22

「さてと、時間通りに来たわけだが」


 昨日と同じ10時に柚希の家まで来た。門の前で少し精神統一するかのように息を整え、インターホンを押した。暫くして聞き覚えのある声が聞こえるのだった。


『は~い。月島ですけど』

「乃愛ちゃん?」

『あ、その声はお兄さん? 今開けますね』


 ガチャッと通話が切れ、玄関が開いて乃愛ちゃんが出てきた。


「どうぞ入ってお兄さん」

「うん、お邪魔します」


 ……マズいな、さっきから心臓がバクバクとうるさい。初めて出来た彼女の自宅への訪問、どうやらかなり緊張しているようだ。

 物珍しさから辺りをキョロキョロしてしまいそうになるが、乃愛ちゃんに変に思われるのも嫌なので大人しく彼女の後ろに付いていく。リビングまで通されたところで椅子に座るように促された。


「オレンジジュースとかでも大丈夫?」

「あぁ。というかあまり気を遣わないでいいよ」

「せっかくのお客さんなんだからおもてなしは当然だよ」


 テキパキとコップを用意してジュースが注がれた。ここまで歩いてきた疲れを癒すようにグッとジュースを喉に通す。程よい冷たさに喉が潤った。


「ありがとう。美味しいよ」

「どういたしまして」


 ニコニコと対面に座る乃愛ちゃんにお礼を言う。

 しかしあれだな、こういう気遣いとか乃愛ちゃんの人の良さが出ているみたいだ。洋介が言ったようにクソガキな一面は確かにあるのだろうけど、この子の本質はやっぱり柚希と似て優しいんだろうなと漠然と思った。

 さて、こうして乃愛ちゃんと対面しているわけだが俺としては気になるのが柚希の存在だ。


「お姉ちゃんのことが気になる?」

「そりゃあね」

「だよね~」


 柚希と約束したのもあるけど、何より早く彼女に会いたいという気持ちがある。もしかして出掛けてる? でも何も聞いてないし、何よりあんな風に今日を楽しみにしてくれた柚希が居ないというのは考えられない……なんて思えるのは彼女と付き合うことになったからだろうか。


「お姉ちゃんは居るよ? 居るんだけど……」


 何故か言い淀む乃愛ちゃんに俺は首を傾げる。もしかして何かあったのか? そんな不安が表情に出ていたのか乃愛ちゃんは慌てるようにそうじゃないと首を振る。


「その……今になって少し罪悪感が出てきたと言いますか、怒らないでくれますか?」

「? ……うん」


 何だろう、少しだけ身構えた俺に乃愛ちゃんは言葉を続けた。


「お姉ちゃん今日を凄く楽しみにしててあまり寝付けなかったみたいなの。それで遅く寝ちゃうかもしれないからいい時間に起こしてくれって言われてるんだ。でも慌てるお姉ちゃんが見たいのもあったし、お兄さんとも改めてお話したいなって思って起こしてないの」

「……そう、なんだ」


 柚希にとっては大問題かもしれない、でも思ったよりは可愛い内容だった。


「怒らない?」

「怒らないよ。思ったより可愛くて拍子抜けしたくらい」

「……それなら良かった」


 まあ流石に時間をかなり過ぎたら起こした方がいいかもしれないけど。その提案に乃愛ちゃんは頷き、30分になっても起きてこなかったら起こしに行くということになった。


「でも私は完全にお姉ちゃんに怒られそうだけど」

「それは……ご愁傷様?」

「別にいいけどね。お姉ちゃん何だかんだ私に甘いから」


 柚希の話の節々でもそれはよく分かる。


「確かにそうだろうな。昨日夜柚希と電話をしている時にさ、乃愛ちゃんの話が出たんだよ」

「私の話?」

「そう、何だかんだ乃愛ちゃんのことを気に掛けてるよ柚希は。本当に大好きなんだろうな」

「……………」


 人を揶揄うのが好きみたいだけど、こうしてストレートに伝えられるのは苦手と見た。顔を伏せているけど頬が赤くなってるし。


「俺も柚希と同じ立場ならきっとそうなるよ。何だかんだ君が良い子ってのは分かるから。こんな可愛い妹が居たら誰でも自慢したくなるでしょ」

「……お兄さん、ちょっと恥ずかしい」

「おっと、そいつはすまなかった」

「……むぅ、前に揶揄ったこと根に持ってます?」


 そんなことはないけどね、でもこれは俺の本心だ。

 乃愛ちゃんはぷくっと頬を膨らませて不満気だが、俺はそれ対して苦笑するだけ。どうやらそんな俺の様子も乃愛ちゃんにとっては面白くないみたいだ。


「なんかお姉ちゃんと付き合うことになって余裕が出てきたの?」

「……う~んどうだろうな。とりあえず言えることは、昨日のデートで色々あってさ。ある程度のことなら動じないくらいにはなったかも」


 押し倒されもすればキスもしたからある程度はって感じだ。


「ふ~ん。お姉ちゃんは気持ち悪くニヤニヤするだけで詳しく教えてくれないんだもんなぁ。もしかしてやることやったの?」

「やってないから!」


 それは飛躍しすぎでしょうよ。

 

「ま、そうだよね。でも……今日のお兄さん良いと思う」

「……何が?」


 いきなり良いと言われても分からないんだが。

 乃愛ちゃんは椅子から立ち上がり、俺のすぐ傍に歩いてきた。


「何がかは良く分からないけど、なんていうか安心する感じ。本当の意味でお兄さんになるかもしれないし当然かな」


 一人でうんうんと頷く乃愛ちゃん、そしてボソッと呟いた。


「よーくんも可愛いの一言くらい言ってくれてもいいのになぁ」


 ……洋介、言われてるぞ。

 それからも暫く乃愛ちゃんと話をしていると、二階からバタバタと降りてくる音が聞こえてきた。


「あ、もしかして」

「うん、お姉ちゃんだね」


 乃愛ちゃんと一緒に扉の方を見ていると、バン! っと凄い音を立てて扉が開いた。


「乃愛! 起こしてって言った……のに……」


 髪は少しボサボサだけど服装はパジャマとかではなかった。息を荒く吐いてこちらを見る柚希……乃愛ちゃんを一瞬キッと睨むも、俺も見つけるとすぐにその表情は崩れた。


「カズ~!!」


 そのままギュッと抱き着いて来た。

 昨日別れてからの時間を埋めるように柚希は甘えてくる。俺は傍に居る乃愛ちゃんに苦笑しながら柚希の頭を撫でるのだった。


「ごめんねカズ、アタシ寝坊しちゃって」

「大丈夫。乃愛ちゃんと話をしてたから」

「そっか……って!?」


 そこで自分の髪の状態を思い出したんだろう。乃愛ちゃんが柚希の肩に手を置いて呟いた。


「お姉ちゃん、お兄さんに会えて嬉しいのは分かるけど髪くらい整えておいで」

「……はい」


 乃愛ちゃんに諭され柚希が離れた。

 リビングを出る直前、振り向いて俺を見つめる。


「帰っちゃやだよ?」

「あはは……大丈夫だから。行っておいで」

「うん」


 そのまま足早に戻っていった。


「お姉ちゃんお兄さんが居るとあんな感じになるんですね」

「俺にとってはいつも通りな気もするけど」


 ただでさえ距離が近かったからそう思ってしまうのかも。


「ねえお兄さん。ふと思ったんだけど」

「何?」

「お姉ちゃんの部屋で勉強するとは言うけど二人きり……色々と我慢できる?」

「……流石に付き合って全然だよ? そんなつもりはないってば」

「それはお姉ちゃんに襲うほどの魅力がないってこと?」


 その言い方は卑怯だ……だけど、本当に弁えてるつもりだよ。柚希のことは大切にしたい、その気持ちに嘘はないんだから。


「ま、お兄さんなら大丈夫かな」


 さて、柚希の準備が整うまでもう少しゆっくりしておくとしよう。

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