28

「それで、青葉さんは空を諦める気はないんだな?」

「当り前じゃないですか。私は絶対に空君を諦めたりしません! ……本当に嫌いって言われてしまったら諦めるしかなさそうですけど」


 握りこぶしを作って軽くジャブ、しかし嫌いと言われることを想像してしまったのかその勢いはなくなってしまう。まあ空が青葉さんを嫌いってことはまずないと思う。いつも青葉さんが傍に居ても気にしてないし、それどころかそれが心地良いみたいな雰囲気を感じることもあったくらいだし。


「……アタシからでも空にもう少し向き合えって言ってもいいけど、それだと逆効果だもんね。あ~あ、こう言っちゃなんだけどさ……空もめんどくさくなっちゃったなぁ」


 そのめんどくさいという言葉に空を嫌う意味はなく、単純に卑屈な部分に困っていると言った感じだ。俺は空とは高校からの付き合いだけど、ずっと一緒に居た幼馴染の柚希たちですら頭を悩ませるこの問題……どうすれば解決できるのだろうか。

 ただ、俺としても別に空の気持ちが分からないわけじゃない。


「……………」


 柚希をジッと見つめてみる。今でも時々、こんな素敵な子が俺の彼女なんだと信じられなくなる時はあるのだ。俺も自分に絶対の自信を持っているわけじゃない、むしろそんな風に自信を持てる人ってのはごく少数なのではないかと思っている。


「カズ?」


 俺は何でもできる、そんなことは決してない。柚希と釣り合うわけがないと考えたことだってある。言ってしまえば今でも時々、この子の隣に立っているのが俺で良いのかと思ってしまうことだってないわけじゃない。


「……むむ、考え事してる」

「とても真剣な面持ちですが」


 田中のようにどうしてお前が、っとそんな視線を向けられることもある。けど、そんな目を向けられても俺は柚希から距離を取ろうとは思わない。そんなことをしてしまっては俺を好きだと言ってくれた柚希に失礼だし何より……柚希を好きになった俺自身が許せない。


「この真剣な顔で考えていることは……アタシのことね!」

「……何ですかその自信は」

「え~違うかなぁ? 何となくカズはアタシのことを考えてる気がするんだよ」

「恋人になるとそういうことも分かるようになるんですかねぇ」


 柚希が傍に居ることで自信が付いた? 違うな、俺はきっと柚希の笑顔を守りたいんだ。この子の笑顔を曇らせることは絶対にしない、そう思えばどこまでも強く在れる気がする。

 他人の目がどうとか気になるのは仕方ない、けど最終的には自分がどう思うかだ。だからこそ俺は柚希が大好きで、彼女の傍に居たいと願う俺自身に自信を持ちたい。


「カ~ズ~!」

「のわっ!?」


 いきなり胸元に大きな衝撃が。

 どうやらかなり考え事をしていたみたいで二人を疎かにしていたらしい。


「何を考えてたの?」


 その問いに俺は特に何も考えることなくありのままを伝えることにした。


「柚希のことを考えてた……あはは、ごめん考え込んじゃって」

「えへへ、そっかぁ」


 そう言って柚希は青葉さんにドヤ顔をする……何故にドヤ顔? それを受けた青葉さんは心底鬱陶しそうな顔をしたものの、溜息を吐いて「流石ですこのバカップル」と言葉をもらった……何故に。

 それから談笑しつつ昼を食べ終えた俺たちだったが、青葉さんが先に教室に戻った。俺と柚希はまだ少しのんびりしたいと思って二人残る。


「ここまで拗らせてるとは思わなかったけど、ある意味時間の問題かな」

「空?」

「うん。空は決して凛を嫌っているわけじゃないの。寧ろ気に掛けてる方かな、だからこそ大切に想うあまり自分と比べてしまっている」


 大切に想うがあまり、こんな自分と……って比べてしまうのか。けど柚希が言った時間の問題と言う言葉、俺も何となくその意味は分かる。朝は青葉さんも流石に堪えてるかなと思ってはいたが、こうして話してみた感じ逆にどうやって振り向かせてやろうかと火が点いたみたいだった。


「凜はあれで強い子だから大丈夫だよ」

「……そうだな。柚希が言うなら大丈夫か」


 ずっと青葉さんを見てきた柚希が言うのだから間違いはないだろう。柚希は大きく伸びをしてリラックスをする。どうやら少しだけ疲れていたみたいだ。


「ねえカズ、ちょっと恥ずかしい恰好してもいい?」

「恥ずかしい恰好って言うと?」


 俺がそう聞くと柚希は立ち上がり、胡坐を掻いていた俺の足に座るように腰を下ろす。もちろん体は俺に向けて、そして足でガッチリ捕まえるようにホールドしてきた。……って、この体勢は色々とマズいのでは。


「カズをいっぱい感じれるねこの姿勢。しんどかったら言ってね? 降りるから」


 柚希は腕も背中に回すように体を引っ付けてきた。何なんだろう……俺は一体何をされているんだろうか。そんな風に若干パニックになるくらいには今の姿勢に動揺している。

 腕を回しているのもそうだし足でホールドされているのもあって距離はもちろん0だ。柚希の匂いも届くし息遣いだってよく聞こえる。極めつけはギュッと押し潰されるたわわな胸部、柚希が身じろぎすれば僅かだが形を変えるその感触がダイレクトに伝わるのだ。……あかん、色々とヤバいぞ。


「えへへ~カズ~♪」


 柚希はご満悦と言った感じに体を擦りつけてくるから困る。柚希さん、色んな意味で俺を殺しに来てるのかもしれん。そんな風に柚希とイチャイチャ……これはイチャイチャになるのか? イチャイチャだな! おうイチャイチャだ――。

 その時、ガチャッと屋上に続く扉が開いた。


「それでさぁ、先生があの時――」

「どうしたの――」


 入ってきたのは女子二人、顔に覚えはないからクラスは別だろう。彼女たちは抱き合う俺たち二人を見て言葉を止めた。柚希はと言うと……。


「幸せ……もうずっとこうして居たいにゃぁ」


 ……ダメだこりゃ。

 でもさ、この俺たちの姿勢って見え方によっては所謂そういう見られ方になるのでは? そう思って柚希を正気に戻そうとするよりも早く、女子二人はサッと俺たちに背中を向けて扉に再び向かって行った。


「ご、ごゆっくり~」

「失礼しました~」


 ガチャンと無情にも締まる扉、その音で漸く柚希は気づいたらしい。


「……あれ、誰か来てた?」

「どうだろうね」

「そっか。じゃあ引き続きご堪能♪」


 あ、まだ続くんだ。

 それから結局時間ギリギリになるまで柚希の好きにさせていた。教室に戻ると空と青葉さんが話をしていて、どうやら丸く収まった……とは言えないのかもしれないけど、改めて話をするくらいには落ち着いたらしい。


「ねえ三城君、ちょっといい?」


 そこで俺に話しかけてきたのは朝比奈さんだ。後ろで蓮が肩を震わせて笑ってるけどどうしたんだろうか。朝比奈さんはスマホを取り出して俺に見せてきた。そこに写っていたものを見て俺は椅子から転げ落ちそうになってしまった。


「まあそういうことじゃないってのは分かるよ? でもこれ最高にベストショットじゃない?」


 朝比奈さんが見せて来た写真はさっきの屋上で抱き合う俺と柚希だ。俺たちが座っていた場所は見えずらいがこの階層の女子トイレに続く位置から見ることが出来ていたようだ。斜め下のアングルから撮られているので、俺と柚希の腰から上部分が写っている形になる。拡大した影響か鮮明に見えるわけではないが、どんな体勢かが分かるには十分すぎるほどだ。


「いる?」

「いらないよ」


 そんな写真誰が欲しがるの――。


「柚希ちゃん、見て見て」

「うわなにこれ!? 恥ずかしいけど……なんかドキドキするね」

「いる?」

「うん」


 ……さてと、次の授業は現代文だったな用意しないと。

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