26
連休明けの登校日だ。
思い返せばこの連休は多くのことがあった。柚希と恋人になり、お家にお邪魔をしてご両親と会い、……後は母さんの友達の娘に連れ回されて疲れ……あれ、前半と後半で落差があり過ぎるな。
「そろそろ待ち合わせの場所か」
スマホで時間を確認してそう呟く。
今日の登校……というより今日からになるのかな。柚希と一緒に学校に向かうことが決まった。誘われた時は登校も下校もしたことがあるものの、こうして付き合ってから一緒に行くのは当然初めてである。
「あ……早いな」
連休にデートした時もそうだったけど、俺の視線の先には既に待ち合わせ場所に柚希の姿があった。流石に朝早いということもあって何十分も前から集まる、なんてことは出来ないのでそこそこ良い時間ではあったが、どうやら柚希の方が先だったみたいだ。
「おはようゆず――」
おはようと挨拶をしようとして柚希の視線が俺を捉えた瞬間、俺は何か圧のようなモノを感じた。
「カズ~~~!!」
すわ何事か、そんな大きな声を出しながら柚希が飛び込んで来た。
こうして柚希と付き合って少しだけど、柚希はどうやら抱き着いてくるのが好きらしく足に力を入れて踏ん張るのもクセになっていたようで、そこそこの衝撃で胸に飛び込んで来た柚希を受け止めることができた。
「おっと、いきなりだな」
「だって会いたかったんだもん。うわぁカズの匂いだ!」
すんすんと胸元で匂いを嗅ぐ柚希、変な匂いしないよねって心配が募る。柚希の様子からその心配はなさそうだけど、こういうことをされるのはやっぱり緊張するな。ポンポンと頭に触れると柚希が上目遣いで見つめてきた。
……可愛い、でもこうしているばかりではいけない。俺たちはこれから学校に行くんだから。
「そろそろ行こうか」
「うん」
二人並んで通学路を歩くその途中で、すっと柚希が俺の腕を取った。
「えへへ、こんなことも躊躇わずにできるんだね」
宝物を抱きしめるかのように、柚希は俺の腕を抱き抱えた。よほど機嫌が良いのか可愛らしい鼻歌が聞こえてくる。
「恥ずかしさは少しあるけどな」
「だね。でも幸せな気持ちが大きすぎてアタシはそんなかな」
柚希は本当にそう思ってるのか更に抱きしめる力が強くなる。口にしたように恥ずかしさはあるが、こんなことを言ってくれる柚希に離れてくれなんて言えそうにない。もちろん離れてほしいとは思っていないけど、学生の姿が増えてきたらこいつは大変だなと少し覚悟しておくことにする。
「……やばいかなこれ」
「え?」
ふとした柚希の呟きに首を傾げると、柚希ははにかんだように言葉を続けた。
「アタシさ、カズに会えない間本当に寂しかった。でもこうやって会っちゃうと離れたくなくて、心の底からカズのことを好きなんだなって思った。ヤバいよ、アタシもうカズが傍に居ないとダメかもしれない」
思わず頬が緩んでしまいそうな嬉しいことを言ってくれる。
「あ、カズったら顔がにやけてる」
「嘘!?」
「うそ♪」
何だこのやり取り、何と言うか首元が痒くなるくらい恥ずかしい!
それから柚希と話をしつつ腕を抱かれたまま学校へ。ただ流石に人目が増えてきた段階で柚希は腕を離し、手を繋ぐ形になった。それでも、こうして朝に男女が手を繋いで登校するってことはそういうことなんだと周りに知らしめるようなものだ。
「なあ柚希さん、凄い人の目があるんですが」
「本当だね。見せつけてやろうよ!」
あ、これはもう教室に着くまでこのままですね。
それから人の目をたくさん受けながらも教室に到着。やはりと言うべきか、柚希と手を繋いでいるせいか一気に周りの目が集まる。
「……まるで針の筵だな」
「あはは、流石に見すぎでしょ」
柚希と共に苦笑を浮かべ席に着き、俺は鞄から必要なモノを取り出す。
「そう言えばカズ、勉強したことは覚えてる?」
「あぁ。それが不思議なことにバッチリ頭に入ってるよ」
「そっか。それならよかった」
たった三時間程度ではあったが、その時間でやったことは今でも思い出せる。暫くすればテストがあるけど、それまでに色々と詰めれば今までよりいい結果は出せそうだ。
空たちがまだ来ていないので少し静かだと感じながら柚希との話に花を咲かせる。そんな中、俺にとって特に関わりのない女子が近づいてきた。
「おはよう柚希」
「あ、おはよう美紀」
柚希に声を掛けたのは副嶋美紀、クラスメイトだ。
「ねえねえ、三城君と手を繋いでたけどもしかして?」
その問いにやはりかと納得した。
副嶋さんの目線は柚希に固定されているので俺が何かを言う必要はなさそうだ。副嶋さんの問いかけに柚希は頷いた。
「そうだよ。連休中に付き合うことになったの。そういうわけだからよろしく!」
「分かった。やっとって感じね、おめでとう柚希」
その後俺も副嶋さんから一言祝福の言葉をもらった。今の一連のやり取りはほとんどの人が見ており、こうして俺と柚希が付き合っているという事実は周知のこととなった。
そんな時、少し視線を感じたのでそちらを見てみた。
「……っ」
明らかな敵意の目を向けてくる田中と目が合った。
田中は小さく舌打ちのような仕草をして俺から視線を外し友達との談笑を始めた。何やらめんどくさいことが起こりそうな胸騒ぎを感じながらも、俺は小さく溜息を吐く。
「カズ?」
すると柚希から声を掛けられた。何でもない、そう言おうとして口元に手を当てられる。目をパチクリさせる俺に柚希が言葉を続けた。
「カズはすぐ何でもないって言う。何かあったら必ず言ってね?」
「柚希……」
「嬉しいこと、楽しいこと、辛いこと、悩み事に優劣なんてないよ。だからアタシに気を遣う必要なんてない。まだ良く分からないけど、それが支え合うことだって思っているから」
支え合うこと……か。そうだよな、何かあった時に一人で悩むのも一つの強さかもしれない。けど頼ってもらえない側からすれば悲しいことだよな。でもそれは柚希にだって言えることだ。
「分かった。けどそれは柚希もだぞ?」
「うん。大丈夫、アタシは何かあったらすぐカズに甘えるから」
信頼が厚いようで何よりだ。
「それよりもアタシは――っ!!」
「??」
パッと顔を上げたものの、何かを我慢するように腕を抱える……一体どうしたんだろう。柚希は少し顔を赤くしながら、俺の耳元に顔を寄せて教えてくれた。
「気を抜いちゃうとカズに抱き着いちゃう……流石に学校だし耐えないと」
「……彼女が可愛すぎて辛い」
「はうっ!?」
公園でもそうだし家でもそうだったけど、大胆な行動を取る割にはこうやって照れるのもまたギャップみたいなモノなのかな。
「……むぅ、なんかアタシを見るカズの目がお父さんみたい」
「なんでさ」
どういうことなんだろうそれは……。
そんな風に柚希と話をしていた時だった。今日は珍しく青葉さんが一人で登校してきた。いつもは空を含めた幼馴染のみんなと来るはずなんだけど。
「珍しいね凜が一人で来るなんて」
「うん」
クラスメイトに挨拶そこそこに青葉さんはこちらに歩いてきた。
「おはよう二人とも。それと、おめでとう。よかったね柚希」
「あ……うん! ありがとね!」
綺麗な笑顔で祝福してくれた青葉さんにお礼を言う。けど俺たち二人としては一人で来たことが気になっていた。偶にはこんな日があるのも変ではないかもしれないけど、あんなに空にベッタリだった青葉さんが一人で居るというのが違和感が強い。
「ねえ凛、何かあった――」
そう聞こうとした時空たちがクラスに入ってきた。いつものように集まるクラスメイトの間を抜けて空がこちらに来る。
「おはよう二人とも」
「おはよう」
「おはよ」
空には既に報告をしたからそれだけだったが問題はこの後だ。空は青葉さんに声を掛けることもなければ一瞥もすることなく席に座って顔を伏せてしまった。
「……?」
「何かあった?」
疑問を浮かべる俺と柚希、遠目で洋介たちを見るが首を振るだけだ。
一体どうしたのか……その疑問を知ったのは意外とすぐだった。だがこの出来事は言い換えれば、空の自分に対する評価の低さが招いた問題でもあったのだ。
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