29

 こんなことで悩むのは贅沢なのだろうか、終礼が始まってから……いや違うな。少し前から俺はソワソワしていた。理由は単純で、昼休みのように柚希が甘えてくると色んな意味で俺も自分を必死に律しないとと思ってしまう。


「……………」


 チラッと柚希を横目で見てみると、彼女は真っ直ぐと先生に目を向けて話を聞いていた。昼休みだけでなく、彼女の家に行った時もそうだが二人になった時の柚希の甘え方は少し俺には刺激が強い。それこそ今更かもしれないけど、本当に素直にそう思うのだ。


「……はぁ」


 別にそれは嫌ではなくて寧ろ嬉しいし、柚希の好きと言う気持ちをダイレクトに伝えられるわけだから幸せだと言える。

 終礼が終わって立ち上がる俺だったが……そうだ今日は月曜日だ。


「カズ、図書室に行こ?」


 図書委員の仕事があったんだ。

 そのまま柚希と一緒に図書室に向かうと、今日はいつもより人が多かった。なるほど、テストが近いのもあって勉強している人が多いのだろう。別に本を借りたり読まなくても、騒いだりしなければ基本何しても自由だからなここは。

 俺と柚希はカウンター席に向かい、当たり前のように柚希は傍まで椅子を持ってきて座った。


「えへへ、なんか新鮮な気分だね」

「あぁ。ちょっと照れちゃうけど」


 二人っきりになるとどうなっちゃうのかと悩んでいた矢先にこれだ。恋人として節度を守って柚希と仲を深めるのは悪くはないだろうが……。俺がもし女性と接する経験が豊富ならこんなことで悩む必要はなかったのかもしれない、けれど柚希という恋人が出来たことでどういう接し方が正解なのかと考えるようにもなった。

 さて、自分で言うのも何だが俺の心の動きを本当に敏感に感じ取る柚希だ。こうやって俺が悩んでいることも柚希は気づいたらしい。


「カズ、何か悩み事?」


 顔を覗き込まれそう聞かれた。

 ……そうだな、小さな悩みも何だって柚希は気づいてくれる。それだけ俺を見てくれているということなのかな。うん、そんな彼女のことを好きになったんだ。それなら今更接し方に悩んでも仕方ないことだよな。


「少し接し方にね」

「接し方?」

「うん」


 そしてさっきまで抱えていた悩みを柚希に打ち明けた。


「なるほどね。アタシは特に今までと変わらないからなぁ……ずっとカズのことを好きだったけど、もっと好きになっただけだから接し方は変わらないし。何なら、もっとイチャイチャしたいって思うもん」


 あれ以上のイチャイチャとはなんぞ……ちょっと危ない気がしたので聞かないでおく。柚希がこうやってストレートに気持ちを伝えてくれる以上、やっぱりこんなことで悩んでいても仕方がない。俺は俺の心の向くままに、柚希のことをしっかりと考えながら接することにしよう。

 ……っと言いはしたのだが、やっぱりまだまだ高校生の思春期ということもあって、柚希が言ったイチャイチャしたいという言葉は俺にも共通する。

 手を伸ばして柚希の綺麗な白い手を握ると、彼女も強く握り返してくれた。困った彼氏だなってそんな顔をしてるのかなと思って見てみれば、柚希も少し頬を赤く染めて嬉しそうに笑ってくれていた。


「……これはヤバいな」

「そうだね……もっとイチャイチャしたくなっちゃう」


 流石に色んな意味での危険を感じて俺と柚希は手を離した。それからはお互いに距離の近さを除けばいつもやることと変わりはない。同級生で俺たちのことを知っている人には苦笑されるが、それを知らない後輩や先輩にも不思議そうに見られていく。

 下校時間が近づき、最後の人が出て行ったのを見届けて俺たちは漸く仕事が終わったと溜息を吐く。出しっぱなしの本や乱雑に戻された椅子を直す中、ふと柚希がこんなことを口にした。


「ねえカズ……あのね? アタシはその……カズがもし、エッチなこととかしたくなっちゃったら拒まないからね? むしろウェルカムってやつだから!」

「ちょ、ちょっと声が大きいんですけど!」


 思わず周りに誰も居ないはずなのにキョロキョロとしてしまった。確かに恋人になった以上もしかしたらそういうこともするかもとは思っていたけど、それをこんな形で柚希から言われるとは思っておらず結構パニックだ。


「……あぁそのあれだ。まあ追々な」


 ごめん、俺にはこんな言葉しか返せなかったよ。

 別にそういうことに興味がないわけじゃない、むしろある。それが普通の男子高校生ってやつだろう。でも、いざ自分の彼女とそういうことを想像するとあまり進んで言い出せないのもある。恥ずかしいって気持ちもあるし、何より柚希のことを大切にしたいと思っているからだ。

 ……少しそういうことに関して勉強した方がいいか? そんなことを考えていた俺だったが、柚希が俺を見つめたまま目をウルウルさせていることに気づいた。


「ど、どうしたんだ!?」


 何か俺は傷つけるようなことを言ってしまったか、そう思ったが柚希から伝えられた言葉は少し予想外のモノだった。


「アタシの体、魅力ないかな?」


 そう言われてしまった。そんなことあるわけない、そう言うよりも早く柚希の言葉が続く。


「いつ見られてもいいようにお肌の手入れも欠かしてない。それに、体だって結構自信ある……あ! もしかしてカズは大きいおっぱいは嫌い?」


 両手で胸を持ち上げながらそう聞いてきた柚希を見て俺はブンブンと勢いよく頭を振った。


「そんなことない! 柚希は本当に綺麗で可愛くて、その……凄く体も大人っぽいし……後大きな胸は……胸は……」


 嫌いじゃない、むしろ好きだと言ってどうなるんだろう。その時、そっと柚希に手を握られた。そのまま柚希の力で誘われたのは彼女の胸元。

 むにゅりと、俺の手が柚希の胸に触れた。下着の硬さを感じるも、しっかりと柔らかさを表すように指が沈んでいく。


「胸は……何?」

「……好きです」


 いや、こう答える他ないだろ。

 たぶん過去一と言ってもいいくらい今の俺は顔が真っ赤だと思う。半端ないくらい熱いし……だが胸に手が触れているからか、俺は柚希の肩がプルプルと震えていることに気づく。柚希は笑っていた……ただ馬鹿にするような笑いではなく嬉しそうな感じでだ。


「ごめん、少し揶揄い過ぎたかな。でも安心した……この体をカズが好きそうで」


 そのまま抱き着いて来た。

 顔を上げて舌をぺろっと出しながらもう一度謝る彼女に俺は心の中で溜息を吐く。本当に柚希にはまだまだ勝てそうにない。勝てる日は……来るのかな。


「でも、いつでもえっちなことしてもいいのは本気だよ? いつだってアタシはカズに捧げたいって思ってる、それは覚えておいてね!」

「……分かった。二人っきりになったらよろしく頼むよ」


 少しだけ、俺も揶揄うように言葉を返した。


「うん! ……はへ!?」


 ……不意打ちに弱いのもまた柚希の可愛いところだ。

 仕返しの意味に気づいたのか柚希は頬を膨らませたが、すぐにまた抱き着いてくる。俺たちは暫くそのまま抱き合っていたが、流石に帰らないといけないので下駄箱へ。


「あ、手紙だ……」

「?」


 下駄箱で柚希が何かを見つけた。

 俺もそれを見ると柚希宛ての手紙で、どうやらラブレターのようだ。既に柚希と付き合っている身としては決して気持ちの良いモノではない、柚希はどうするのか……そう思った俺だが柚希はその場で手紙を開けて読む。


「……おぉ」


 何だろう、凄く男らしさを感じる。

 まあ俺がラブレターだと思っただけでもしかしたら違うかもしれないし、こうやって手紙を出されたのだから読まないわけにはいかないか。暫く手紙を読んだ柚希はペンを取り出してその手紙に直接返事を書いた。


「ごめんなさいっと。素敵な彼氏が居るので付き合えません」


 そう言って柚希はその手紙の持ち主であろう男子の靴箱の場所に入れた。


「さ、帰ろ?」

「おう」


 校門を出て少しして俺がラブレターだったのかと聞くと柚希は頷いた。


「今日の夕方に待ってるからって待ち合わせ場所も書いてたね」

「へぇ……って夕方!?」


 それって今じゃん、そう思って声を上げた俺とは反対に柚希は冷静に答えた。


「あの手紙に彼氏が居るのは分かってるけど来てほしい、ってそう書いてあったの。彼氏が居るの分かってるのに行く必要ないよね? アタシはその彼氏の傍に居たいんだから」


 そうしてガッチリと腕を取られた。

 絶対に離さない、そんな強さを感じる力に俺は自分の頬が緩むのを感じた。そして同時に、改めてさっきまで考えていたことの答えが出そうだった。

 柚希との接し方に悩む? やっぱり今更だ。俺はこの子を守りたい、傍に居たい、俺を好きになってくれた彼女を俺ももっと好きになりたい。根幹にあるのはそれだ……逆にそれだけだが、それでいいじゃないかと思った。


「柚希、少し寄り道して帰ろう」

「もちろん! どこに行く?」

「そうだな……それじゃあ――」


 もう少し、今日は君と一緒に居たいんだ。

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