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これは物語が始まる少し前、高校一年の2月14日の話だ。
まだ和人と柚希が連絡先すら交換していない時期、和人が柚希に対して明確な想いに気づいていない少しだけ初々しい二人のやり取りだ。
バレンタイン、またこの時期が来たのかと溜息を吐く。
周りの男連中は皆チョコがもらえないかとソワソワしている。彼女からもらえたりした男子は皆揃って他の男子から射殺さんばかりの視線を向けられて何とも言えない表情だ。
別に本命でなくてもいい義理チョコでももらえれば嬉しいのだ。とはいえ義理チョコでもいいからくれと女子に乞うのも少し滑稽な気がしてしまう。
「チョコなぁ……もらえれば欲しいけどどうかな」
……一人、最近になってよく話す女の子が居るけどどうだろうか。最初は彼女のことを苦手に思っていたけど、ふとしたことで知り合い仲良くなった。これでもらえなかったら少し残念に思ってしまう辺り、俺もこのバレンタインを楽しみにしていたのかもしれない。
「三城君、はいチョコだよ」
「あ、いいの?」
「うん。もちろん。こうやって配ってるからさ」
「それでも嬉しいよ。ありがとう」
中学校の時もそうだったけどいるよねこういう風にチョコを配る子が。彼女の優しさに感謝をして帰ったらしっかり味わって食べることにしよう。
それから三人ほどからチョコをもらい、今年はなんと四個ももらうことが出来た。これが高校生パワーというやつなのか、まあ言ってしまうとこのクラスの女子が社交性豊かというか、分け隔てなく話をする子が多いのもあるのかもしれない。
「……少し寝るか」
昨日は少し遅くまで宿題をしていたからかやけに眠たい。
朝礼が始まる手前くらいならもっと人も増えて賑やかになるだろうし、それで目を覚ますだろうとして俺は机に顔を伏せるようにして眠りに就いた。
……それから暫くして、何分ほど経過したのか分からないが誰かの呼びかける声を聞いて目を覚ます。
「三城君、起きてよ。三城君ってば」
「……うあ?」
頬をツンツンと突かれる感触と共に目が覚めた。
ぼんやりとした頭で声を掛けられた場所へ視線を移すと、そこに居たのはとても綺麗な女の子。クラス内にも可愛い子は多くいるが、その誰よりも綺麗だと言ってしまいそうになる女の子だった。彼女の名前は月島柚希、前に少し訳があって知り合った女の子だ。
「ふふ、寝不足? 起きるのに時間掛かったね?」
「うん……宿題遅くまでやってたからさ」
「そっか。あ、跡が付いてるよ?」
そう言って俺の頬をつーっと指を走らせる。頬に触れられるくすぐったさと、彼女に真っ直ぐに見つめられたことで少し照れくさい。
「顔が赤くなった。照れてるのかにゃ?」
「……悪い?」
「悪くないよ。そっかそっか」
何が嬉しいのかうんうんと頷く月島さん、彼女はあっと何かを思い出したように鞄に手を入れる。そして俺の元にそれを差し出した。
「はい、バレンタインのチョコだよ。休日を使って三城君のために作ったの。どうぞ」
「ありがとう……って、手作りなの?」
さっき他の女子からもらったチョコはクッキーみたいな感じだけど、月島さんからもらったチョコは板チョコくらいの大きさだ。しかも綺麗な包みとリボンで装飾されていてお店で買ったモノかなと思っていただけに驚いた。
「もちろん! アタシさ、料理とか得意だからチョコ作りもそれなりに出来るの。休日まで使って作ったのは三城君が初めて……だから食べてくれると嬉しいな」
……やばい、つい勘違いしてしまいそうになる言葉だ。
確かに月島さんは普通の子に比べてスキンシップと言うか、距離が近いのは感じていた。嫌われてはいない……むしろ友達として好意は持ってくれているだろうとは思っていた。それだけにこうして手作りチョコをもらえたのは本当に嬉しかった。
「ありがとう月島さん。本当に嬉しい」
「……うん。良かった♪」
ホッと息を吐き出す月島さんに不思議だなと首を傾げる。俺に作ってくれたことは一先ず置いておこう、月島さんのような美人にチョコをもらって嬉しくない男子が居るわけがない。だからそんなホッとするほど心配する必要はないと思うんだけど。
月島さんは俺の席の近く、だから彼女は鞄を机に置いてまた俺の傍に歩いてきた。
「今日結構楽しみにしてたんだよね。料理とはまた違うけど、三城君にアピールするチャンスだし」
「アピールってどういう意味か分からないけど、月島さんが優しくて可愛い人ってのはもう知ってるよ」
最初は君のことを苦手に思っていた、それは絶対に言わないようにしないとな。言葉が途切れた月島さんに視線を向けると、彼女は顔を赤くしていた。月島さんは基本距離が近いとさっき言ったが、こうして不意打ちのように褒めるようなことを口にするとたちまち照れるというのも知り合ってから知ったことだ。狙ったつもりはなくて本心からの言葉だったけど、そんな様子の月島さんを見て少し笑みが零れた。
「も、もう三城君! 不意打ちは禁止!」
ポカポカと肩を叩いてくる月島さん……可愛い。
そんな風に月島さんと話をしていると一人の男子が近づいてきた。その男子は田中と言ってクラスメイトになるわけだけど、何故か彼は月島さんを見つめてソワソワしていた。
「おはよう月島さん」
「おはよう田中君」
……会話が途切れた。
一体何の用だと首を傾げている月島さんに田中は更に話しかける。
「……そのさ。今日バレンタインじゃん? 俺も月島さんからチョコが欲しいなって」
「ごめんね? 作って来てないの」
えって顔をして田中は俺の手元にあるチョコを見た。
「でも、三城には作ってるし……」
「三城君には前から作ってあげたいって思ってたから」
「そう……なんだ……」
「うん。それで?」
「……何でもない」
去り際に田中はキッと俺を睨んできた。
そのまま行ってしまったが……どうやら今の表情を月島さんも見ていたらしい。
「感じ悪いなぁああいうの」
「……気持ちは分からないでもないけどね」
「ふ~ん。そういうものなんだね」
ここまで来ると少し田中が不憫にも思えてしまうけど、月島さんは基本興味ないことには本当に興味を示さないからな。こうして話が出来る仲になったのはある意味奇跡かもしれないけど、あの出来事がなければもしかしたら……ああいや、今更そんなことを考えても仕方ないな。
「ねえ三城君、そう言えばね。昨日ある番組でアタシの誕生月でいい占いが出てさ」
「へぇどんな?」
「今年になるんだけど五月くらいかな、凄く良いことがあるって言ってたの。何だと思う?」
「……う~ん」
月島さんにとって凄く良い事か……ちょっと想像出来ないけど何だろうな。
「アタシでも想像出来ないし難しいよね。でも……こんなことがあってほしいってのはあるかな」
「例えば?」
「三城君には内緒かな。ふふ♪」
楽しそうに笑うその横顔に少し見惚れた。
それから何を思ったのか聞いても答えてくれなかったけど、彼女の身に起こることなら良い事であってほしいと願うのは俺だって一緒だ。まだ本当に自分の気持ちを理解しているわけではないけど、少し気になる君のことだから……是非良い出来事を与えてくれよ神様。
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