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「今日はありがとね柚希ちゃん。楽しかったわ」

「いえいえ! アタシも雪菜さんと会えて嬉しかったです」


 その日の夜、カズの家にお邪魔してご飯を食べた後のことだ。今アタシは雪菜さんと一緒にお皿洗いをしている。今日のご飯はたくさんあって豪勢だったけど、そのほとんどは雪菜さんが準備したようなものだ。実を言えば私も一緒に料理がしたかったし、料理が得意なんだってことをアピールする絶好の機会と思っていたけど……ふふ、そこは少し残念だったかな。


「それにしても不思議な気分だわ。こうして息子が彼女を連れてくるのって」

「そんなものなんですか?」

「えぇ、今までずっと彼女とか居なかったから尚更ね」


 ……カズはどう思うか分からないけど、アタシとしては今の言葉は嬉しかったな。だってアタシがカズの初めての彼女だってことだし、何よりアタシ以外の女の子に特別な想いを抱いたことがないってことだもん……まだ小さい頃の初恋? それはノーカンだよ! 今が全て、アタシがカズを射止めたんだから!


「ふふ、柚希ちゃんは本当に和人を好きなのね」


 微笑ましそうに雪菜さんに見つめられ少し照れてしまう。それにしてもそんなに分かりやすいかなアタシって……まあでも、それだけカズの存在がアタシの中で大きいってことだ。それは別に恥ずかしい事じゃないし胸を張れることだって思ってる。


「はい! アタシはカズのことが大好きです!」


 ヤバい、少し勢いが強すぎたかな。雪菜さんは少し驚いていたけど、すぐに笑みを浮かべてそれは良かったと言ってくれた。一緒にお皿を洗う中で、雪菜さんがふと呟いた。


「一年生の終わり頃かしら。その頃から和人は笑顔が増えたけど、こうして柚希ちゃんと一緒に居るとその理由がよく分かるわ」


 自分では良く分からないけど、アタシはアタシのままでカズに接しているつもりだ。何かをするたびにカズに喜んでほしい、アタシのことをもっと好きになってほしいって気持ちがある。


「それにしても、前に会った時に頑張ってって言ったばかりなのにもう付き合ってるものね。そこは少し驚いたかな」

「あはは、あの時は勢いに任せた部分はありましたけど……」


 先輩にちょっかいを出された時、カズがアタシを守りながら言ってくれた言葉が最後の一押しをしてくれた。大好きな人に大切な存在だって言われたら聞きたくなっちゃうもの、恋する乙女は止まれないんだから。


「……あの、雪菜さん」


 こんな時だからこそ聞きたいことがある。

 アタシはどうしたのかと視線を向けて来た雪菜さんに直球で聞いてみることにした。


「その……アタシは料理もそこそこ出来る方ですし、身だしなみだって気を付けてます。カズを想う気持ちは誰にも負けないですし誰かに譲るつもりだってありません。なのでその、アタシがカズのお嫁さんに立候補してもいいですか?」


 ……ってこれは直球すぎるでしょアタシ何言ってんの!?

 いや、本当はもう少しオブラートに自分をアピールするつもりだったのだ。それがよりにもよってこんなド直球に……どうやら私の中に燻るカズへの想いが暴走したらしい。

 アタシの突然の言葉に雪菜さんは目を丸くしたが、すぐにクスクスと笑って肩を揺らす。


「和人のことをそこまで想ってくれるのは嬉しいけどそれはまだ先の話ね」

「……ですよね~」


 まだ付き合って少ししか経ってないし、どんなに好きでもお嫁さんはちょっと早すぎだよね。でもアタシは本気だよ。これから先何が起きるか分からないけど、アタシはずっとこの色褪せない想いを抱き続ける。

 ……笑みを浮かべながら頭を撫でてくれる雪菜さんにアタシはこんなことを言ってみた。


「雪菜さん、私一つだけ憧れていることがあるんですが」

「何かしら」


 今この場にカズは居ない。お風呂に行っているのだ。だからこそアタシはやりたいことがあった。


「カズの背中を流すためにお風呂に突撃をかましてもいいでしょうか」

「それ楽しそ……コホン、いいわよ。私が許すわ」


 ……ダメ元だったけど雪菜さんの許可はもらった。今行くよカズ!






「……あぁ気持ちいい」


 湯船に浸かりながら俺はそう呟いた。

 今日は突然のことだったが柚希が家に来ることになり、夕飯の時はとにかく盛り上がった。以前俺が風邪でダウンした時に会っていたおかげか、まるで昔から会ったことがあるかのように話を弾ませる母さんと柚希の姿に思わず頬が緩んだ。

 どんな形であれ、母さんと柚希が仲が良いというのは嬉しいことだ。

 柚希は母さんが車で送っていくって言ってたけど、一応俺も付いていくつもりだ。だからあまり長く風呂に入るわけにもいかないか。


「さて、そろそろ上がるか」


 湯船に浸かっているということは頭も洗ったし体も洗い終えている。なので上がろうと立ち上がったその時だった――脱衣所から柚希の声が聞こえたのは。


「カズ~! お風呂は気持ちいい?」

「はひっ!?」


 いきなり聞こえた柚希の声に俺は思わず下半身に手を当てて再び腰を下ろした。何となく、何となくだけどこの後の展開が読めてしまう。俺の考えを裏付けするように柚希が扉の向こう側でこう言った。


「カズ、もう体洗ったと思うんだけどさ。アタシ、カズの背中を流してあげたいの。憧れてることでもあったしさ……どうかな?」

「……どうかなって」


 今の俺は全裸だし恥ずかしさもあるが……けどこの期待を滲ませた柚希の声、恥ずかしいからとかもう洗ったからいいなんて言って断ると柚希はたぶん諦めるだろう。でも……残念そうな顔を見るのも嫌だし何より、そういうシチュエーションに少なからず憧れを持つのは俺も一緒だったりする。


「……よし」


 俺はタオルをサッと下半身に巻いて男のシンボルが見えないように防御を固める。そうして柚希が入ってきた際に正面が見えないように背を向けて座った……よし、完璧だ。


「お願い……してもいいかな?」


 いやさ、これってやっぱり恥ずかしいぞ凄く……。冗談の類いであってくれれば少し残念だけど助かる、そんな気持ちがあったけどすぐにバッと扉が開いた。


「うん! 任せて!!」


 声音からも嬉しそうな感情が伝わってくる。とはいえ柚希も緊張と言うか、恥ずかしさはあるのか少しソワソワするような雰囲気も感じる。


「あはは、本当なら一緒にお風呂に入ったりしたいけど着替えがないからさ。残念だけど」

「……うん」

「カズったら照れちゃって~♪ ……って、アタシも照れてるけどさ」


 俺だけじゃなくて良かったよ……。今の柚希の様子はどうやら今来ている服で手足の先が濡れてもいい様に袖とかを捲っているようだ。柚希がタオルにボディソープを付けて優しく俺の背中を擦る。


「アタシね、さっき雪菜さんにも言ったけどこうやってカズの背中を流すの憧れてたんだぁ」

「……俺もちょっと憧れてたかも。だから今凄い幸せな気分」


 好きな人に背中を流してもらうって言葉に出来ない何かを感じる。さっき一度洗ったことも忘れて俺はただ柚希に背中を優しく擦られていた。


「そっか……ねえ、前も洗う?」

「それは勘弁して」

「だよね。“まだ”少し早いよね」


 まだって何ですか柚希さん……。それから暫くゆっくり、ゆっくりと背中を洗われる。肩から腕にも手が伸びて来て少し擽ったいが、柚希の楽しそうな鼻歌を聞いているとやっぱり俺も嬉しくなる。

 シャワーで泡を流してもらい、流れのまま頭も洗ってもらうことに。これも今日二回目だったが……敢えて言うならとても幸せな気分だったというのは言うまでもない。


「何だか凄いサッパリした気分だよ」

「そう、良かった♪」


 もう慣れたのかこうして服を着ていない状態でも特に恥ずかしさは消えていた。それは柚希も同じなのかいつも通りの様子で俺に接してくれている。今日は街で少しめんどくさいこともあったけど、こうして柚希と過ごしたことでまた幸せな一日になった。

 湯冷めするとマズいからとまた少し温まるために湯船に浸かる。柚希が濡れた手足を拭いている時にふとこんなことを言いだした。


「……その、実はもう一つやってみたいことがあったけどそれはまた今度だね」

「やってみたいこと?」

「うん……雅が持ってる漫画であったシーンなんだけどさ」

「うん」

「自分の体にボディソープを付けて、背中にくっ付くようにして洗うの」


 ……ちょっと想像してしまった。どうやら想像したのは俺だけでなく柚希も同じようで、お互いに顔を真っ赤にして何とも言えない空気になる。


「……あぶな」

「え? 何が?」

「何でもないです……」


 湯船に浸かってて良かったよ本当に。

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