33

 柚希と一緒に行動をすることになってどこに行こうかという話だが、ショッピングに関係するものは昨日の内に済ませたばかりということで、本日は思いっきり遊ぶことになった。とはいっても昼過ぎの時間なのでそんなに多くのことは出来ない。

 まずボーリング、近場にあったゲーセン、そして最後にカラオケへ。

 人前で歌うのは好きではないが、一度歌い始めると羞恥心が吹き飛びノリノリになれるのはある意味カラオケマジックだろうか。最近ヒットした曲から昔のヒット曲、少しアニソンなんかもある程度歌ってお互いに楽しんだ頃、持って入った飲み物が空になったので淹れてくることに。


「柚希のも淹れてくるよ。同じのでいい?」

「大丈夫だよ。じゃあアタシはちょっとお手洗い行ってくるね」

「了解」


 一緒に部屋を出て通路で別れる。

 二人分のコップを持ってジュースを注いでいると、聞き覚えのある声が聞こえた。


「あ~あ、中々いい点出ないなぁ」

「そうか~? 結構高得点だろあれ」


 女と男の声……男の声は聞き覚えがないけど、女の方はついさっき聞いた気がするんだが。まさかと思って視線を向けると、そこに居たのは先ほど竜崎と一緒に連れ立っていた面子だ。しかも女の方は俺に色々と言って来たやつ……確か葛城って呼ばれてたっけ。


「あんなんまだ序の口だし、それに――うわ」

「? あ、さっきの」


 二人は俺に気づいた。男の方はある意味普通の反応で、女……葛城さんでいいや。葛城さんは嫌そうに俺を見ている。いやいや、あんな絡まれ方したらその反応したくなるのは俺の方なんだけど。

 ……まあこちらから話すことは何もないし、変にこれ以上視線を向けて絡まれるのもめんどくさそうだ。そう思い俺は二人分のジュースを注いだコップを持って歩き出した時だった。


「さっきのガキは一緒じゃないの?」

「ガキはそっちじゃないの?」

「……は?」


 おっと、つい言い返してしまった。見ず知らずの人に妙な絡まれ方をしたことが嫌でもあったが、大切な彼女の妹でもある乃愛ちゃんをそのような言い方をされたことが気に入らなかったのだ。葛城さんはずんずんと足を進めて俺の前へ。後ろに控えている男は額に手を当てて困っているが……。


「うっざ、なによ。あいつがアンタの好きな人とか? 気に入らないけど見た目は良かったものねあの子。ま、そういうんじゃないだろうけど身の程を知った方がいいんじゃない?」


 とことん見下すような視線に嫌気が差してくる。こんな奴を相手にしていても仕方ないけれど、俺としても少し言いたいことがある。


「あの子は大切な人の妹でね、そう言う意味では好きって感情はもちろんあるよ。それよりも君さ、他の人にもそんな風に当たり散らしてるの?」

「何を」

「後ろの人困ってるけど、まあ確かに俺ならこんな知り合いは欲しくはないかな。友達って一番思われたくないタイプだ」

「なっ!?」


 俺の言葉に顔が真っ赤になり、次いで後ろの男に視線を向けた。男は取り繕うように表情を変えたが、葛城さんはすぐに俺を見て睨みつける。……いい加減にしてくれないかな、あれから結構時間経ってるしいい加減に柚希の所に戻りたいんだけど。

 小さく溜息を吐いて俺は彼女に背を向けた。


「っ! ざけんな!」


 腕を掴まれ持っていたジュースが零れた。流石に男の方はマズいと思ったのか止めに来ようとしたが、それよりも早く冷たいが声が響いた。


「何してるの?」


 短いその一言、たったそれだけなのに葛城さんは動きを止めた。声の正体――柚希はゆっくりと歩いて来て俺の腕を掴む葛城さんの腕を離す。それから柚希は葛城さんの方を見向きもせずにハンカチでジュースで濡れた部分を拭いてくれた。


「な、何よアンタ――」

「彼女だけど?」


 柚希はそう答えたけど、相変わらず葛城さんに視線を向けることはなかった。葛城さんは俺と柚希を交互に見て、信じられないと言わんばかりに一言零す。


「なんでこんな地味なのとアンタみたいな綺麗な子が一緒に……」

「あ?」

「ひうっ!?」


 ギロッと柚希が睨んだ。葛城さんは蛇に睨まれた蛙のように固まってしまう。いやさ、ごめん柚希……今の柚希は俺でも怖いって思ってしまった。

 結局、葛城さんとはそれっきりになり俺と柚希は残った時間を楽しむことにした。あんなことがあって少し空気は悪くなると思ったのだが、柚希が軽く自分の頬を叩く。


「せっかくのカズとのデートだもん。嫌なことがあったからって笑顔は忘れちゃダメ……よし、もう大丈夫だよ」

「……そっか」


 そうだな、せっかくのデートなんだしさっきのことはもう忘れることにしよう。でも、少し気になったので聞いてみたのだが、どうやら柚希は俺が乃愛ちゃんのことを大切な人の妹だと言ったところか聞いていたらしい。


「それ乃愛に言ってみてよ。あの子絶対に喜ぶからさ」

「う~ん、揶揄われて流される未来しか見えないんだけど」

「カズの前ではそうかもしれないけど、一人になったら悶えるタイプだね」

「その心は」

「アタシの妹だもん」

「……あ、納得」


 なるほど、何故か納得してしまった。

 柚希と電話をそれなりにするから分かるんだけど、俺が少し恥ずかしいことを言ったら柚希は嬉しさを隠す……いや隠せてないな。ベッドの上で足をバタバタさせる癖がある。それはどうやら妹にも受け継がれているようだ。


「ふぅ、歌った歌った!」

「疲れたなぁ。ちょっと喉がカラカラかも」


 ずっと歌っていたわけではないが、二人で二時間ほどカラオケをして過ごしていた。店を出る時にもしかしたら葛城さんと再びエンカウントするかもしれないと考えていたが、特にそれらしき集団と会うことはなく安心した。


『あれでもアタシ我慢してたよ。後少しで爆発しそうだったけど』


 キレのいいシャドーボクシングを見て爆発しなくて良かったと思ったよ俺は。さて、明日は学校もあるしあまり遅くまで遊ぶことも出来ない。けれど、家に向かうまでの道中で話の合間に柚希がチラチラと俺の顔を見つめてくる……これは一つのサインで、まだ一緒に居たいという柚希からのシグナルみたいなものだ。これが無意識によるものなのか、故意によるものなのか……たぶん無意識だろうな。


「なあ柚希、もし柚希が良かったらうちでご飯を――」

「ちょっと待ってて」


 柚希がスマホを取り出してどこかに電話を掛ける。


「あ、お母さん? 今日カズのお家でご飯食べて帰るね! うん……うん、分かった。じゃあ決まったらメッセージ送っておくね」


 どうやらお母さんに掛けたらしい。


「あのね、カズのお母さんが良いって言ったら大丈夫だって」

「分かった」


 スマホを取り出して母さんに電話を掛ける。……でもあれだな、こうして柚希に家でご飯を一緒に食べようって提案したけど、俺も柚希とまだ一緒に居たかったんだ。


『もしもし、どうしたの?』

「いきなりごめん。実は柚希にうちでご飯食べないかって誘ったんだけど――」

『是非連れてきなさいな。いい? 待ってるからね?』

「お、おう……」


 返事はどうだったのか、気になっている様子の柚希に俺はそのままを伝えることにした。


「是非連れてきなさいだって」

「! やった!」


 嬉しそうにしている柚希を見ていると俺も笑みが零れる。ただし、何度も言うがあまり遅くならないようにしないといけないな。俺としても、傍に柚希が居るとついつい一緒の時間をずっと過ごしたくなってしまうし心を強く持たないと。


「ふふ、カズとまだ一緒に居れる♪ もっとイチャイチャできるね!」

「……心を強く……強くだぞ和人!」

「??」


 握りこぶしを作る俺を見て柚希はあぁっと気づいたように一言。


「ねえカズ、朝帰りでも私は全然いいよ? あ、でも着替えはどうしよう」

「大丈夫。ちゃんと帰らせるから!」

「……むぅ~!!」


 だからそのむくれ顔やめてくれって可愛すぎるから!!

 柚希と付き合っているとあれだ……色んな意味で俺は心が強くなるかもしれない。けれど、そんな強さも柚希にドロドロに溶かされることになるかもしれない怖さもある。



 え? もう手遅れかな。

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