19
先輩から柚希を庇うように立つ。この人は相変わらず俺を睨みつけてくるけど退くことはなかった。
「ったくめんどくさいな。あの時もそうだけど邪魔なんだよ」
邪魔はそっちだけど……っていうと逆上しそうだな。というか俺にはこの人の考えていることが理解できない。あんな風に柚希に嫌な思いをさせたというのに、まだこの人は彼女に絡もうとしている。本当に俺には理解が出来なかった。
「カズ、さっさと行こう」
腕を引いてくる柚希に頷きこの場を去ろうとするが、やはりこいつは呼び止めてきた。
「なあ月島さん、そんなやつと遊ぶより俺と遊ばないか? 絶対楽しいって」
こんなことを言うやつが現実に居るんだなと俺は少し感心していた。腕を伸ばして来たので柚希に触れないように払う。すると先輩は舌打ちをして近くにあったゴミ箱を蹴り飛ばした。ガシャンと大きな音を立ててゴミ箱が歪む。
「うっわ最低」
この人のすること全部が柚希から向けられる感情をマイナスに向ける。というよりもこんなことをする人を好む人なんて居ないだろうに、やっぱりこの人はそんなことも理解が出来ないんだろうな。少しだけ哀れというか、かわいそうにすら思う。
「何だよその目は。つうか邪魔なんだよ。月島さんの彼氏でもないくせにしゃしゃってんじゃねえぞ? 怪我したくなけりゃ消えろ」
怪我したくなければ消えろ、か。本当にどうしようもない人だな。
本当に手を出してくるつもりかもしれない、あの時は無事に終わったけど今回は本当に一発はもらうかもしれない。だというのに俺の心は穏やかだった。
それというのも……。
「……カズ」
後ろに柚希が、俺にとって大切な人が傍に居るからだ。
不安そうなその問いかけに俺は笑みを浮かべて頷き、そして先輩を睨んだ。
「ッ……」
まさか睨まられるとは思っていなかったのか少し驚いた様子だった。俺はそんな先輩から目を離さずに口を開く。
「悪いですが退くわけにはいきません。あの時は俺にとって絡みの無いクラスメイトではあったけど、ただ見て見ぬふりをしたら自分が許せないと思ったから柚希を庇った」
そう、あの時の俺は柚希に特別な感情は抱いていなかった。だから柚希と関わる機会もあれが最後だと思ったけど、何の因果かこうして俺は柚希と親しくなった。彼女と過ごすことで、彼女と触れ合うことで俺は柚希のことを好きになったんだ。
色んな表情を見せてくれるこの子の傍に居たい、そう強く願うようになった。
だからこそ、逃げるわけにはいかないよなぁ!!
「でも今は違うんですよ」
「はぁ?」
「俺は……柚希のことを大切に想っています。だからこそ退くわけにはいかないんだよ」
後ろから息を吞む音が聞こえた。
先輩は驚いていたけどすぐに俺の胸倉を掴む。この構図もあの時と一緒か……けどそれだけだ。
「守りたい子が居るからこそ俺は退かない、好きな人の傍に居たいからこそ逃げるわけにはいかない。柚希は俺が守る、好きな人の前だからと格好つけたいわけじゃない。好きな人の前だからこそ何があっても退かねえんだよ!」
「うるせえええええ!!」
やっぱりか、俺は振り上げられた腕を見つめ続けていたが……どうやら先輩みたいに俺も熱くなっていたらしい。ここはあの時庇ったような陰ではなく、色んな人の目が行き交う街の中だってことを忘れていたみたいだ。
「ねえ、あれヤバくない?」
「喧嘩か?」
野次馬の視線が集まってくる。流石にこんな大勢の前で手を出す勇気はなかったらしく、先輩は大きく舌打ちをして俺から手を離し去って行った。
「……けほっ」
少し首を絞められる形だったから咳が出る。
「ちと人目が多いな。そこの公園にでも行こう柚希」
「う、うん……」
柚希の手を引いて近くの公園に立ち寄った。デートをする人たちや子連れの家族なんかも見えかなり賑わっている。柚希と一緒に空いているベンチに座って一息吐いた。
……とはいえあれだよな、思わず口走ってしまった。
「……………」
柚希は落ち着きがなさそうに髪を弄っていた。そして運命の悪戯か、そんな柚希を見ていた時彼女と視線があった。
あっと声を漏らし、じわっと頬が赤く染まる柚希を見て俺も今になって恥ずかしさが込み上げてきた。何かを伝えないと、そう思った時柚希がボソッと口を開く。
「カズ……さっきのは……その……」
……だよな! 気になるよな!
正直こんな形でいいのかって思いはあるんだ。でもせっかくの柚希とのデートなのに、このままじゃずっと気まずいままになってしまう。
俺は内心でよしっと腹を括った。
「柚希」
「は、はい!」
体を彼女に向けると、柚希もまた同じように体を向けてくれた。見つめ合うことで柚希しか見えなくなる。周りの喧騒は消えて静寂を感じさせる。
「ムードもへったくれも何もなくてごめん。けど……言わせてくれ」
柚希の目を見つめ、逸らさずに俺は伝える。いつか伝えたいと思い続けた言葉を。
「君のことが好きだ。傍で笑ってくれる君のことが好きなんだ。良かったら付き合っ――」
そこまで言って胸に大きな衝撃を受けた。
何てことはない、柚希が俺の胸に飛び込んで来たんだ。顔を上げた彼女は少し涙を流していたけど、それでも笑顔だった。
「……嘘じゃない? 夢じゃないよね? カズが好きだって」
「あはは……これが夢だったらちょっと悲しいかな」
「本当? だったら抱きしめてよ。強く抱きしめて」
柚希にそう言われた俺は彼女の体を優しく抱きしめた。思えば手を握ったり腕を組んだりすることはあったけど、こうやって柚希の体を抱きしめたことはなかった。温かい、けど女の子だからか細いと感じた……でも、腕の中に柚希が居ると思うと凄く幸せな気持ちになれる。
「あぁ……夢じゃない。カズ……カズが抱きしめてくれてる……」
首元に顔を埋めるように強く抱き着いて来た。少しくすぐったさを感じて首を捩ってしまった、すると更にグリグリと柚希が抱き着いてくる。……とても可愛い仕草だけど分かってくれる人いるかな。首元に顔を埋められると何故か分からないが物凄くくすぐったいんだ。
一しきり堪能したのか柚希が顔を離す。離すと言っても距離が近いのは変わらない。それこそ少し動けばキスが出来てしまうほどの距離だ。
「アタシも、アタシもカズが好き。ずっと好きだった!」
好き、色んな所で柚希からその言葉を聞いていた。正直……かなり待たせたんだろうだなと思う。でもこれからは違う、素直に気持ちを伝えていくから……どうかこれから俺と一緒に同じ時間を歩いてほしい。
「柚希、俺と付き合ってください」
その問いかけに柚希は大きく頷いてくれるのだった。
「はい!」
その返事を聞いて俺はやっと安心した気持ちだった。ふぅっと小さく息を吐くと少し落ち着いてくる。すると訪れるのはこれからへの期待感だった。こうして柚希に想いを伝え、めでたく恋人同士になったわけだけど、何が変わって何が変わらないのか……まだ見ぬ未来に期待が募る。
そんな中、柚希がうずうずとしていた。一体どうしたんだろうと眺めていると、柚希がバッと顔を上げた。
「ねえカズ、思いっきり抱き着いていい? いいよね? もう嬉しすぎて自分を抑えれないから!」
そう言ってさっきと同じようにまた抱き着いて来た。たださっきと違うのは力が段違いだということ。つまり俺はベンチの上ではあったが柚希に押し倒される形になった。広いベンチだったからそれを想定したんだろうけど、手すりがあったら少し危なかったかもしれない。
「スリスリ……あぁ幸せ……」
胸元にすりすりと頬を当てる柚希を見ていると、なんか不思議とどうでもよくなってくるな。抱き着いたままの柚希の頭を撫でると気持ちよさそうに目を細め、そのままグッと顔の位置を上に持ってくる。つまり、俺の顔のすぐ近くに柚希の顔があるということだ。
「……カズ」
「柚希……」
徐々に近づき触れ合うだけのキス……甘い味がした……ような気がする。
「えへへ……ファーストキスあげちゃった♪」
あぁ駄目だな。
この大好きな人の笑顔を見ると、この体勢はマズいだろって考えも吹き飛ぶ。どうやら俺は自分が思っている以上に柚希のことが好きで仕方がないらしい。
このまま暫くはこの体勢のままかな、そう思っていた時――聞き覚えのある声が届く。
「柚希ちゃん?」
「和人?」
『……へ?』
柚希と一緒に声の出所に視線を向ける。
そこに居たのは蓮と朝比奈さんだ……何とも言えない表情で俺たちを見ていた。俺と柚希は一旦顔を見合わせ、そしてちゃんとベンチに座り直し口を開くのだった。
「よう蓮、それに朝比奈さん奇遇だな」
「わぁ二人ともデートなの? 相変わらず仲いいなぁ」
「いや誤魔化せないからね?」
「……ねえ、私詳しく聞きたいなぁ」
どうやら逃げられなかったらしい。
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