35

 休み明けの学校、今日もまた柚希と一緒に登校したのだが……やっぱり俺が思い出すのは柚希に背中を流してもらったことだ。実を言うとあの後、少しハプニングがあった。


『……きゃっ!?』

『柚希!?』


 漫画のようにすってんころりん、足元に落ちていた石鹸を踏んで柚希が転げたのだ。ギャグマンガのように済めばいいが、俺の脳裏に過ったのは柚希が怪我をしてしまうかもしれないと思ったこと。風呂場のタイルは固いため、頭を打ったりしたら大変だ。だから俺は柚希を抱き抱えるように何とか体を下に持って行った。


『いたた……ごめん。大丈夫カズ……っ!』

『あ、あぁ……大丈夫……だ』


 俺が下で柚希が上、しかも神の悪戯か背中に回った手とは反対の手があるモノを掴んでいた。それは柚希の胸、大きくて柔らかくもしっかりと弾力のあるそれは未知の感触だった。思わず手に力を込めてしまって柚希が切なそうな吐息を零す。


『……カズぅ』


 甘い声を出しながら柚希が唇を突き出して来た。水が跳ねてしまい少し濡れた柚希、腰に巻いていたタオルが外れてしまった全裸の俺という危ない状況……正直、あのまま母さんが来なかったらマズかったかもしれない。


『凄い音したけど大丈夫!? ふた……り……とも?』


 そこで柚希が我に返り顔を真っ赤にして俺から離れた。おそらく俺も顔が赤かったと思うし何より、色々とあれ以上柚希と引っ付いていたら危なかった……何がとは言わないけど。


「……っ」


 っと、昨日の風呂でのことを思い出してしまい今が授業中だと言うのに全く集中できない。隣を見ると柚希はいつも通り真剣な眼差しで黒板を見つめていた。しかし、そんな真剣な柚希であってもこうやって視線を向けると俺に気づいてしまう。


「ふふ、どうしたの?」


 昨日の風呂のことを考えていました、なんて言えるわけもなく俺は何でもないよと首を振った。


「そっか、もう少しでお昼だから頑張ろ」

「おう」


 こうやって柚希の言葉一つで頑張ろうと言う気持ちが出てくるあたり単純だよな。それからは不思議と集中できて何とか授業を切り抜けることが出来た。

 そうして待ちに待ったお昼休憩、柚希と一緒に弁当を広げようとしたその時、俺の肩に蓮が手を置いた。


「なあ和人、偶には男同士で飯でも食おうぜ?」


 蓮がそう言うと同時に洋介も空の肩に手を置いた。空はとくに断るつもりもないのか立ち上がり、三人は俺が立ち上がるのを待っている。まあ偶にはそれもいいか、そう思って柚希に声を掛けようとすると……うん、行かないでって目をされておりました。


「柚希、私たちも偶には女の子同士でお昼にしましょう?」

「凛に雅も……うん、分かった」


 明らかにシュンとした様子で青葉さんと朝比奈さんが苦笑していた。


「それじゃあまた後で」

「うん。またね」


 手を振るだけだったが、最後にギュッと優しく握られて見送られた。男四人で向かったのは屋上、俺たち以外にも友達同士で食べている人が結構いた。

 俺は隣を歩いていた洋介を見て聞いてみる。


「洋介は食堂じゃないんだな?」

「偶には弁当もいいなと思ってさ」

「へぇ」

「食堂に通いつめすぎて金がないんだろ?」

「……そうとも言う」


 ……やっぱりあれかな、洋介は馬鹿なのかもしれない。

 それからいい場所を見つけて俺たちは四人は弁当を食べ始めた。色々と話をしていくうちに、ふと蓮が俺に聞いてきた。


「そう言えば田中のやつ柚希に何かしたのか?」

「……あぁ」


 蓮の言葉に空と洋介も俺に視線を向けた。土曜日に起きたあの出来事、今日何かしらアクションがあるかと思ったが特に何もなかった。やはり柚希に面と向かって嫌いと言われたのが相当堪えたらしい。今朝からチラチラと柚希に視線を向けていたが話すことはなく……どうやらその様子は他の人に目立っていたらしい。


「まあ色々あってさ」


 あまり言い触らすことでもないだろう、田中は柚希のことが好きだった。その好きな相手に嫌いと言われたのだからもう報いは受けたようなものだと個人的には思っている。蓮を含めみんなも特にその先を聞こうとはしなかった。


「和人と柚希だし滅多なことにはならないと思うけど、何かあったら頼ってくれよ?」

「あぁ、ありがとう」


 本当に蓮ってイケメンだよなぁ……少し蓮に対して尊敬にも似た気持ちを抱いていたのだが、すぐにボソッと呟かれたのが次の言葉だ。


「和人はともかく、柚希はキレると本当に手が付けられないからな……和人に出会ってからは大人しくなったけど、中学は凄かったんだぞ?」

「うんうん」

「だなぁ……口答えすると鉄拳が飛んできてたから」

「えぇ……」


 強く頷く空と何かを思い出したのか顔を青くした洋介……うん、正直なことを言えば全く想像が出来ない。俺が柚希に抱く印象としては優しい、可愛い、芯が強い、そんな感じで良い部分しかない。というか柚希に対する悪い部分が一切見えてこないのだ。ま、それは惚れた弱みってやつかもしれないな。


「そういやこんなの持ってきたぞ。和人に見てもらおうと思って」

「アルバム?」

「おうよ。掃除してたら目に入ってさ」


 少し埃を被った跡はあったけど綺麗と言えば綺麗だ。


「懐かしいな」

「……俺どこにやったっけ」


 空、思い出の品なんだから大切にしろよ……。

 洋介の視線に促されるようにアルバムを開く。俺の横に洋介、後ろから空と蓮が覗き込むという構図だ。早速開いて見ると、今より幼い空達が写っていた。

 男子はそこまで変わらないと言うけど、女子組である三人は今とかなり変わっている。というより一番驚いたのが柚希だ。


「髪が黒いんだな……それに少し男の子っぽいかも」


 今の明るい色ではなく普通の黒髪だ。茶髪の柚希しか知らない俺にとってここに写っている柚希の姿はかなり新鮮だった。服装も動きやすさを重視したような服装で女の子が着るような可愛さを感じるモノではなかった。


「髪が黒いのはいいとしてさ、よくそれが柚希って分かったな?」

「え? 普通に分かったけど」


 この写真はおそらく小学生くらいだと思うけど、俺にはすぐにこの子が柚希だと分かった。見た目で分かったと言うよりは直感のようなものだけど……聞いてきた蓮もそうだけど空と洋介も驚いていた。


「今と大分違うんだけどな」

「俺が和人の立場だったらこいつ誰って聞いてるぞきっと」


 それからも写真を色々と見ていくと、今までに知らなかった柚希の一面を知っていく。空の背中に足を乗っけて偉そうにしている写真もあったし、洋介の頬にグーパンを入れた瞬間の写真、蓮の首に腕を回して……あれ、蓮の顔青くなってないかこれ。

 色々な写真があったけど、少し残念に思ったのはこの空間に俺も居たかったなってことだ。空と接するだけならこんなことは思わなかっただろう。きっと柚希と過ごしていく中で、もっと彼女のことを知りたいと思ったからこその感情なんだと思う。


「和人がすげえ優しい顔してるんだが……」

「好きな人を想うってそういうことだよ。洋介、お前も色々と自覚しろな?」

「何をだよ」

「……洋介はこれだもんな。乃愛が不憫で仕方ない」

「空、それ凜の前で言ったらきっとぶん殴られるぞ」


 外野の話声はいつの間にか何のその、俺は柚希が辿ってきた軌跡を見つめることに夢中になっていた。改めてになるが男の子っぽい見た目から段々と可愛い女の子へ、そして今知る綺麗な彼女になっていくその過程を見るのは楽しかった。

 パラパラとめくっていき見終わった時、何とも言えない達成感のようなものを抱く。洋介にお礼を言ってアルバムを返したその時、俺以外の三人がほぼ同時にくしゃみをした。


「ど、どうした?」


 目の前で三人が同時にくしゃみをするという奇跡、誰かが噂でもしていたのだろうか。









「昔と言えば柚希は男の子みたいな見た目でしたよね」

「懐かしいなぁ。本当にガキ大将って感じだったもん」

「いつの話をしてるのよ……というかあの時のアタシ可愛くないもん。カズに見られたくない!」

「その言い方だと今の自分は可愛いって聞こえるけど?」

「そう言うつもりはないけど、自分磨きを欠かしたつもりはないよ。いつでもどこでも、カズの目を独占できるアタシで居たいから」

「……本当に三城君が好きなんですね」

「ふふ、今の柚希ちゃん本当にいい顔してるよ」

「そう? なら嬉しいかな」

「ちなみになんですけど、柚希の昔の写真を三城君が見ることがあったら――」

「見せたやつ全員殺すから。二人も覚えておいて」

「は、はい……」

「りょ、了解であります……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る