24

 月島邸リビングにて俺と柚希が隣り合わせに座り、向かいに柚希のお父さんとお母さんが座っている。


「改めて月島藍華よ。よろしくね和人君」

「月島康生だ」

「三城和人です。よろしくお願いします」


 先ほどお母さん――藍華さんとは自己紹介はしたけど、お父さんの康生さんとも改めて自己紹介をした。特に悪いことをしたとかではないのにこの緊張感は凄い、さながら娘さんをくださいと宣言をしに来た男のような気持ちである。


「本当はもう少し遅くなる予定だったんだけど思いの外早く済んでね。それで帰って来たんだけど……ふふ、和人君に会えて嬉しいわ。ねえあなた」

「あぁ。柚希から君のことを聞くたびに会いたいと思っていたからな」


 ニコニコしている藍華さんはともかくとして、康生さんはさっきからずっと俺を観察するように見つめている。ジッと見られるのは好きではないが、ふざけたりできる空気でもなくて非常に居心地が悪い。


「大丈夫だよカズ」

「……柚希」


 けれどさっきからずっと柚希が俺の手を握ってくれていた。それが緊張を緩和してくれて前を向く強さになっていた。康生さんが俺に対してどう思っているかは分からないが、少なくとも歓迎されていない空気は感じない……だといいなぁ。


「ズバリ聞きたいけどいい? 柚希のどんなところが好きになったの?」


 その質問はおそらくされるとは思っていた。だけど先ほども言ったように変な緊張感があって言葉が纏まらない。でも、柚希のどんなところが好きか……そんなものは考えなくてもたくさんある。


「正直なことを言えば好きなところしかないです。柚希と一緒に過ごすようになって俺は彼女のことをたくさん知りました。知り合う切っ掛けは偶然でしたけど、それから俺はずっと柚希という存在に惹かれて、彼女の傍に居れることを望むようになりました」

「……っ~!」


 隣で柚希が顔を伏せる。

 俺が逆の立場でもこれは恥ずかしすぎる。だから柚希の気持ちは痛いほど分かる、けど俺としては変に気持ちを誤魔化すつもりはない。柚希のことに関して少しでも気持ちに蓋をしたくないからだ。


「可愛くて、優しくて、凛々しくて……本当に言い出すとキリがないですけど、俺はそれくらい柚希のことが大好きです」


 あ、ソファで聞いている乃愛ちゃんも顔を伏せた。

 柚希は沈黙し康生さんは相変わらず、藍華さんだけは目をキラキラさせていた。なんかこの人だけ仕草が子供みたいだ。


「いいわねぇ青春だわ! 柚希は良い人と巡り合えたのね」


 そう言って柚希を見つめる目は優しかった。ただ、俺としては今の言葉に返しておきたい言葉がある。


「あの、俺が良い人かどうかはこれからを見て見極めてくれませんか?」

「え?」


 そんな返しをされるとは思っていなかったのか藍華さんは驚いていた。


「柚希を悲しませないし寂しい想いはさせない、そんなことは口ではいくらでも言える。だからこそ、この想いが口だけではないということをこれからの俺を見て見極めてほしいんです。その上で柚希を俺に――」


 待て、今俺は何を言おうとした?

 思わず勢いに乗せてとんでもないことを口走りそうになったが寸でのところで言葉を呑み込む。柚希は首を傾げているが、藍華さんはたぶん続くはずの言葉の予想は付いたのだろう。一つ頷いて微笑み、俺を真っ直ぐに見つめて口を開いた。


「その先の言葉はまた将来にってところかしら。うん、そこまで言ってもらえるなんてこの子の親として嬉しい限りよ」

「……………」


 かあっと頬に熱が溜まるのを感じる。

 藍華さんは楽しそうで康生さんは本当に表情が変わらない。二人の間の温度差に戸惑っていると、藍華さんがどうしてこんな感じなのか教えてくれた。


「この人ったら変なことを口走って柚希に嫌われないように黙っているのよ。『もしカズに変なことを言ったら絶交するからね』って言われてるくらいだし」

「……それは」

「娘に嫌われたい親はいない。そういうことだ」

「は、はい……」


 目をカッと見開いて言われたぞ。


「父親としては娘の恋路に口を出すつもりはない。だが、君のことが気になっていたのは本当だ。だからこそ、さっきの言葉を聞いて安心したのもある」


 ……どうやら悪くは思われなかったみたいだ。


「それにしてもなるほどねぇ。柚希が学校を早退してまでお見舞いに行った理由が分かった気がするわ」

「……その節はすみませんでした」

「カズが謝ることないよ! アタシが勝手に早退したんだから!」


 あの時のことをご両親がどう思っているのか怖かったが、どうやら様子を見る限り大丈夫そうかな。藍華さんは何やらニヤニヤして康生さんを見てるし。


「懐かしいわね。私が風邪で休んだ時もあなたが家に来て――」

「そのことはやめなさい」


 コホンと咳ばらいをして康生さんが話を中断させた。非常に気になるけど……今度藍華さんにそれとなく聞いてみるのもいいかもしれない。


「へぇ、お父さんもそんなことが?」

「……………」


 ネタを見つけたからなのかこれでもかと柚希が攻める。ここに来て漸く康生さんの表情に焦りのようなモノが見えてきた。少し悪いかなと思うけど、ちょっと気になるから俺も柚希と一緒に康生さんを見つめてしまう。


「ねえねえお父さん、私気になるなぁ」

「私も私も~」

「あらあら、大変ねぇあなた」

「……………」


 あ、康生さんが助けてって顔してる。

 確かにこの空間には康生さんを除いて男は俺だけ……動くしかあるまいよ!


「その辺にしよう柚希、ほら乃愛ちゃんも」

「は~い」

「残念」


 俺の言葉にあっさりと二人は康生さんから離れた。


「すまない、礼を言う」

「いえいえ。でも……何となく力関係が見えた気がします」


 やっぱり女性の方が家庭だと強いのかな。そこに奥さんや娘という括りはなくて、この月島家においては意外にも康生さんは奥さんと娘たちには勝てないらしい。強面な印象なのに人は見かけに寄らないと言うのは本当だな。


「でも何となく分かりました。柚希の優しさは康生さん譲りなんですね」


 藍華さんの言いかけたことを想像するとつまりはそういうことなんだろう。


「……ふっ、良い娘だろう?」

「はい。とても」


 娘たちに追い込まれていた焦りは消え、俺を見つめる康生さんは逞しかった。この人が今まで娘たちを守ってきた大人の男性、俺にそう強く思わせた。

 康生さんは立ち上がり俺の傍へ、そして手を差し出してきた。


「これからも娘をよろしく頼む――和人君」

「っ! はい!」


 その手を俺は強く握り返すのだった。

 それからは俺に緊張の色はなくなり、いつも通りに話をすることが出来た。楽しい時間はあっという間でそろそろ帰らないといけない時間、ただそこで藍華さんからこんな提案がされた。


「良かったら和人君、ご飯を食べて行かない?」

「あ、いいじゃん! ねえカズ、食べて帰ろうよ!」

「……えっと」


 その申し出はとてもありがたくて頷きたくなるものだった。でも、こういう時に少しだけ母さんのことを思ってしまうのだ。こんな風に暖かい家族の姿を見てしまうと、一人で過ごさなくてはならない母さんの姿を思い返してしまう。

 断った方がいいのか、それとも……悩む俺にやはりと言うか、柚希はあっと気づいてくれた。


「お母さん、やっぱりまたにしよう。いきなりだとカズにも悪いしさ」

「……? そう? 分かったわ」

「??」

「……ふむ」


 本当にこういう時に察しの良い柚希の存在は有難い。

 それから柚希を含めみんなに見送られる形で家を出た。途中まで見送るということで柚希は付いてきてくれた。


「残念だったけどカズの気持ちは凄く分かるから」

「ごめんな。まあ母さんの場合気にするなって笑うんだろうけど」


 あの母のことだし笑って終わるんだろう……でも時々寂しそうにしているのは分かるんだ。だからこそこういう提案をされた時に返事を渋ってしまう。


「今度さ、アタシが夜にお邪魔しようかな」

「……え?」

「お父さんもお母さんも察したみたいでさ、さっきお泊りとかは構わないって言ってた」

「……へ!?」


 家族公認で!?

 困惑する俺に柚希は微笑む。


「お母さんからはあまりハメを外さないように、お父さんからは避妊はちゃんとしなさいって」

「……………」


 康生さん割とハッキリ言うのね……っていうかまだ付き合って間がないのにやらないってば。藍華さんも藍華さんでそう言う意味だよねその言葉は。


「お母さんもお父さんもカズのこと気に入ったみたい。特にお父さんは完全に心開いてたよ」

「……あれで?」

「うん。また是非連れてきなさいって一番に言ってきたもん」


 そっか、気に入られたのなら良かったよ。正直どの部分が良かったのかはイマイチ分かってないんだけどね。


「よし、ここまででいいよ」

「うん……」


 いざ別れるとなるとやはり寂しくなる。

 明日から母の実家に赴く予定が入ってしまったから連休明けまで会えないからだ。柚希は何も言わず俺に抱き着いて来た。俺もそんな彼女を抱きしめ優しく頭を撫でる。


「今日は本当に楽しかったよ」

「うん。アタシも楽しかった」


 ゆっくりと見つめ合えば、やはり唇が近づく。


「カズ、好きだよ」

「俺も好きだよ」


 そう言えば乃愛ちゃんに邪魔されちゃったからな。それを取り返す意味もこのキスにはあった。


「それじゃ、またね」

「うん。電話とかするよ?」

「もちろん。何時だって柚希の声が聞きたいからさ俺は」

「アタシも……えへへ、お互いに寂しがり屋かな?」

「だなぁ。そのうち離れられなくなるかも」

「それ最高!」


 そんな会話を最後に俺たちは別れた。

 次に会うのは連休最終日……少しだけだというのに待ちきれない想いを抱えるのも考え物だなと苦笑するのだった。

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