23
あれから時間を掛けたのかバッチリと髪形も何もかもを整えて柚希が降りて来た。制服と違い私服という時点でも新鮮だが、今日もいつも結んでいる髪を下ろしたままだった。サラサラとした綺麗な髪が揺れて……何と言うか大人っぽい印象を受ける。
「お姉ちゃん気合入れすぎでしょ。でもさ」
そこで乃愛ちゃんが時計を指さす。
「もうお昼なんだけど」
「……ごめんなさい」
そう、柚希が再び降りて来た時既にお昼になろうという頃だった。このまま勉強を始めてもすぐにご飯を挟むことになるのでもう済ませてしまおうという話になった。柚希は何か凝った物を作ろうとしたのだが、乃愛ちゃんが簡単なモノでいいよと言った結果カレーになった。
比較的簡単な料理になるわけだが、柚希が作ってくれたかどうかは分からないが本当に美味しかった。もちろん普段母さんが作ってくれるカレーも美味しいが……まあこれに関しては気分みたいなものだろう。
「それじゃお姉ちゃんたちお勉強頑張ってね」
「定期テストあるのはアンタもでしょ? アンタも頑張りなさい」
「はいはい」
話を聞いて無さそうなその反応に柚希は溜息を吐く。家だからこそできるそんなやり取りだろうか、その光景に苦笑する俺の手を柚希が引く。
「じゃ、じゃあアタシの部屋にいこっか」
「……了解した」
彼女の家に来るだけでも緊張するのに、これから部屋に向かうとなるととてつもなく心臓がバクバクと脈を打っている。柚希に連れて行かれるように階段を上り、ひらがなでゆずきと書かれた扉を開けて中に入った。
「はい。ここがアタシのお部屋」
「……おぉ」
思わず自分でも良く分からない声が出た。
必要なモノというか、普段使う物しかない俺の部屋に比べればゴテゴテしているように見える。そのゴテゴテというのは散らかっているという意味ではなく、あぁ女の子の部屋ってこんな感じなんだと認識させてくれるモノだった。
全体的に白を基調として清潔感を感じるが、ひとたびベッドに目を向ければぬいぐるみの山。クローゼットも……そこまで見渡した所で柚希からストップがかかる。
「こらカズ、あまり女の子の部屋をジロジロ見ないの!」
「……申し訳ない。初めて女の子の部屋に来たから珍しくて」
……いや、珍しいからと言ってジロジロ見て良い理由にはならないか。
「あ……えへへ、そっか。アタシの部屋がカズの初めて……うふふ~♪」
何やら機嫌は良さそうなので安心した。
さて、俺が今日柚希の家に来たのは遊んだりするためじゃなく勉強するためだ。付き合い始めということもあり少しだけ柚希と触れ合いたい気持ちはあるけどグッと我慢する。
「よし、勉強するか」
「うん……でもちょっと残念かな」
「残念?」
「こんなシチュエーションなんだもん。イチャイチャしたいじゃん」
じゃあ勉強はやめようぜ、そう言いたくなるくらいの力を持った柚希の言葉だった。何とか柚希を抱きしめたい欲求を抑え込み、部屋の真ん中に置かれた丸テーブルを囲むように座る。
「よし、それじゃあやりますか」
「うん。頑張ろうね!」
それから始まる勉強会、不思議なモノで一度始まれば集中することが出来た。今までのテスト順位などを省みても俺は特別悪いことはなく普通より少し上くらい、だが柚希は常に高い順位に居ることを知っている。だから分からない部分を聞くと即座に解説を交え丁寧に教えてくれた。
「時々友達にもそうだけど勉強教わるとさ、先生より分かりやすい時ってあるよね。正にそれを今実感してる」
「えへへ、アタシも自分の復習になるから助かるよ。さ、後少し頑張ろ!」
「おうよ!」
それから追い上げるように集中する。
そして昼から始めて3時間ほどが経ち、午後4時になった所で終わりを迎えた。まあ人の家に集まって勉強するのならこれくらいでいいだろう。
筆記用具と勉強道具を片付け伸びをすると、固まっていた体を解れていくようで気持ちが良い。
「これで終わりっと。お疲れ様」
「おう。おつかれぇ……」
いや本当に疲れた。下手すると学校に居た時より集中していたかもしれないな。
「そんなに疲れたの?」
「うん。結構」
柚希の問いかけに頷くと、彼女は腕を広げた。
「……?」
首を傾げる俺に、柚希は腕を広げたまま動かない。
「……なるほど」
理解した。
どうやら疲れを癒すために胸の中に飛び込んできなさい的なやつなのだろうか……よしっと、俺は意を決して柚希の胸に飛び込んだ。
「……こう?」
「ふふ、正解。ぎゅ~!」
頭の後ろに優しく腕を回されて抱きしめられる。
柔らかい、温かい、いい匂い、安心する……これが天国かと言わんばかりの心地だ。若干だけど不安に思うことがあるのは、柚希ってもしかしたら男を駄目にするタイプの女の子じゃないのか? こう何と言うか、とことん甘やかしてしまうような……。
「……そろそろ……っ!」
「だ~め。もう少しこうしていよう」
離れようとした俺を更に強い力で抱きしめる。
前に同じような体勢に学校でなった時があったけど、その時より呼吸のこととかを考えているのか位置が絶妙なのだ。
「えっと……流石にずっとこうしてると柚希が疲れるし――」
「ベッドが背もたれになってるから大丈夫だよ」
「……えっとだな。俺がダメになっちゃうからやめ――」
「ダメになってよ。ここにはアタシしか居ないからさ」
……あかん、これは本当にあかん。
本当にどうしよう、そんなことを思っていた時頭の上から柚希の声が響く。
「離してほしかったら今度はカズがアタシをぎゅってして」
それくらいのことなら喜んで、そんな意味を込めて柚希の胸の中で頷くとようやく腕が離された。
「……ふぅ」
本当にふぅって言いたくなるよこれは。
離れた俺の体にすぐ衝撃が走る。柚希がそのまま抱き着いて来たのだ。しかし、後ろにベッドという支えがあった柚希と違い俺の後ろに支えはない。つまりまた柚希に押し倒される形になった。
「ふふ、昨日と同じになっちゃったね」
そう言って胸に頬を這わせ、徐々に首に、そして顔へと近づいてくる。
「……柚希さ、付き合うことになって大分積極的になった?」
「うん。だって我慢することなんてないじゃん。もちろんカズが嫌ならやめるけど……嫌じゃないよね?」
口には出さないけど当り前だろって気持ちがこれでもかと出そうになる。柚希もそれが分かっているからこそ返事を待つ間もなく嬉しそうに満面の笑みを浮かべているんだろう。
「好き、好きだよカズ」
そのままキスをするように降りてくる唇……しかし、このタイミングでガチャッと扉が開いた。
「お姉ちゃんにお兄さんも今……あ」
『……あ』
見つめ合う俺たち三人、今までは揶揄った顔ばかり見てきた乃愛ちゃんだったが、今回ばかりは流石に気まずそうにしていた。
「……ご、ごゆっくり~」
そのまま部屋を出て行ってしまった。
俺と柚希の間に無言の時間が流れる。プルプルと震える柚希の顔が段々と真っ赤になっていき、そして立ち上がった。
「本当にあの子はもう! いい加減ノックをすることを覚えなさいってば!!」
そう言って勢いよくガチャンと扉を開けて下に降りていくのだった。
「……助かったのか残念なのかよく分かんないなこれ」
そんなこんなで柚希の後を追って下に降りた時、アイアンクローをされている乃愛ちゃんを見て思わず止めに入った。うん、とても疲れた。
「お兄さんありがと……あぁ死ぬかと思った」
「アンタが悪いんでしょアンタが」
俺の背後に隠れる乃愛ちゃんを柚希がキッと睨みつける。まあ確かに柚希を追って一階に降りた時に見た光景は思わずビックリしたよね。片手で頭を掴んで持ち上げてるんだもの、思わず目を擦ったくらいだから。
「でもノックくらいはするべきかなって思うよ俺も」
「……分かってるよ。ただもう癖みたいなもんだし……私とお姉ちゃんにそんなもの必要ないじゃんって体が慣れてるんだよ」
長年連れ添った姉妹ならそれが普通なのかもな。
俺は一人っ子だからその辺り分からないけど……。
「もしかしたら凄い絵が見れるんじゃないかって期待した部分はあるよ!」
「……すぅ~」
「柚希、何で何たら神拳みたいな構えしてんのさ」
これ俺が間に居なかったら間違いなく拳が出てるよ冗談抜きで。
という感じで乃愛ちゃんも含めて色々あったが、それから少しばかり三人で話をした。最初はやはり柚希が乃愛ちゃんに揶揄われる場面が多かったもののすぐに逆転して乃愛ちゃんが弄られる立場に。ニヤニヤと人を食ったような笑みが似合う乃愛ちゃんではあったが、洋介とのことで揶揄われる場面は年頃の女の子のようで、俺は微笑ましいモノを見るように姉妹のじゃれ合いを眺めていた。
「本当にこの子はもう!」
「お姉ちゃんおっぱいで口が塞がるから!」
「そのまま窒息させてあげようか!?」
ドタバタと激しくなりそろそろ止めるか、そう思い動こうとしたその時だった。
「ただいま~!」
「今帰ったぞ」
『っ!?』
ピッと止まる俺たち三人、もしかしなくてもこの声は……。
「あらこの靴は……あ! もしかして!」
女の人のそんな声が聞こえ、すぐにパタパタと近づいてくる足音。俺たち三人の視線が向く先、リビングのドアが開いて一人の女性が姿を現した。
「あらあらまあまあ、あなたが三城和人君かしら?」
「は、はい……その、初めまして」
柚希とそっくりなこのお姉さんは一体……いや、でも柚希は姉が居るとは言ってないからもしかしなくてもこの人は……柚希のお母さん?
「初めまして、柚希と乃愛の母で月島藍華と言います」
……とりあえず一言よろしいか?
お母さん見た目めっちゃ若くない?
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