36

 ……何というかだ、とても今の俺はホクホクとした顔をしていることだろう。


「カズ、一体どうしたの?」

「凄い嬉しそうですけど」

「なんか楽しいことでもあった?」


 昼休みも後僅か、屋上で空たちと昼食を済ませ俺は教室に戻ってきた。普通に時間を過ごしていただけならこうはならなかっただろうが、あのアルバムは思いの外俺を幸せな気持ちにさせてくれたようだ。


「空君、一体どうしたんですか?」

「あぁ、実は洋介が昔のアルバムを――」


 空が説明しようとした時に丁度先生が教室に入ってきた。それに気づいた朝比奈さんはすぐに席に戻り、柚希と青葉さんは空の言葉に首を傾げながらも授業の準備を始めた。

 それから午後の授業の時間はすぐに過ぎていき、あっという間に放課後になった。月曜ということもあって今日は委員会の仕事ではなく、これからの活動に関しての集まりを行う予定になっている。時間まではまだまだあるので、俺と柚希は教室に残って空たちと話をしていた。


「洋介は?」

「あぁ、洋介は乃愛と出掛ける予定なの」

「へぇ、デートか」

「うん。乃愛ったら昨日から気合入れてたのよね」


 なるほど、乃愛ちゃんも頑張ってるんだな。洋介の様子だと少し手強いかもしれないけど……どうなるか俺としても見守っていきたいと思っている。


「そう言えば空君、お昼に何を言おうとしたんですか?」


 青葉さんのこの何気ない問いかけ、それに対して空はすぐに答えたのだが……何故か女子三人の間で空気が固まった。


「洋介が昔のアルバムを持ってきてさ。それを和人に見せたんだよ」


 その瞬間、ピキっと何かが止まった気がした。俺はその異変をおかしいなと感じはしたが、空の言葉に頷くように口を開いた。


「昔のみんなを見れたのは新鮮だったよ。もちろん柚希もさ」

「……へぇ」


 本当にいい時間を過ごさせてもらった。何故か柚希がドスの効いた声を出したので思わず視線を向けてしまう。柚希は俺に対してにっこりと笑い、次に空と蓮に視線を向けた。


「っ!?」

「な、なんだよ……」


 二人がビクッと体を震わせた。この角度、俺からも分かるぞ。柚希の目がどえらいことになってる……それこそ視線だけで人を殺せそうなくらいだ。どうしたのかと疑問を持って青葉さんと朝比奈さんに視線を向けたが、二人はさっと目を逸らすだけで答えてくれない……本当にどうしたんだ?


「そっかぁ。持ってきたのは洋介って言ったわね?」

「あ、あぁ……」

「(ぶんぶん!)」


 傍目から見ても冷や汗をダラダラと流す空と蓮、これは本当にやんごとなき空気だ。それでも俺は柚希がどうしてそんな目を二人に向けているのか分からなかった。だからだろうか、俺はこの空気をぶった切るように口を開いた。


「昔の柚希も可愛かったよ? 男の子っぽい見た目だったけど、すぐにあの子が柚希だって分かったし」

「……へっ!?」


 俺の言葉を聞いて信じられないと言わんばかりに目を丸くし、そして真っ赤になってパクパクと口を開いたり閉じたりしていた。


「何というかさ、俺もその場に居たかったなって思っちゃったよ。でもこれで俺も昔の柚希を知ることが出来た。だからこんな機会をくれた洋介には感謝してる」


 また明日会った時に改めてお礼を言っておくかな。そう思った時、ボンと音を立てて柚希が胸に飛び込んで来た。


「も、もうカズ! なんでカズはそんなに嬉しいことを言ってくれるの!? アタシ幸せ過ぎて死んじゃうんだけど!」


 抱き着いて来た柚希に苦笑しつつ、俺は柚希の頭を撫でた。


「さ、流石です三城君」

「……柚希ちゃんが怒った時は三城君を呼ぼうかな」


 そして何故か青葉さんと朝比奈さんに尊敬の眼差しで見られることに困惑する。空と蓮は胸を撫で下ろすように溜息を吐いているし……一体どういう空気になっているんだこれは。

 柚希が離れてくれないので暫く頭を撫で続け、ふと時計を見てあっと声を漏らしてしまった。マズい、委員会の時間に遅れて……いるねこれはもう。


「柚希」

「なあに?」


 とても機嫌が良い声音のところ申し訳ない、俺は黙って時計を指さした。


「? ……あああっ!?」


 大きな声を上げた柚希はスッと立ち上がり、俺に手を差し出す。柚希の手を掴むと本当に女の子なのかと言わんばかりの力で引っ張られた。


「急がないと! 早く行くよカズ!!」

「おう!!」


 二人一緒に走って教室を出る。何故か空と蓮が二人揃って俺に敬礼していたが……うん、その理由はまた明日聞くことにしよう。

 柚希と揃って空き教室に入ると既に先輩と後輩が揃って席に着いていた。先生も既に居て怒られるかと思ったが、特に何も言われることはなく遅刻は笑って済まされた。委員会と言っても特に堅苦しい話はなく、委員の仕事をする上で困ったことがないか、或いは迷惑を掛けてくる利用者は居ないか程度の確認だ。


「それでは……この議題はここまででいいですかね。次は利用者の声です」


 うちの高校はより良い図書室の利用を増やすため、定期的に利用している学生からの声を集めている。目安箱のような形で誰でも意見を紙で伝えられる物を設置しているのだ。先輩であり図書委員長の安藤先輩が箱から紙を取り出した。


「ある程度先に読ませていただきましたけど……何と言うか、妬みのような意見が多いです」

「?」

「どういうことです?」


 首を傾げる柚希と後輩、ただ先生だけはクスクスと楽しそうに肩を揺らして俺を……正確には俺と柚希を見ていた。


「三城君に月島さん、これをそのまま読んでもよろしいですか?」

「え? 別に大丈夫ですけど」

「?? 大丈夫です」


 その問いかけは一体何……その疑問はすぐに解消された。もちろん悪い意味で。


「えぇ、では一つ目。『誰とは言いませんがとある委員会の二人の甘い空気に耐えられません。別にうるさくしているわけではないのですが何と言いますかこう、自分が惨めになると言いますか……どうやったら彼女できるんですかね? 教えてください』……とのことです」

「……あぁ」

「あ、あはは……」


 その二人って一体どこの誰だ困った奴だな……って現実逃避するしかないでしょうこれ。安藤先輩が読み上げた瞬間みんなから集まる視線、そして大爆笑するように先生が大声で笑っていた。


「二つ目。『今までも距離が近かったと思いますが、最近になって更にイチャイチャしている気がします。周りがどうかは分かりませんが私は大変結構です。私のラブコメ執筆作業のモデルになっているのでもっとイチャイチャしてほしいです』……だそうです」


 それは妬みでもなんでもなくてただの願望だよね……っていうかこれたぶん女子だ。安藤先輩から渡されたこの紙の筆跡が正しく女の子のそれって感じだから。


「カズ、もっとイチャイチャしてほしいだって! 良かったね!」

「お、おう?」

「そうじゃないでしょうが」

「きゃんっ!?」


 安藤先輩の優しいチョップが柚希の脳天に振り下ろされた。可愛い犬のような声を上げた柚希に苦笑しつつ、俺は今度から気を付けますと安藤先輩に伝えた。


「その気にしないで聞いておきます」

「……………」


 まあきつく咎められないだけマシと言えるだろう。安藤先輩はキリッとした顔つきの眼鏡女子で真面目が服を着て歩いているような人ではあるけど、時折ユーモアを交えたジョークを言ったりする面白い人だ。さっき柚希にチョップをした光景からも分かるように、柚希ともかなり仲が良い。


「月島さん、気持ちは分かるけど図書室では程々にね」

「わ、私だけですか?」

「三城君はちゃんと我慢が出来る人ですけど、あなたはそうではないでしょう? 今すぐに三城君と二人になったらあなたは何をしますか?」

「ラブラブギュッってします!」


 あ、安藤先輩が疲れたように溜息を吐いた。


「三城お前愛されてんなぁ」

「委員会がこんなに騒がしくていいんですか?」

「学校に来て真面目にやるのは授業だけで良いんだよ。それ以外は適度に騒がしく、適度に楽しまねえと損ってやつだ」


 その意見には賛成だけど……おかげでもう会議どころじゃなくなってきたな。


「えっと、どれどれ」

「あ、先輩僕も見ます」


 隣に座っていた後輩が一緒に目安箱を覗き込む。手に取った一枚を広げてみた。


「何々……『篠崎君が可愛くていつも彼が当番の日を狙っているんですけど、隣に先輩が居て手が出せませんどうにかしてくださいby男です』……っ」


 俺は黙ってクシャっと握り潰した。


「どうしたんですか?」

「い、いや何でもない……」


 篠崎というのはこの後輩の名前になるわけだけど、ちょっと中性的な顔をした男子だ。なるほど、この手紙に書かれているように愛らしい顔立ちをしている……っていうかこれただの願望じゃん無視だ無視だ。


「……あれ、なんか最後にマズいこと書いてあったような」


 気のせいか、俺はとりあえず忘れることにした。

 それからも楽しそうにじゃれ合う柚希と安藤先輩の声をBGMにしつつ俺と篠崎は目安箱から出てくる利用者の声を楽しむのだった。



「あ、先輩。こんなのありましたよ!」

「うん? 『栗田先生が大好きです。一緒にお出掛けとかしたいです』」

「いいじゃねえか。生徒の声に応えるのが先生ってもんだ!」

「やめなさい馬鹿」

「いたっ!? おい安藤! 今馬鹿って言った――」

「な・に・か?」

「……ごめんなさい」


 シュンとなった先生を見て安藤先輩強いなって改めて思う……けど、なんか安藤先輩顔赤くなってないか? え? まさか……ねぇ?

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