18
日が経つのは早い、それは言ってしまえば毎日の学生生活が充実している証とも言えるだろう。空たち友達と過ごすことはもちろんだが、柚希と共に過ごす日常が俺に活力を与えていた。普段の生活もそうだし勉強だってそうだ。柚希たちと過ごす日常が充実するのに比例するように不思議と勉強にも身が入っていった。
そしてそんな日々を過ごし、学生であれば誰もが待ち望んでいるであろう大型連休の到来だ。社会人の人だと仕事がある人も居るだろうが、母さんは休みなのか普段の疲れを癒す様にソファに寝転がってテレビを見ていた。
「だらしがないって思うけど、普段頑張ってるんだもんな」
同じ家族として母さんが普段どれだけ大変かよく分かってる。だからこそ時々ある長い休みくらい好きなことをしてほしいって思うのだ。……うん、例え半ケツの状態で痒いところがあるのかポリポリ掻くようなことをしていてもそれは仕方がないんだ。
「行ってきます」
そう言って外に出た俺は待ち合わせの場所を目指す。待ち合わせをしたのは10時、今から行けばおそらく30分前には着くはずだ。
連休初日ということもあり人の出はそこそこあった。人並みに揉まれるようにしながらも足を進め、やっと待ち合わせの場所が見えてきた。この駅前の場所はよく空とも落ち合う場所にしている。スマホで時間を確認すると40分前、結構早く着いたな。
「さてと、飲み物でも買って待って――え?」
ジュースでも買って待つか、そう思った俺の視線の先で見覚えのある姿があった。いつもは後ろで一括りにしている髪をサイドで結び、制服ではない今時のような私服に身を包んだ女の子……そう、既にその場所に柚希が居たのだ。
「え、早くね?」
俺は念のためにスマホでのやり取りを確認した。約束した時間は10時……うん、間違いない。もしかして俺の時計がバグってる? そう思ったけど正常だ。更にダメ押しで街頭の時計を見ても時間は間違っていない。
俺はジュースを買おうとしたことも忘れて柚希に近づいていく。柚希は俺が近づいても何やらソワソワとしていて気付かない。
「……髪は大丈夫だよね? 服も皺はない……大胆過ぎず地味過ぎず……よし! あぁ早く! 早くカズ来ないか――」
そこでやっと柚希が俺を見つけた。
お互い暫く無言で時間が過ぎていく。そしてどちらからともなく笑いが零れた。
「あはは、考えることは一緒だったのかな」
「そうだな。お互い来るの早すぎでしょ」
制服の時もそうだったけど、私服の破壊力はまた凄いな。制服はそうでもなかったけど、今柚希が来ている白が目立つ……こういうのシャツワンピって言うんだっけ? 肩から腰に掛けての鞄の紐がちょうど胸の間を通っているから……その、凄く目に悪いんだが。
「どうかな?」
髪の毛先をクルクルと弄りながら上目遣いにそう聞かれる。二度目になるが制服とはまた違った印象を感じさせる。うん、どんなに感想を繕っても可愛くて似合っているというモノに落ち着きそうだ。
「似合ってる……その、あまりこういう経験がないから月並みな意見しか言えないけど。可愛いよ凄く」
「……そっか。ありがと!」
その満面の笑みに俺も釣られて頬が緩んだ。
「さてと、それじゃあ行こうか」
「うん!」
そう言ってお互いに並んで歩き出す。歩く最中そっと近づく距離、柚希の手を握ると彼女も強く握り返してくれた。
それからは相手が柚希ということもあり幸せな時間だった。
柚希が服が気になると言って店に行った時、さしずめファッションショーのようだった。どんな服を着ても似合うからそうとしか言えなかったけど、柚希はそのどれにも嬉しそうに笑ってくれた。
「なるほど、やっぱりちょっと大胆な服の方がカズは嬉しいのかな~?」
「……いやそんなことはないと思うけど」
年頃の感性だと少し露出の強いモノに惹かれるのは確かだ。少し胸元が開いていて屈むと谷間が強調されるタイプはヤバかった。ただ……ここからは俺の我儘になるけど、できればあまり大胆な格好をしてほしくないとも思っている。
「……柚希のスタイルの良さが際立っていいとは思う。けど、ごめん。あまり他人の目に触れるようなのは嫌かなって思った」
我儘すぎるか、そう思ったけどどうしてか柚希が手を握ってきた。
「大丈夫だよ。カズが傍に居るならありだけど、一人ならこんな服着ないし。アタシが一番見てほしいのはカズだもん」
なんてことを言ってくれる。
心が温かくなるのを感じながらも、店員さんの何とも言えない視線でお互いに我に返る。
「……若いっていいなぁ。私もあんな青春送りたかったなぁ……もうアラサーだしダメなのかな」
……いや、アラサーでもまだ十分大丈夫でしょ。
柚希と共に苦笑した後、お互い欲しいモノを買った。服を買った柚希とは違い俺が買ったのはベルトだ。最近ちょっと古くなっていたからいい頃合いだった。
「よし、次にいこ!」
女の子とのデートということで結構気を張ってはいたのだが、前に思ったようにいつも通りの自分で居ようと思えば気は楽になった。柚希の行きたい場所、俺の行きたい場所を交互に回るように店を見ていく。そうしていくと丁度お昼になった。
「ふぅ、大分歩いたね」
「あぁ、時間も良いし腹も減ったなぁ」
少し値段は高いけど近場のファミレスに行くか。値段の割には量も少なくて個人的には満足できないけど、女の子の柚希ならちょうどいいかもしれないな。そう思ってファミレスを提案しようとしたら先に柚希にこんな提案をされた。
「ねえカズ、空と一緒に良く行くラーメン屋に連れてってよ」
「え? 別にいいけど……服とか汁飛ぶかもしれないぞ?」
あそこは確かにリーズナブルで味もしっかりしているけど、ラーメンを食べると汁が飛ぶからその点が気になる。だからそう言ったのだけど、柚希は気にしないでと笑った。
「行ってみたい。それに……空との思い出を上書きしなくちゃ!」
張り合うように握り拳を作る柚希。
俺は少し考えたが、柚希がこう言うならいいかと考えラーメン屋に足を向けた。昼時ということもあり結構人が多い。店に入ると大柄の大将に声を掛けられた。
「お、いらっしゃい! なんだよ今日は可愛い子ちゃんを連れてるじゃねえか」
「だろ? 男くさい職場が華やかになるんじゃない?」
「へ、言ってろよ。お嬢ちゃん来てくれてサンキューな。空いてる席に座ってくれい!」
相変わらず元気な人だな大将は。
空いてる席に向い合せで座りメニューを見る中、ふと柚希と目が合った。
「ふふ♪」
視線が合っただけのこと、それだけなのに柚希は嬉しそうに笑みを浮かべる。俺も嬉しかったが少し恥ずかしくなってしまい、メニューに視線を落とした。
「……それじゃあ醤油ラーメンで」
「アタシは塩ラーメン」
「毎度!!」
店員さんに伝えて水を飲み一息入れる。
しかし不思議だな。空とこういう店にはしょっちゅう来るけど、今目の前に居るのは柚希である。それが何ともいえないくすぐったさを俺に感じさせる。
「このお店は初めてだけど、よく乃愛とラーメン屋には行くんだよ」
「え、そうなの?」
「うん。こってりしたものとか大好きだからさ。乃愛の方が友達とよく行ってるけど」
「そうなのか」
だからここに来る提案をしてくれたのかもしれないな。
「あの子最近は二丁目の激辛ラーメンハマってるらしいんだよね。唇真っ赤にして帰ってくることあるから」
「……あぁ。でもあのラーメン割とマジで味覚死ぬけど」
「行ったことあるの?」
「空と前にね」
「……ふ~ん、空とね」
あ、これはマズいかもしれない。
とりあえずもしまた思い出の上書きとか言い出してあそこに行こうって言ったら阻止しないと。あの辛さは本当にヤバいから、死んじゃうから。
「乃愛ちゃんそこも友達と?」
「ううん、洋介と。すっごい嫌がってるけど何だかんだ乃愛の誘いを断らないの」
「へぇ。男だな」
「うん。馬鹿だけどね」
あいつ乃愛ちゃんのことクソガキとか言ってたけど気に掛けてるんだな……案外もしかしたらもしかするのか? そう思い柚希と聞いたけどまだ乃愛ちゃんの一方通行らしい。どうやら洋介も空と同じで重度の鈍感のようだ。
暫く談笑しているとラーメンが運ばれてきた。
「いただきます」
「いただきます」
お互いに手を合わせてラーメンを啜り始める。
「美味しいね」
「でしょ。ほんと絶品だと思う。
どうやら柚希にも好評のようだ。
そうして食事を終え、これからカラオケでも行こうという話になり向かう中――俺たちの前にあいつが、できれば会いたくなかった奴が現れた。
「お、月島さんじゃん」
軽薄そうな笑みを浮かべて近づいてくるそいつはあの時柚希に無理やり迫っていた先輩だ。学校では遠目に見ることはあっても絡むことはなくて安心していたが……まさかこんなところで会うとは思わなかった。
「お前も居んのかよ」
先輩は俺にも視線を向けて邪魔だと言わんばかりに舌打ちをした。
めんどくさいことになりそうだな……俺は柚希を背に庇いながらそう思うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます