27

 結局朝のうちに空と青葉さんが話をするようなことはなく、休み時間が始まると青葉さんは友達との談笑に耽り、空はそんな青葉さんを気にすることもなく肘を立て顎に手を当てて外の景色を眺めていた。


「……ねえ雅、何かあったの?」


 柚希が傍に来ていた朝比奈さんにそう聞くも、朝比奈さんも分からないのか首を振る。


「分からないの。メッセージで今日は別々に行くって来たけど……」

「あれ、そうなんだ」


 そう言って柚希がスマホを取り出し確認すると確かにそんなメッセージが来ていたらしい。


「アタシ今気づいたんだけど」

「三城君と登校するって言ったっきりだもんね。さぞや幸せで周りが見えてなかったんだねぇ」


 若干棘のある言い方だが朝比奈さんの表情は穏やかだった。柚希は朝比奈さんの言葉に苦笑し、ガバっと俺の腕を抱きしめて言い返した。


「そうだもん。幸せで気づかなかったんだよ文句あります~?」

「ないよ。あはは、これは本当に三城君が大変だね」

「……イマイチ大変とは思わないけど」


 もしかしたら幼馴染だからこそ知っていることがあるのかもしれない。ただ俺としては柚希に対してめんどくさいとか思ったことはないし、これからもそんなことはないと断言できる。それくらい俺も柚希のことが好きだからな。


「そのうちあると思うよ? こうやってベッタリされるのが鬱陶しくなったり、事あるごとに連絡し合うのがめんどくさくなることが」

「……あぁ」


 まあ確かにそれはあるのかも?

 所謂倦怠期ってやつ? 流石に付き合ったばかりでそんなことを考えるつもりはないかな。それに何度も言うがこの気持ちが色褪せるとはどうも思えないんだ。


「ふふ、三城君の様子だと心配はなさそ――あ」


 微笑んでいた表情から一転、俺の隣に視線を移して朝比奈さんが固まった。俺も朝比奈さんの視線に釣られるようにそちらを見ると、俺の腕を抱きしめながら涙目になっている柚希が居た。


「ちょ、ちょっと柚希?」


 ウルウルと涙目が柚希を俺を見つめて口を開く。


「アタシめんどくさい? 嫌いになっちゃう?」


 ……俺は無意識に朝比奈さんを見つめた。


「……~~♪♪」


 あ、口笛しながらそっぽを向きやがった。

 ていうかお嬢様みたいな見た目して口笛とか段々と印象が崩れていく……あ、そう言えば汚部屋の主だったんだっけ。

 一旦俺は朝比奈さんから視線を外し、柚希に向き直った。


「めんどくさくないし嫌いにならないよ。大丈夫だから」

「本当?」

「本当だよ」


 トンと胸に額を当てて来た。

 柚希と二人っきりだった時の癖で頭を撫でようとしたのだが……そこで俺はここが教室だということを思い出した。集まる多くの視線、男子から刺すような視線で女子からは反対に柚希に対して優し気な視線が投げかけられている。


「……ふふ、まあ安心していいんじゃないかな」

「え?」


 集まる視線に戸惑う俺に朝比奈さんが言う。


「男子はともかくとして、女子はみんな柚希の恋を応援していたから。それが叶ったんだもの、悪く言う人はいないよ……たぶん」

「たぶんって……まあ気にはしないよ。他人を気にして付き合い方を変えたら柚希に失礼だし」

「そっか。それなら良かった」


 どうやら朝比奈さんにとって満足する答えだったみたいだ。


「……ぎゅ」

「?」


 相変わらず胸に額をくっ付けたままの柚希の腕が背中に回る……うん、これはもう色んな意味で覚悟を決めるしかなさそうだ。


「あはは、ベタ惚れだね」


 柚希さんここが教室ってことを忘れていらっしゃる?


「柚希?」

「い~や~離さない」


 朝比奈さんと顔を見合わせクスッと笑みが零れる。

 とりあえず柚希はもう離れてくれなさそうなのでこのままにしておこう。俺と朝比奈さんの視線が向くのは顔を伏せて寝ているか寝ていないのか分からない空の背中、そして休み時間が始まってすぐに席を立った青葉さんの机へと向く。


「本当にどうしたのかな。こんなこと初めてなんだけど」

「今まではなかったの?」

「う~ん」


 朝比奈さんは過去の記憶を掘り起こすように考え込む。だが思い付くことはなかったみたいだ。


「喧嘩はあったけどすぐに仲直りというか、引き摺ることがそもそもなかったから。中学の後半くらいから空君が距離を取るようにはなったけど特にこんなことはなかったし」


 距離を取るようになった……か。

 空の考えていることは分からない、だけど幼馴染たちから距離を取るような行動や言動は常々窺うことがあった。だがそこにあったのは嫌いだとかそう言った感情ではなく……何だろうな、上手く言葉に言い表すことが出来ないけど嫌っているわけではないのは確かだ。


「……もしかして」


 そこで顔を上げた柚希が何かに気づいたのかボソッと呟いた。柚希のその言葉が気にはなったものの、今この場に青葉さんは居ないし空は答えてくれなさそうだった。

 そして時間は流れて昼休み、柚希と一緒に弁当を食べようとしていたが、柚希から青葉さんを誘ってもいいかと言われて頷く。別に断る必要はないし、俺としても気になったからだ。


「良かったんですか? 二人じゃなくて」

「いいのよ。カズもいいって言ってくれたし」

「あぁ」


 青葉さんがそれなら良かったと笑みを浮かべ弁当箱を開けた。俺と柚希、青葉さんと言う珍しい面子での昼食を始まって暫くして、本題に入るように柚希が質問した。


「ねえ凛、空と何かあった?」


 そのストレートな問いに青葉さんは小さく頷いた。


「あったと言えばありましたね。まあいつものことの延長ですけど」

「……?」


 イマイチ要領が掴めない。

 顔を見合わせる俺と柚希に苦笑しながら青葉さんは話してくれた。


「柚希と三城君が付き合うことを知って、少し私も空君に踏み込もうと思ったんです。私が空君を好きなのは知っているでしょう?」


 俺たちは頷く。


「それで……その、以前三城君に空君の堕とし方を教えてくださいとか聞きましたけど、意外と私は小心者みたいでして、それとなく私のことをどう思っているか聞く方向にしたんです」

「……へぇ」


 あの時の食われるような怖さだったとは言わないでおこう。


「ただの幼馴染だと、私を好きになることはないとそう言われました」


 青葉さんの言葉に俺は思わず返す言葉を失ってしまった。それはつまり、青葉さんは空に想いを伝える前に振られたという解釈で良いのか? いやでも、青葉さんの様子を見る限り本当にそうだと言うわけではなさそうだ。


「自分では私と釣り合わないからって、一緒に居ても私の足を引っ張ってしまうからと……何なんでしょうね。私は一瞬空君が何を言ってるのか理解が出来ませんでした」


 ……少しだけ俺は空が常々言っていたことを思い出した。

 俺も柚希を含め幼馴染たちのことをキラキラした存在だと言っていたが、空もそれは同じだと聞いたことがある。イケメンに美女の集まり、そこに平凡な自分が居ることが場違いだと。ずっと続く幼馴染という繋がりなんだからそんなものを気にするなと言うこともあったけど、空は頑なに地味で平凡という言葉を出して逃げていた。


「やっぱりか……」


 柚希も何となく察していたようだ。


「釣り合わないって何なんですか、足を引っ張るって何ですか……どうして空君を好きなこの気持ちをそんなものに邪魔されないといけないんですか。もう!! 空君のばかばかばかばかああああああ!!」


 今まで見て来た青葉さんから考えられない絶叫だ。


「確かに空君はイケメンじゃありませんよでもそれが何なんですか私が好きなんです大好きなんですよずっと好きで好きでしょうがないんですだから付き合いたいですし結婚だってしたいですし空君が望めばそれこそいつだってヤルことヤリますよおおおおおおおお!!」

「凛どうどう!」

「お、落ち着け青葉さん!!」

「そもそも釣り合わないとかそんなの決めて私の気持ちを無視しないでくださいよもしかしたらこんな私の気持ちも空君の気持ちを無視してるのかもしれないですけど!? ああもう本当にムカつくムカつく!! 私が顔とかその人の外面だけで好きになると思ってるんですかそうじゃないんですよ私は空君だから好きになったんですよ本当にもうあの鈍感馬鹿たれアンポンタン!!」


 ぜぇぜぇと息を吐く青葉さん……そりゃそうなるよ。俺も柚希も思わずドン引きするくらい息を吸わずにマシンガントークだったからな。


「……それ……くらいに……はぁはぁ……私は……好きなんですよぉ!!」


 ごめん青葉さん、さっきまで心配してたけど俺は君のことが今とてつもなく怖いよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る