42

「……っ……朝か」


 瞼に伝わった朝日を感じて俺は目を覚ました。ゆっくりと体を起こして俺はあれっと首を傾げる。


「なんで服着てないんだ?」


 至極当然の疑問が口から出た。俺は裸で寝るようなことはしないし、寝ている最中に服を脱ぐような寝相の悪さもないはずだ。それなのにどうして……まだ覚醒しきってない頭で必死に考えていた時、俺の物ではない可愛らしい声が聞こえた。


「……はれぇ……朝なの?」


 ぐわっと目を見開くように俺はその場所を見つめた。俺が布団を捲って上体を起こしたせいで、その場所はとてもよく見えた。男の俺と違って白い綺麗な肌、朝の日差しにも負けない綺麗な明るい髪の毛、その子は眠たそうに目を擦りながら上体を起こした。


「……はっ!?」


 そうだ、俺はバッチリと思い出した。

 昨日柚希は俺の家に泊まったんだ。そしてその後、寝る前に俺たちは……その、大人の階段を上ったのだ。

 辺りを見回す彼女は俺と同じように何も着ていない。胸もそうだが、下半身も何一つ隠されていない。その気になれば細部まで見えてしまうのだが、流石に朝っぱらからそれはダメだろうと思い俺は視線を逸らした。


「……ふへへ、カズだぁ!」

「ぐふっ!?」


 視線を逸らした俺だったが、子供っぽい声を出した柚希の突撃を食らってしまう。お腹に頭を当てるように体当たりを決められたことで、俺は変な声を出しながらそのまま倒れた。背中が柔らかいベッドの上で良かったなと思いつつ、俺は愛おしい彼女の頭を撫でた。


「俺は思わずビックリしたのに、柚希はいつも通りだな」

「あはは、まあ確かにアタシもビックリしたけどね。すぐに昨日のこと思い出したし」


 思い出して恥ずかしさに悶えそうになった俺とは違い、柚希は本当に嬉しそうに言葉を続けた。


「やっとだよ……やっとアタシはカズと繋がることが出来た。ずっと望んでたもん、アタシはもっとカズと深く繋がりたいって」


 その言葉が示す通り、俺と柚希は昨日一線を越えた。お互いに初めてで分からないことだらけ、手探りのようなものだったけどとても幸福な時間だった。自分の全てを曝け出してお互いを求め合う……なるほど、経験したからこそ分かるけど本当に愛のある行為とはよく言ったものだ。

 ……ただ、少しがっつき過ぎた気がするのは反省点かな。


「カズったらアタシのおっぱいに夢中だったもんね?」

「……大きい胸は大好きです」

「えへへ、知ってる。あの時のカズってば赤ちゃんみたいで可愛かったなぁ」

「やめてくれええええええ!!」

「えぇいいじゃん。その後にアタシも恥ずかしい姿見せちゃったんだし」

「……………」


 照れるように笑った柚希だったけど、もちろん今の言葉の意味はしっかりと理解できる。何故なら俺の記憶にハッキリとあの時の柚希の姿が刻まれているからだ。俺の腕の中で柚希が……さて、突然だが人間の体はとても単純だ。まだ若い俺の体、朝というのもあるし彼女との情事を事細かに思い出すとどうなるか……。


「……あ、大きくなってる♪」


 俺たち二人の体勢について詳しく解説すると、正面から俺のお腹に抱き着くように柚希が引っ付いている。つまり、ちょうど俺の下半身に柚希の大きな胸が置かれていることになるわけだ。可愛らしくもあり、妖しく笑みを浮かべた柚希がこの後何をしたのか……それは想像に任せることにしよう。


「……なあ柚希、無理しなくても」

「無理なんてしてないよ? あ、流石にこれでキスはやめよっか」


 舌で口から零れそうになったものを掬い取った柚希はパジャマを着た。起きて早々だけど、色々と掃除をしないといけないしお風呂に入って体を洗った方がいいだろう。汗とか色んな液体でグシャグシャだしね。

 着替えと布団を畳んでいると柚希が静かになっていることに気づき、どうしたのかと視線を向けると顔を真っ赤にして佇んでいた。目が合った柚希は小さくこう呟いた。


「……今になってアタシ、凄く大胆なことをしちゃったって恥ずかしくなった」


 さっきまでの表情とは打って変わり、恥ずかしくてたまらないとリンゴみたいに真っ赤になった柚希を見て俺が思うこと、それは当然こうだった。そして必然なのか、しっかりと言葉になって柚希へと届けられる。


「俺の彼女が可愛すぎる」

「……も、もう!!」


 ポカポカと全然痛くない力加減で胸を叩いてくる柚希、だからそういう所が可愛いんだってば。

 それから柚希を伴って風呂に向かう……ってかさ、この流れは間違いなく一緒に風呂に入る感じだけど大丈夫かな。一人で入りなよって言いたいけど、隣で微笑む彼女を見るとどうも言いづらい……まあ今更かな。けどできれば会わない方が――。


「あら」


 そう思った傍から母さんと遭遇した。

 タオルとか毛布とかを持った俺たち、そして少し髪の乱れた柚希を見て母さんは口元に手を当てて一言。


「昨夜はお楽しみでしたね」


 それだけ言ってササッとリビングに消えてしまった。あの様子だとたぶん察しているだろうし……何なら声とかも聞こえていたのではないのか。そんなことまで考えてしまったが、もう済んだ以上考えても仕方がない。


「……バレてる……ね?」

「確実にね。ほら、早く体を洗おう」

「うん!」


 そうして二人で浴室に入ったけど……不思議なモノだ。柚希の裸を見てドキドキするのは当然だけど、全く見れないというわけではなかった。これもやはり、もしかしたら一線を越えたことで心の余裕がある程度生まれたからなのかもしれない。


「……えへへ、不思議だね。前は体を洗うだけで照れちゃって仕方なかったのに」


 柚希に背中を流してもらいながらそう言われ、俺は確かにと頷いた。あの時、一人で入っていた時に突然背中を流すと乱入してきた柚希。あの時は本当に恥ずかしくて死にそうだったくらいだ。


「これからは……こういうことも遠慮しなくていいんだよね」

「……節度は守らないとだけどね。それでも、俺もこうやって柚希とお風呂に入りたいよ」


 後ろで嬉しそうに笑った雰囲気を感じた次の瞬間、にゅるっとお腹に腕が回り、柚希が抱き着いてくるのだった。


「もうカズ、なんでそんなにアタシが嬉しいって思う言葉をくれるの?」

「いやぁ……そうしたいって思ったことを言っただけなんだけど。むしろがっつくなって文句を言われるのを覚悟したんだが」

「文句なんて言わないよ。ねえカズ、カズはアタシのことをどれくらい好き?」


 どれくらい……か。難しい問いかけだけど、俺は特に迷うことなく言葉を返した。


「何よりも大好きだ。もう柚希が居ないのは考えられないくらい」


 どれだけゾッコンなんだよと苦笑するけど、柚希もまた俺と同じだったらしい。


「アタシも一緒だよ。カズが居ない世界なんて考えられない……ずっと傍に居てくれなきゃ嫌だよ」


 少し不安そうに呟かれた言葉……俺は柚希を安心させるように、お腹に回っていた腕に手を当てた。手首から指に移動すると、柚希は指を絡ませるように握ってくる。


「大丈夫だよ。約束する……俺はずっと柚希の傍に居る。だから柚希もどうか、俺の傍に居てくれ」

「うん! 約束……本当の本当に約束だからね!」


 その言葉に俺は力強く頷くのだった。

 よく考えることとして、未来は何が起こるか分からないとか言うこともある……俺だって何回か思ったことがあるけど、そんなことは考えても仕方がないのだ。だから一つだけ、彼女が傍に居る未来を考え続けていればいい。


「何があっても俺は君の手を離さない、何があっても君を想い続ける。こんな言葉を伝えることしか出来ないけど、これを現実にするために俺はこれからを君と歩み続ける」


 振り返るとポカンとした表情を柚希はしていた。けれどもすぐに俺の言葉を理解したのか、一つ頷いて涙を滲ませながらこう言葉を返してくれた。


「うん……うん! アタシはずっとカズと一緒に歩き続けるよ。何があっても、どんなことが起きてもアタシはカズの手を離さない。絶対に離してやるもんか……えへへ」

「あはは」


 あぁそうさ、何があっても大丈夫。

 俺たちならきっと……大丈夫だ。


「カズ、大好き」

「俺もだよ」


 今日のことは通過点だ。

 俺たちが歩み続ける未来に向かう、小さな一つの通過点に過ぎないのだ。

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