25
去年まではただただ時間が過ぎていくのを感じるだけの大型連休だった。でも今年は違って大好きな人と過ごし、そして残りを一緒に過ごせないことの寂しさを感じながら過ごす年になった。
連休初日にカズに告白されて恋人になって、そして次の日には家に来てくれて父と母に紹介することも出来た。
正直なことを言えば少し心配していた部分はあったんだ。母は大歓迎だろうけど、父がどう思っているのか分からなかったから。でもその心配は杞憂で、父はカズのことをとても気に入ったみたいだった。
『柚希のことを大切にしてくれるのはもちろんだが、彼には自身の家族を大切に思える優しさがある。またいつでも連れてきなさい』
カズが家族思いで優しいことなんてずっと前からアタシは知っている。だからこそ、そんなカズのことをお父さんたちに知ってもらえたことが自分のことのように嬉しかったんだ。
「……カズに会いたいなぁ」
ベッドの上でペンギンのぬいぐるみを抱きしめながらカズのことを想う。今お母さんの実家で何をしているんだろうか、私のことを想って寂しそうにしてくれるかな……いやいや、こんな考えは流石にダメだよね。これくらいの長い休みの時じゃないと向こうに行けないのなら、私のことは一先ず考えないで楽しんでほしいって思う。
「お姉ちゃん? 入ってもいい?」
「う~ん」
「入るよ~?」
「う~ん」
乃愛の声が聞こえるけど、アタシはから返事だった。いつもはノックをしなさいって言うんだけど、今日に限ってはそんな些細なことはどうでもよかった。
「……こりゃ重傷だねぇ」
ベッドの傍に近寄ってきた乃愛がそんな言葉を漏らす。そのままよいしょと呟き、ベッドに上がってアタシの腰の位置に馬乗りする体勢になった。
「いつもはこうすると怒るのになぁ。よっぽどお兄さんに会えないから堪えてると見えた」
そうだよ、バッチシ堪えてるよ文句あんの?
「つんつ~ん。もにゅもにゅ」
胸を突かれても揉まれても乃愛を跳ねのける気が一切起きない……これはマズい、今まではそうでもなかったのに恋人という関係になってからアタシは自分でもマズいって思っちゃうくらいにカズに依存しているのかも。
「……ふわぁ。気持ちいい」
乃愛がアタシの胸に挟まれるように顔を置いている……こいつめ、アタシが何もする気がないからって好き勝手しおってに……でもまあ、カズが言ってたけど乃愛はアタシにとって可愛い妹なのは変わりないんだよね。
手を伸ばして乃愛の頭を撫でるとサラサラとした髪の感触が気持ちいい。
「お兄さんの存在がお姉ちゃんをこんなにするなんて……これはずっとお兄ちゃんにはお姉ちゃんの恋人で居てもらわないと!」
「ずっとだよ安心して」
「お、おう……」
思わずマジなトーンの声音が出ちゃった。
おっかなビックリしている乃愛を見て、アタシはこの子もちゃんと自分の想いが伝わってくれることを願う。洋介は幼馴染だからアタシが色々言ってもいいんだけど、残念なことに洋介はまだ乃愛のことを異性として意識してない。だからこの段階でアタシが何をしても空回りするだけだ。
それに……。
「? どうしたの?」
この子は色んな意味で強かだ。アタシが何もしなくても、この子なら必ず洋介を射止めると思ってる。
「何でもない。乃愛は可愛いなって思っただけ」
「……今日のお姉ちゃん変」
あはは、そうだなぁ。カズに会えない寂しさをこの愛おしい妹で紛らわせることにしよう。それからアタシは乃愛が嫌だと言うまで思う存分頭を撫で回すのだった。
「そう言えばさ、今日凛ちゃんがそーくん誘ってデートなんだっけ」
「へぇそうなんだ」
「よーちゃんが言ってた。どうなるのかなぁ」
「……そうねぇ。凜はともかくとして空が気づかないと」
「……そーくん変に自己評価が低いからね」
そう、アタシが言うのもなんだが空は本当に自己評価が低い。
アタシたちの付き合いは長いけど、みんなの中心に居たのは空だ。泣き虫だった凛を、意地っ張りだった洋介を、生意気だった蓮を、家の柵があった雅を、そしてアタシを引っ張ってくれたのは間違いなく空なのだ。
『なんで空はそんなに自己評価が低いのよ』
『別に低くないよ当然のことを言ってるだけだ。俺みたいな地味なのは隅で大人しくしたいの』
地味か派手かそんなものはどうでもよくて、アタシたちはみんな空を親友として大切にしたかった。なのに空は事あるごとに自分の卑屈さを出して距離を取ろうとする……それは高校生になってから顕著になっていった。
『私は素直に空君が好きです。空君以外考えられないんです……それなのに空君ときたら!』
ストレートに好きと伝えない凜も悪い部分はあるかもしれないが、傍から見れば凜が空を好きだなんて誰でも分かる。分からないのは空と……二人の仲を、正確には凜が空を好きと言う事実を認めたくない馬鹿くらいだ。
アタシたち幼馴染のことにはすぐ気づくのに、自分のことに関しては本当に鈍感なやつ……うん、あんなやつは馬鹿でいいよ馬鹿で。馬鹿そらああああああ!!
「今日のデートとかただのお買い物って思ってるんだろうね」
「そうねぇ……これは先が思いやられるわ」
乃愛と一緒にどっかの鈍感野郎に溜息を吐く。
「自分を地味とか言うけど、アタシたちがそんなことを気にすると思ってるのかしら。今までの繋がりを地味だからって言う阿保みたいな理由で否定するやつが現実にいるかっての」
……空のことを考えているとちょっとイライラしてきたわ。イライラというのはウザいとかそういうことじゃなくて、アタシたちが全く気にしてないことを勝手に理由にしていることに関してだ。
「……でも、こうやってアタシが思うことも空にとっては一方通行な気持ちなのかもしれないけど」
アタシたちは空のことを大切な友人だと思っているし、釣り合わないとか釣り合うとかそんなことは本当にどうでもいいことだ。でもアタシたちがこういうことを思っているように、空もまた空にしか分からない考えというか悩みを抱えているはずなんだ。
「……儘ならないわね」
「お姉ちゃん……」
アタシたちはこう思ってるんだから気にするなっていうのも空からしたら傲慢な考え、反対に空が勝手にアタシたちと釣り合わないって思うことも……ああもう!
「お姉ちゃん、あまり考えすぎても仕方ないよこればかりは」
いつもはアタシを揶揄う乃愛も心配そうに見つめていた。そうね、アタシ一人だけ悩んでも仕方ないことだ。同じ悩みを持つのはアタシたち幼馴染にとって共通のこと、いずれ本当の意味で空とは腹を割って話し合うべきかもしれない。
「あ、お姉ちゃんスマホ鳴ってるよ?」
「分かった……っ! もしもし!」
スマホに表示された名前を見てアタシはすぐに出た。
『もしもし。早かったな』
その声はアタシが聞きたかった声、顔を合わせて話が出来ないのが残念だけど、アタシの心はすぐに喜びに包まれた。
「カズからだもん。すぐに出ちゃうよ」
『そっか。それは嬉しいな』
嬉しい、そう言われるだけでアタシもとっても嬉しい。乃愛がニヤニヤしながら見つめているけど気にしない。今はカズとお話をすることが大切!
『母さんの友達が遊びに来ててさ。娘さんの相手とか大変で疲れたけどさ、時間が出来たし柚希の声が聞きたかったから』
そうなんだ……アタシもカズの声が聞きたかったし良かった。アタシとカズが同じことを考えてた……これって以心伝心ってやつ? やばい、ちょっと顔がにやけちゃう……でも。
「娘さん?」
娘さん、その一言が少し気になった。
カズがアタシの疑問を聞いて笑った……むぅ、ちょっと不安になるのは仕方ないじゃん。聞けばまだ小学生らしくかけっことかで大変らしい。なんだ小学生か、なんてちょっと安心したのは内緒だ。
『とりあえず連休明けまで会えないけど早く会いたいよ』
「……アタシもだよ。アタシも早くカズに会いたい」
今でもこんなに焦がれて仕方ないのに、顔を見たら思わず抱き着いちゃいそう。それが多くの人の目に触れる場所であっても、アタシはたぶん我慢できそうにない。
寂しい、でもこの我慢はその時の為に取っておこうと思う。そして思う存分発散するんだ。覚悟してよねカズ!
『今なんか変な圧を感じたような』
「え~なにそれ~」
それくらいアタシの想いは強いってこと!
『あ、ごめん。ちょっと呼ばれたわ。行ってくる』
「ううん大丈夫。またね?」
『おう! またな!』
そして電話は切れた。
胸に飛来する切なさを感じるも、これもまた好きな人を想ってのことだと考えれば悪い気分じゃない。
「お姉ちゃん、凄く幸せそうに話してたね」
「とっても幸せ。乃愛も経験すればきっと同じだと思う」
「むむ、いいもんアタシはアタシのペースで頑張るから」
そうだね、乃愛は乃愛のペースで頑張って。きっと大丈夫だから。
切れてしまったスマホの画面、アタシは最後にもう一度見つめ、今は近くに居ない大好きな人を思い浮かべるのだった。
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