面に立ち会えた。柚希はホッと胸を撫で下ろしているし、今の空の言葉に大分安心できたようだ。


「……全く、遅すぎるのよ馬鹿空」

「はは」


 まあ別に恋人になるとかそういうわけではないのだろうけど、これは大きな一歩に違いないはずだ。個人的には明後日からの学校生活で二人がどんな風に接するのか今から楽しみにもなってきた。

 緊迫していた空気なのは間違いなく、カラカラになっていた喉を潤すようにお茶を飲んで落ち着く。というか二人が気になりすぎて手がずっと止まっていたのでカレーが若干冷えてしまった感じがする。


「ふふ、食べようか」


 残念そうにする俺に苦笑する柚希にそう言われ、俺は微妙に美味しさが半減したカツカレーを急いで食べるのだった。

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