21
「ほら柚希、家に着いたよ」
「……嫌ぁ」
目の前にあるのは柚希の家だ。
公園で俺は柚希に泊まりに来るかという提案をした。それに柚希は嬉しそうに頷いて、付き合い始めた初日に我が家へのお泊りが決定した……のだが、人間不思議なもので時間が経つと冷静になるもんだ。
柚希とは一緒に居たいし、泊まりに来てもらうのも嫌じゃない。けど、何度も言うけど冷静になって考えるとお泊りは流石に早すぎる。
「……あはは。嬉しいのやら悲しいのやらって感じだな」
腕にしがみついて離れない柚希を見て苦笑してしまう。俺だけでなく柚希も冷静になって考えなおし、流石に外泊は無しの方向で一致したのだ。だが、柚希の家が近づいてくればくるほど難色を示しだした。簡単に言えば俺から離れたくないと駄々を捏ね始めたのだ。
「じゃあカズがうちに泊まろ? そうすれば離れなくていいもん」
「いやそれだと振り出しに戻るだけだからね?」
「……む~っ!!」
そんな可愛くむくれられても仕方ないんだ……。
「……ふぅ。柚希」
「……………」
「連休の最後辺りを勉強することにしてたけどさ、明日やらないか?」
「……え?」
「そうすればまた会えるだろ? もちろん柚希の都合が合えばだけど」
予定があったりしたら無理だけど、さて柚希の返答は――。
「ぜんっぜん大丈夫! 分かった約束だよ!? 絶対だからね?」
物凄い距離の詰め方に思わず仰け反る。
犬の散歩をしているおじさんおばさん夫妻に生暖かい視線を向けられ、俺は何とも言えない表情をしているだろうが柚希は必死なのか気づいていないみたいだ。
「分かった。約束だよ。場所は――」
「アタシの家! 決定!」
「お、おう……」
急遽早めた勉強会、場所は柚希の家になりましたとさ。
とはいえ俺にとっては初めて柚希の家に実際に入ることになるのか……少し緊張してしまう。乃愛ちゃんとは既に顔見知りだがご両親とは会ったことないからな。
「あ、お父さんとお母さんは明日居ないから気にしなくて大丈夫!」
「そうなのか?」
「うん。お出かけ行くって言ってから」
「そっか」
それは……ちょっと安心したけどやっぱり緊張してしまうな。
とりあえずの予定として明日は朝早くから柚希の家にお邪魔することとなった。名残惜しいけどこれで一先ず今日は帰ることにする……なんだけど。
「……あぁ」
「……………」
柚希が服を離してくれない。流石に無理やり離すことはしたくないし出来ない。こうやって別れるのを惜しんでくれる柚希を見てしまうと……誰か教えてくれ。こんな時どんな行動が正解なんだ!
そんなことを問いかけても当然答えなんて出てこない……なので、どうにかするのは俺しか居ないわけだ。
「柚希」
「……カズぅ」
柚希の肩に手を置いて、彼女の目を見つめながら言葉を伝える。
「俺も凄い寂しいけどさ、明日また会えるから我慢できる。絶対来るから柚希も少し我慢してくれ。大好きだよ柚希」
「……アタシも……アタシも好き」
寂しいのは嘘じゃない、でもまた明日会うことが出来るから大丈夫だ。背中に手を回して抱きしめ、俺も寂しくならないようにしっかりと柚希の温もりを感じておく。そうして離れると柚希が笑みを浮かべて口を開いた。
「あはは、ごめんね。アタシさ、自分でも分かんないくらいカズのことが好きだったみたい。だからこんなに離れるのが嫌なのかも。でも、もう大丈夫……うん、大丈夫……のはず」
「分かった。何度も言うけどまた明日来るから。それじゃあね」
「……うん。明日、明日ね! バイバイ!」
「ばいばい」
手を振ってくれた彼女に背中を向け、ようやく帰路に着いた。ただ何度も背後を振り返ってしまうのは当たり前で、柚希はずっと俺を見送ってくれていた。やっぱり……名残惜しさはあるけど明日のことを考えれば大丈夫だ。
暫く時間を掛けて家に着くと母さんが声を掛けてきた。
「あら、柚希ちゃんは?」
「流石にお泊りは早いって考えなおした」
「そうねぇ。若いって言っても限度があるわよ」
母さんの言うことも尤もだ。
「あ、でも明日柚希の家に行くことになったんだ」
「そうなの? ご飯は?」
「たぶん帰るよ。ていうか夜帰らなかったら今日みたいになっちゃうでしょ」
「それもそうね。でも和人に彼女かぁ、あんな可愛い子なんて私も嬉しいわ」
母さんが嬉しそうにしてくれて良かったな。
それから夕食の時間、母さんに今日どんなことをして過ごしたのか根掘り葉掘り聞かれ、俺がそれに耐えきれなくなって早々に食べ終え部屋に逃げた。
ベッドにごろんと寝転がり、俺はまず空にメッセージを飛ばす。長い付き合いでもあるし、柚希の幼馴染でもあるからだ。まあ既に柚希が報告してる可能性もあるけど、俺からしておいてもいいだろう。
「柚希と付き合うことになった……っと」
そんなメッセージを送って数分後、空から返信が来た。
『知ってる。柚希がめっちゃ興奮した感じで送ってきたから。おめでとう和人』
そっか、もう既に送っていたみたいだ。
最後の祝福のお礼を返し、スマホを置いて天井をぼんやりと眺める。
「……恋人……か」
今日柚希と想いを交わし恋人同士になった。今になってももしかしたら夢なんじゃないかって、こんな俺にあんな素敵な子が……なんて思ってしまう。けどこんな卑屈な考えはここまでにしよう。あまり自分を卑下しても仕方ないし、何より俺を好きになってくれた柚希に失礼だと思うから。
「連休中はいいけど……これ、学校が始まったらどうなるんだ?」
そんな時、俺は一つ思うことがあった。連休中なら基本他の人の目はない、だからこそ自然に柚希と触れ合うことが出来るだろう。ただ学校が始まると……柚希はどうなるんだろうか。ただでさえ今までも絡みは多くあったし、今日みたいなのを見てしまうと学校でも同じことを……いやいや、流石にお互い我慢できるでしょうよ。
「ったく、俺ってば何考えてんだか」
一人苦笑してまあいいかとその考えを頭の隅に置き、そしてスマホが震えた。
「はい、もしもし」
『もしもし。えへへ、あなたの彼女の柚希ですよ~♪』
「……おぉ、その声は可愛い彼女の柚希じゃないか」
『もうカズ! 好き大好き!』
電話越しではあるけど凄く声がでかいが大丈夫か? また妹さんか誰かにうるさいって怒られないかな? そんな心配をしたけど柚希の様子から特に何も無さそうだ。
『アタシさ、今から明日が楽しみで仕方ないよ。お部屋の片付けも終わっちゃったし』
「気が早いな……まあ俺も同じ気持ちだけど」
何となく柚希の様子が想像出来てしまって笑みが零れてしまう。
『お父さんとお母さんにも報告したら是非会いたいって。時間があったらお話したいってさ』
「……そっか。うん、分かった。その時はお願いするよ」
別に結婚だとかそんな話をするつもりではないけど、付き合う以上は親御さんと話をする機会はやっぱりあるよな。今から少し心構えをしておかないと。
『それでね、乃愛にも言ったらね――』
柚希と付き合った日、その終わりもまた柚希の声を聞いてその日が終わる。
また明日大好きな彼女と会える喜びを胸に、柚希との会話を心行くまで楽しんだ。
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