17

「今日は酷い目にあった……いや至福の時間?」


 ベッドに寝転がりながら思い返すのは今日のことだ。青葉さんとのやり取りに嫉妬したのか柚希が不満を露わにして、その罰として頭を胸に抱き抱えられるというシチュエーションを経験した。


 柚希からしたら罰のつもりだったのだろうけど俺からしたら……こう何と言うかご褒美ってやつだ。甘い香りと共に顔を両サイドから幸せの圧迫感とも言いますか、そんな感触を味わったひと時だった。


『またされたくなったら言ってね?』


 解放された時に茶目っ気全開でそんなことを言われたがどこまで本気なんだろうか。残っていた男子の恨みがましい視線は鬱陶しかったし、女子の興味津々な視線もそれはそれで辛かった。ただ一つ気になったのは、どうして空は気絶していたんだろうという疑問だ。青葉さんが自身の手を見つめていたけど……まさかね?


 柚希のことで忘れそうになっていたけど青葉さんが改めて怖いと認識した。青葉さんと二人で話していたら柚希が今日みたいになるのかもしれない、けれどあんな青葉さんを見てしまっては二人きりなんて怖くて絶対に嫌だ。次二人になったら物理的に首が取られそうで本当に怖いんだよな。


 その時のことを考えて思わず背筋が震えた。

 あまり考えていたくないとして一旦頭の隅に青葉さんのことは追いやる。そんな風にしているとスマホが震えた。電話ではなくメッセージで送ってきたのは柚希だ。


『今日はごめんね。なんか自分を抑えきれなくて、カズが凜に取られちゃうって思ったの』


 自分で言うのも何だけどその可能性は皆無だろう。俺は青葉さんのことは何も思ってないし、青葉さんが好きなのは空だと分かっているからだ。男として美少女にもし迫られでもしたら揺らぐかもしれないけどあの青葉さんを見てしまうとなぁ……うん、ないな。


『凜が空のことを好きなのは分かってるけど……それでもね』


 やっぱり嫉妬しちゃう、柚希はそう送ってきた。

 思えば何度だって柚希はこんな風に正直に言葉を俺にぶつけてくる。その度にドキドキすると同時に柚希の傍に居れることに喜びを感じるのだ。……認めよう、俺もたぶん……いや絶対に柚希のことが好きなんだろう。


「……なんだ、やっぱりそうだったのか」


 ずっと感じていた気持ちはやっぱり恋だったのかもしれない。不思議とそれを認識した瞬間スッと心に入ってきた感じがした。何時からだろう……それを考えようとして俺は頭を振った。たぶん明確な瞬間はなくて、柚希だからこそ俺は好きになったんだと思う。


『なあ柚希、連休楽しみにしてる。たくさん楽しもう』


 少し話題を変えてしまったがすぐにでも伝えておきたかった。メッセージを送ってすぐ、柚希から返事が返ってきた。


『うん! 本当に楽しみにしてる! あぁ早くカズとデートしたい!!』


 その文面から柚希の気持ちがダイレクトに伝わってくる気がする。自然と緩む頬を自覚しながら、俺も同じ気持ちだと送った。すると若干ではあったが返事が来る時間が遅くなった。かと思えばメッセージではなく電話が掛かってきた。


「もしもし、どうしたんだ?」

『あ、うん……本当にカズが返事をしてるのかなって』


 えっと、つまり素直に返事をしたのが俺らしくなかったってことなのか。まあ確かにこんな風にストレートに返事をしたことは今までにあまりなかったかもしれないな。


「俺だって素直になる日もあるんだ。こうして今、柚希の声が聞けるのも凄く嬉しいよ」


 ドドドと何かが崩れるような、或いは落ちるような音が電話越しに響く。思わずスマホを耳から離してしまったが何かあったのか? 少し不安になってしまい思わず焦った。


「何かあったのか? 大丈夫か?」

『だ、大丈夫!! あ、あのね……その……ビックリしちゃって』

「ビックリ?」

『うん……今日のカズ、いつもより積極的な気がしてさ』


 積極的、そう言われて何となく理解した。今までと何が違うのか自分では分からないけど、柚希がそう思うのならたぶんいつもと違うんだろうな。


「まあ放課後にあんな経験したら少しはね」

『あ、あれは本当に申し訳ないといいますか……あのぅ……』

「男からしたらご褒美以外の何者でもないけど」


 何度も言うけどあれは確実に男からしたらご褒美だよ。たぶん異論を言うやつは居ないと思う。そう伝えると、柚希も同じだと返事をしてきた。


『ご褒美ならアタシもだよ。だってあんなに近い距離でカズを感じれたんだよ? 体の奥から温かくなるような幸せ、何度だってしたいって思ったもん』

「……さよか」


 いや、人に積極的になったと言うけど柚希も大概だと思うけどな。というか今の柚希が口にした言葉ちょっと危ない表現に聞こえるけど大丈夫か? どうやら本人は気にしてないようだしこちらから聞くのもやめておこう。


『あ、そうだ。それでね――うん? どうしたの?』


 どうやら電話の向こうで誰かが柚希に話しかけたみたいだ。ごめんと一つ謝り、柚希は電話先で誰かと話をする。そして――。


『ちょっとお母さん呼んでるみたいだから降りてくる。その間乃愛が相手するって』

「へ?」


 それだけ言って柚希はどうやらお母さんの所向かったようだ。代わりにこの前聞いた声が俺の鼓膜を震わせる。


『は~いお兄さん。乃愛ちゃんですよ。お久しぶり』

「久しぶり……ってほどじゃないと思うけど」

『お兄さんそこは乗ろうよ。まあお姉ちゃんじゃないからテンション上がらないのも分かるけど』


 そんなつもりはなかったけど乃愛ちゃんにはそう聞こえたのかな。


「そうだね。でもすぐに戻ってくるんだろ? それくらい我慢できるさ」

『……何か思った反応と違う。ねえお兄さん、やっぱり学校で何かあったの?』

「何とは?」


 それがと前置きして乃愛ちゃんが教えてくれた。


『今日お姉ちゃん帰って来てからおかしいんだよ。何かを思い出す様にうへうへ笑い出すし、おっぱい触って大きくて良かったとかいきなり言い出すし』

「へ、へぇ……」

『お姉ちゃんがおかしいのは今に始まったことじゃないけど私の前でおっぱい大きくて良かったは嫌味? 割とマジでもいでやろうかと思ったんだけど』


 乃愛ちゃんの声のトーンがマジだった。

 確かに柚希の妹である乃愛ちゃんのは大きいとは言えない……むしろ絶壁?


『お兄さん何か失礼なこと考えてない?』

「何のことかな」


 この姉妹は本当に勘が鋭すぎて恐ろしいな。


『……はぁ。同じ姉妹なのにこの差は何なんだろう。お姉ちゃんFもあるんだったら半分寄こしてくれてもいいと思わない?』

「それを俺に言われてもなぁ」


 男なので胸の話は割と好物だけどそれは同性とのトークだからこそいいわけで、女子と話すのは若干まだ難易度が高いぞ。


『あ、お姉ちゃん帰ってきた』


 バタバタと走る音が聞こえて乃愛ちゃんの代わりに柚希の声が入ってきた。


『お待たせ! 乃愛が何か変なこと言ってないよね?』

「……言ってないよ」

『言ってないよ別に。ただお姉ちゃんが変な笑い方してたのとFカップだってのを言ったくらいだもん』


 乃愛ちゃん、俺はちゃんと誤魔化したんだけどな!!


『はぁ!? こら乃愛!!』

『あははは! それじゃあお兄さんまたね~!』


 ドタドタガチャン、どうやら去ったみたいだ。


『全くあの子は……カズ? 言いふらさないでね?』

「言わないよ!」


 今日一番の声を出した気がする。

 いくら妹が発端とはいえこんな話を俺が聞いてしまったのだから柚希は……っと少し不安に思ったけど電話先でクスクスと笑い声が聞こえる。


『まあ別に胸のサイズくらいどうでもいいけどさ。もちろん他の人に教えるつもりとかないけどね。それに……もしかしたらその内、知っちゃうことにもなるかもしれないし?』

「……………」

『あ、あはは……ごめん今の無しで』


 今日の電話は何かと刺激が強い気がする。

 それから話題を変えて柚希とたくさん話をした。お互い連休を楽しみに待ちつつ、学校でもたくさん話をしようということで落ち着いた。





 そして連休を迎えることとなるのだが……まさかあいつと顔を合わせることになるとは思わなかった。

 

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