32
『カズにとっても、アタシは最高の彼女でしょう?』
昨日の出来事が頭から離れない、正確にはそう言って俺に抱き着いた柚希の笑顔が忘れられない。彼女と付き合うことになってある程度はあの笑顔には慣れたつもりでいたのに……ダメだな。時間が経てば経つほど、柚希と過ごせば過ごすほど彼女の良さを知っていく。その度にもっと好きになっていく……ったく、どんだけベタ惚れなんだよ俺は。
「ま、今日は一人なんだけどさ」
昨日はあれからも柚希とデートを楽しんだわけだが、今日は一人で外をブラブラしている。最近は柚希と常に行動していたような感じだったので、こうして一人で出歩くのは変な懐かしさを感じてしまう。柚希は幼馴染の女子たち、青葉さんと朝比奈さんの三人で出掛けると言っていたがもしかしたら街中でバッタリなんてこともあるのかな。
「とりあえず本屋でも行くか」
特に用事もないし空とよく行く本屋に行こうとした時だった。
「お、三城か?」
名字を呼ばれて思わず振り返った。
振り返った先に居たのは六人くらいの男女の集団だ。先頭に居る茶髪の派手な男、耳にピアスも付けていて更に派手さが目立つ。
「……誰だ?」
すまない、俺の記憶にはこんなチャラチャラした奴の知り合いは居ないんだが。俺がそう聞くとその派手な男はその見かけに寄らずスッコケるようなリアクションを取った。
「おいおい忘れたのか!? 冗談はよしこちゃんだぜ」
……あ、その言葉を聞いて思い出した。
特に目立つような奴じゃなかったけど、事あるごとによしこちゃんだぜって口にしていた中学の同級生……もしかしてお前は!
「竜崎?」
「やっと思い出したのかよぉ! 遅いって三城!」
集団を置いて俺の元に近づいた竜崎はパシパシと背中を叩く。
「お前本当に竜崎か? 何と言うか……変わったなお前」
二度目になるが竜崎は目立つような奴じゃなかった。ましてやこんな風に様変わりしているとは思わずついジッと見てしまう。竜崎はニカっと笑って教えてくれた。
「高校生になると同時に心機一転変わろうと思ってさ。姉貴に相談したらこんな感じになってちまって、もう慣れちまったからこのままって感じだ」
「へぇ」
どんな形にせよ変わろうと思うのはいいことだ。見た目の変化には驚いたけど、中学の時も竜崎は人当りは良かったし誰かと喧嘩をするような奴でもなかった。こうして変わっても人の良さは相変わらずのようで安心する。
「少しビックリしたけど、中身は変わってなさそうだな?」
「はは、そう簡単に中身までは変わんねえって。お前と同じようにさ」
「だな」
「おうよ」
やばい、久しぶりに中学の同期と再会したからか会話が楽しいんだが。とはいえ……だ、こうして竜崎と話をしてるのはいいんだけど連れの人たちの視線が痛い。特に一人、女子の視線が俺を刺しそうなくらいに鋭い。
竜崎は気づいた様子も無く更に俺に話しかけようとするが、ついにその女子が動いた。
「ちょっと竜崎! いつまで話してんの!?」
「……おっと悪い。つい昔の知り合いに会うと楽しくてな」
お、そう思ってくれたのは嬉しいな。
「嬉しいな。俺も思ってた」
「お? 以心伝心ってやつ? いえい!」
そして何故かハイタッチ、さてと……何だかんだ話し込んだが俺も行くとしようか。竜崎に声を掛けてこの場から離れようとしたのだが、その女子が俺をキッと睨んで強く言い放つ。
「こんな地味な奴放ってとっとと行くよ! こんなのと話して何が楽しいんだか」
いきなりご挨拶だな……まあでも俺としてもこれ以上竜崎の時間を取ろうとは思ってなかった。
「おい葛城、俺の昔の友達にそんな口を――」
少し怒ったように竜崎が言葉を返そうとした時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「お兄さん? どうしたのこんなところで」
「……乃愛ちゃん?」
ひょっこりと現れたのは乃愛ちゃんだった。彼女は俺と竜崎たちを順に見ながら近づいてくる。そしてそのまま俺の手を取って彼女は歩き出した。
「ほらお兄さん。早く行くよ~? こんな口の悪い女に絡まれて大変だったでしょ」
……なるほど、たぶん今のやり取りを見ていたなこれは。しかも聞こえるような声だったから名も知らぬ女子の敵意が俺から乃愛ちゃんに移った。こう言っては何だが少しめんどくさいなこの子……竜崎に視線を向けると彼も彼で溜息を吐きながらすまないと口パクで言っていた。
「それじゃあな」
「あぁ……また機会があったら遊ぼうぜ」
「了解だ」
最後は耳元でそっと呟き、竜崎は集まっていた人たちを連れて去って行った。竜崎の腕を掴んで歩く女子が最後にこっちを向いてキッと睨みつけ、それを見た竜崎が拳骨をお見舞いしていた……何と言うか、あの竜崎が女の子に好かれているのを見ると感慨深い気もしてくるから不思議である。
「何あれ感じ悪いなぁ」
乃愛ちゃんがあの女の子の後ろ姿に中指を立てていた。乃愛ちゃんもそういうことするんだねと俺は苦笑する。
「ちなみに乃愛ちゃんどのあたりから聞いてたの?」
「こんな地味な奴のところから」
どうやら思った通りだったらしい。
「あんなに髪染めてたりピアスとかしてたら他の人は誰でも地味な人になっちゃうよ。お兄さんは何も気にしなくて大丈夫」
「あはは、ありがとう」
「……本当なんだけどな。私さ、お姉ちゃんからお兄さんのこと呪文のように聞かされてるからいいところいっぱい知ってるし」
「それはどうなの?」
「刷り込みみたいだよね。でも笑顔や雰囲気は嘘を付かない、お姉ちゃんがそう言うのならそうなんだって思ってるよ」
割と本気で俺が居ないときに柚希が何を言っているのか気になってきたんだけど、でもあくまそれは妹である乃愛ちゃんだからこそだよね? まさか藍華さんと康生さんにも似たようなことを……。
俺の表情から言いたいことを読み取ったのか乃愛ちゃんがニヤリと笑う。
「そりゃ食卓の中で惚気まくるんだもん。聞いてるに決まってるじゃん」
「……おう」
ヤバい、今度柚希の家に行く時どういう顔をすればいいのか分からないんだけど。
「お母さんは純粋にお姉ちゃんが幸せそうだからニコニコだし、お父さんはお姉ちゃんの様子を通してお兄さんに任せて良かったって頷いてるし。喜んでよお兄さん、家の中じゃもうお兄さんとお姉ちゃんは結婚する空気だから」
もうやめて! 言われていることは嬉しいけどとてつもなく恥ずかしいからさ!
それからその場の空気を変えるというわけではないが、竜崎の連れとの間に割って入ってくれた乃愛ちゃんにアイスを奢ることに。ミント味のアイスを美味しそうに食べる乃愛ちゃんがあっと何かに気づいたように口を開いた。
「でもでも、見つけたのが私で良かったよね。お姉ちゃんだったら大変なことになってたよ」
「そんなに?」
「そりゃそうでしょ。個人的には昔の暴君が見れるかもって楽しみではあるけど、たぶんお姉ちゃんだから色んな意味であの子を泣かせるんじゃないかな」
「たとえば?」
「まずお兄さんを馬鹿にしたことに対して、もう一つは無意識に相手に与える敗北感」
「……あぁ」
「怖いよねぇ。お姉ちゃんは自分の容姿の良さを分かってはいるけど、飛び抜けて良いっていうのを理解してないから」
まあ確かに、自分の彼女だからという贔屓目はあるけど本当に柚希は可愛いし美人だと思っている。もちろん容姿だけでなく、性格も何もかもを含めて俺は素晴らしい女性だと思っているけど。
「お兄さんもお姉ちゃんみたいに雰囲気に出るタイプだよね」
「え?」
「なんでもな~い。それじゃあお兄さん、私はそろそろ行くね。アイスありがと!」
「どういたしまして。こちらこそありがとな」
「いえいえー、それじゃあね〜♪」
元気にヒラヒラと手を振って乃愛ちゃんは走って行った。前から思ってたことだけど、台風みたいな子だと思ったのは秘密だ。
乃愛ちゃんの背中を見送り俺もまた適当にブラブラしようとした時スマホが震える。
『カズ今外いるってほんと?』
ふむ、どうやら乃愛ちゃんから聞いたみたいだ。そうだよと返すと場所を聞いてきたので……うん、俺はもしかしてと思ったけどその通りだった。暫くして柚希が現れた。
「えへへ、凛たちに行きなさいって言われちゃった。昨日ぶりだね!」
俺自身呆気に取られたような表情だっだと思う。でもやっぱりいつでも柚希に会いたいと思う気持ちは嘘じゃない。昨日デートしたばかりだけど、こうして会えるだけで嬉しいのだから。
「じゃあ今日もデートしますか」
「賛成!」
いつもの定位置、柚希に腕を抱かれて俺たちは歩き出すのだった。……ただ、まさかこの柚希と合流したことがあのような出来事を呼ぶとはこの時の俺は予想すらしていなかった。
「なんでこんな地味なのとアンタみたいな綺麗な子が一緒に……」
「あ?」
「ひうっ⁈」
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