37
「よし、これで終わりっと。篠崎、そっちはどうだ?」
「こっちも終わりました!」
委員会での話し合いを終えて、残った時間俺と篠崎の姿は図書室にあった。別に受付の仕事とかではなく、本の位置が正しい場所に置かれているかの確認程度のモノだ。
柚希を含めた他の人たちは別の仕事をしておりここには居ない。とはいえ仕事ももう終わり、俺と篠崎はみんなが居る場所へ戻ることにした。
「それにしても、三城先輩と月島先輩って本当にお似合いですね」
「ありがとう……いきなりどうした?」
素直に礼を言ったけど、いきなりそんなことを言われてもビックリしてしまう。あははと苦笑した篠崎は言葉を続けた。
「まあ、付き合う前もお二人はとても仲が良かったですし、正直なことを言えばとっとと付き合えばいいのにってみんなで話してたくらいですから」
「……ちなみになんだけど、そんなに俺と柚希の距離は他人から見ても近かったか?」
「それはもう! 見てるこっちが恥ずかしいくらいには」
……改めてこうやって指摘されると恥ずかしいよな。確かに最初の内は柚希との距離に戸惑っていたけど次第に慣れていったのだが……なるほど、そうやって戸惑う時点で距離が近かったことの証明になっているな。
「でもこれで少しは落ち着くのかな。月島先輩は僕のクラスでも人気でしたし」
「ほ~ん」
柚希が同学年はもちろん、先輩や後輩にもたくさん告白をされていたことは知っている。篠崎の話では柚希を目当てに図書室に訪れた者も居るそうだが、柚希の隣に居る俺を見て諦めた者も少なくないとか。
「そんな光景を見ても諦めなかった人が告白をしてたんですけど、結果はご覧の通りって感じです」
教室に来て柚希に付いてきてほしいっていう人も居たし、古典的ではあったけど手紙を置く形で呼び出す人も居た。柚希はめんどくさがりながらもそれに応じていて、俺はそれをどこか面白くない気持ちで見つめていた。
「……なんだ、結局その頃から気になってたようなモノなのか」
もし目の前に昔の俺が居たなら断固として認めないのか、或いは言葉を濁すのかは分からないけど色んな意味で諦めろって言葉を送りたい。柚希の傍に居たならきっと、好きになる以外の選択肢はないと思うからだ。
「先輩?」
「何でもない。はやいとこ戻るとしよう」
「はい!」
篠崎と一緒にみんなの所に戻り、少し雑談をして解散となった。柚希と一緒に並んで下校するのは最早当たり前の光景ではあるが、やはりまだまだ物珍しそうに視線を向けてくる人が居る。
「ちょっと鬱陶しいねこの視線」
「……そうだね」
「カズ?」
確かに鬱陶しい、ただその原因の一つは柚希が俺の腕を抱いているのもあるのだろう。最早定位置のようなものだし、離れてくれとも言うつもりはない。そう言ったらきっと、柚希が悲しそうにするだろうから。
「……はは、慣れてきたようなもんだなもう」
「??」
「柚希は可愛いなって思ったんだ」
「そう? ふふん♪ カズを想えばアタシはもっと可愛くなれるもん!」
これ以上可愛くなられたらそれはそれで俺が困りそうだな……。
そのまま柚希と歩いていると、目の前に一人の女子が現れた。あの日、俺に何かしらの意図で近づいてきた坂崎さんだ。
彼女は俺と柚希を交互に見て舌打ちをし、特に何も言わずにそのまま背を向けて歩いて行ってしまう。
「何だ今の……」
「さあ、気にしても仕方ないんじゃない?」
坂崎さんを見ても柚希は全く気にしてないのか、それからの帰路で柚希の口から坂崎さんの名前が出てくることはなかった。特にどこかに寄る用事もないため、そのまま真っ直ぐにいつものように柚希の家に彼女を送り届けるために歩みを進める。
そんな中、ふと柚希がこんなことを口にした。
「ねえカズ、坂崎さんを見て土曜日のこと思い出した?」
「……まあ少しだけね」
何かしらの意図、そう言ったけど田中が関わっていた時点で何が狙いだったかはすぐに分かる。少しでも柚希に俺に対する疑念を植え付け、あわよくば自分が柚希をモノにしようとでも思ったのだろう。結果はあの通りだったけど、あの時に感じた焦りを思い出したのも確かだった。
「あの時にも言ったけど、結構焦りはあったかな。もしこんなことで柚希との間に亀裂が入ったらどうしようかって」
彼女が出来たことも今までなかったし、あんな風に陥れられそうになった経験もなかった……あったらあったで困るけど、だからこそ小さくはない焦りが生まれたんだ。
「そっか。ねえカズ、アタシさ……ちょっと考えることがあるんだよね」
「考えること?」
「うん」
動いていた足を止め、俺の腕を離した柚希は胸に飛び込むように抱き着いて来た。その状態で俺の顔を見上げるようにして柚希は言葉を続けた。
「アタシとカズって何があったら別れたりするのかなって」
「……それは」
付き合う以上そんなもしかしたらを考えないわけじゃない。今はこうして傍に居る柚希が離れて行ってしまう未来、それは決してゼロではないのだから。
「アタシはね、自分でも想像出来ないくらいカズのことが好きなんだと思う。ずっと離れたくないし、何があっても傍に居たいし、将来は結婚もしたいって思ってるくらい」
「結婚は気が早いでしょ……って言いたいけど、俺も似たような気持ちなんだよな」
「そっか。ふふ、とっても嬉しい♪」
抱きしめる力が強くなり、それに応えるように俺も柚希を強く抱きしめる。
「こんなにアタシは好きで、離れたくないって思ってるんだもん。だからもし、アタシとカズが別れるような未来があったら……その時はたぶん、アタシがカズに愛想を尽かされた時か飽きられた時かな」
その言葉はある意味で、柚希が俺に対し絶対の想いを抱いてくれていることを実感させてくれるものだった。とはいえだ……その理屈なら俺と柚希が別れる日は来ないんじゃないかな。
「それなら申し訳ないけど柚希にはずっと傍に居てもらうことになりそうだ。正直、もう柚希が居ない日常は考えられないくらいだから」
今更だけど本当にそう思う。そう伝えると柚希は「アタシも」と小さく呟いて背伸びをした。唇が触れ合うだけのキス、そして暫く見つめ合いどちらからともなく笑みを零す。
「もうカズったらアタシのこと好きすぎ!」
「それを言うんなら柚希もでしょ?」
「そうだよ♪ 大好き、好きすぎていつだってアタシはカズのことでいっぱいなんだから」
二人揃って考えることは一緒……なのかな。けど自分で口にして今更恥ずかしくなってしまった。何が柚希もでしょ、だよ……まあ柚希が笑顔になってくれたなら良かった。
「ふふ、このままこうしてるともっとイチャイチャしたくなっちゃう。平日だし帰らないとね」
「んだな。今日が休みの日だったら大変だったかも」
「そうだねぇ。そうなったら何としてもお泊り計画を決行しないと……もちろんカズと雪菜さんの許可をもらわないとだけど」
母さんなら速攻で頷きそうだけど……もちろん俺だって嬉しい。
「お泊りだと夜も一緒だから……いやん、もうカズったら!」
バシッと背中を叩かれてしまった。
それから柚希と一緒に他愛無い話をしながら再び帰路を歩く。そんな中、コンビニの前を通る時に少しばかり気になる光景を見てしまった。
「なんだよこれ。頼んだやつと違うじゃねえか」
「ご、ごめんなさい……」
「あまりきつく言ってやんなよ。お前だけならまだしも俺たちの分まであの一瞬じゃ覚えられねえって」
「……ったく、使えねえ女だな」
「……ごめんなさい」
一人の女性が男に頭を下げていた。持っている袋から微妙に見えたけど、どうやら煙草を買ってきて頼んだのと違ったから怒鳴られているといったところだろう。
「何アイツ、ちょっと酷すぎない?」
「だな……気になるけど、流石に関わり合いになるのはやめた方がいいかもしれない」
「……歯痒いね。でも仕方ないのかな」
傍に柚希が居ないなら首を突っ込んだかもしれない、けどもし柚希に危害が及ぶようなことになればそれこそ目も当てられない。
結局その集団はすぐに車に乗って居なくなってしまった。ただ、もう一つだけ……俺には気になることがあった。
(……あの女の人、痣があったな)
世の中にはいろんな人が居る。
誰かを大切にする者、傷つける者様々だ。よくニュースでもDVで逮捕されたりするのを目にすることがある。どうして傷つけるのか、どうしてそんな酷いことが出来るのか俺には分からない。一生分かってたまるモノか。
「カズ?」
「何でもない。さ、帰ろうか」
「うん」
少しモヤモヤした気持ちを振り払うように、俺は柚希の手を強く握りしめるのだった。
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