16
「もうすぐ大型連休に入るわけだが、あまりハメを外し過ぎるなよ? 後連休後にお楽しみのテストもあるから勉強も怠らないように」
『えぇ~~!!』
担任の言葉にクラス中が悲鳴に包まれた。といってもテストとはいえ毎年この時期にある定期テストだから特におかしなことではない。一つ確かなことはみんなテストが嫌いだということだ。
「めんどくせぇ」
「空君、しっかり勉強するんですよ?」
ぼやく空を青葉さんが諭すように声を掛けていた。
その様子を後ろから眺めていた俺に柚希が話しかけてくる。
「テストか。カズは自信ある?」
「可もなく不可もなくってところかなぁ」
赤点取るほど酷いわけでもなく、かといって成績上位に入れるかと言われればそんなことはない。いつも中間より若干上の順位に位置している。まあザ・普通って感じだ。
「そっか……う~ん」
俺の返事を聞いた柚希は顎に手を当てて考えに耽る。
担任のありがたくも長い話が終わり放課後に突入だ。各々が帰り支度をする中、何かをずっと考えていた柚希がこんな提案をしてきた。
「ねえカズ、連休にデートする約束したけどさ。勉強も一緒にしない?」
「……勉強か」
柚希の提案を聞いて俺は特に断るつもりもなかったため頷いた。連休の過ごし方としては遊んだり、或いはゆっくり過ごしたいと思うのも確かだが、少しでも長く柚希と一緒に居たいと思ったからだ。
「やった! これでもっとカズと一緒に居られるね」
心の底から嬉しそうに笑ってくれるその笑顔に俺も釣られてしまう。
「だな。俺も柚希と一緒に居られて嬉しいよ」
「……あ」
自分から恥ずかしい台詞はバンバン口に出すのに、いざ俺からこう言うと柚希は照れて顔を伏せる。普段の押しの強さから一転しての可愛らしいギャップだ。
「おぉ……今日の三城君は攻めますね」
攻める……か。
別にそんなつもりはなかったけど、柚希と過ごしていると俺もある程度は恥ずかしい言葉も言えるようになったと思う。普段の柚希と共に過ごしていたらある程度の羞恥心は彼方に飛んでいくようなものだから。
「あ、そうだ。三城君少しいいですか?」
「? あぁ」
ちょいちょいと手招きをされて教室の隅に俺と青葉さんは移動した。
最近になって青葉さんとよく話す様にはなったけどこんな風に誘われることはなかった。そのせいかまだクラスに残っている連中が物珍しそうにこちらを見てくる……後気のせいかな、一つ物凄い圧を感じる視線があるのも気づいてしまった。
「えっとですね……」
青葉さんはこの視線に気づいてないようだ……なんかこう背中に針が付き立てられているような感覚なんだが。とはいえ大切な友人でもある青葉さんだからこそ無下にするわけにもいかない。こうして俺を呼んで彼女は何を口にするのか、それはある意味で俺の度肝を抜くモノだった。
「どうすれば空君を私のモノにできますかね」
「……おや?」
……えっと、青葉さんは一体何を言っているのだろうか。いや言っている意味自体は分かるんだけどちょっと理解が追い付かないと言いますか。
たぶん今の俺の表情は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているはずだ。しかし青葉さんの表情はとても真剣なもので俺たちの間に何とも言えない空気が流れる。
「……あのさ、モノにするってのは具体的にどういう――」
「空君を私から離れられないように調きょ……コホン、躾け……コホンコホン」
「おーけい分かった。ちょっと黙ってね青葉さん」
やばい、常々僅かに思っていたことだけど……青葉さんってもしかしたらヤバい奴なのかもしれない。女性特有の可愛らしい声から発せられる不気味な言葉の数々、しかも青葉さん気づいているかな――アンタ今瞳孔開いてたぜ?
「同じ男性として三城君の意見を聞きたいんですよ。洋介君や蓮君は距離が近すぎて参考になりませんから」
「……………」
この空気の中でアンタに具体的なアドバイスができるやつっているのかよ。チラッと視線を空に向けると、あいつは相変わらず眠そうな目で珍しそうに俺たちを見ている……はぁ殴りてえ。
……ダメだ、逃げるが勝ち! ということで俺は逃げるぞおおおおおお!!
「えっと俺今からちと用事が――」
「何もないですよね?」
ガシっと腕を掴まれた。力任せに引き抜いてやろうと思ったが思いの外力が強い……あれ? 強いどころじゃない全然外せないんだが!?
「どうして逃げようとするんです? ねえ三城君?」
「……はひ」
首を傾げながら距離を詰めてくる青葉さん。柚希もそうだけど何で女の子ってこんなにいい匂いがするんだろうか……うん、これはただの現実逃避だ。美少女に迫られているとかそんな甘いもんじゃない、俺には目の前の女が死神にしか見えないぞ。
「……あの……青葉さん?」
「なんですか~?」
間延びするような声とは裏腹に真っ黒に染まった眼が俺をロックオンして離さない。やばい、怖すぎる。誰か助けて。そんな俺の願いが通じたのか間に割って入る影があった。
「やめなさい凛!!」
あ、救世主が。
間に割って入ったのは柚希だ。彼女は俺を庇うように青葉さんを睨みつける。その顔はまるで猫のように威嚇しているようにも見えた。
「柚希、私はただ参考を聞きたくてですね」
「それなら別に手を繋ぐ必要ないじゃん」
いや、手は繋いでなかったけどね。アレは繋ぐという表現よりもっと恐ろしいモノだ。むすっと不満ありありの表情の柚希は青葉さんから視線を外す。こちらに振り向いてぷくっと頬を膨らませるその様子は私不満ですと言っているようなものだ。
「柚希?」
「……悔しい」
「え?」
自分の額を俺の胸にコトンと柚希が置いてきた。距離は限りなく零で心拍が一気に上がった気がするが、柚希はその状態で言葉を続ける。
「分かってるよ。今のがそういうのじゃないってことくらい……でもさ。カズが他の子と近い距離に居るのは嫌。ごめんね我儘で……ごめんね嫉妬しちゃって。でも嫌になっちゃったから……」
そう言って顔を上げた柚希の顔は……笑っていた。
先ほどまでの真剣なトーンが嘘のようにカラカラと笑う彼女の様子に俺も肩の力が抜けた。
「あはは、まあそのくらいアタシにとってカズは大きな存在なの。我儘なのも嫉妬しちゃうのもカズだけ……えへへ、ちょっと焦った?」
「……それはまあな」
少しだけいつもより違う様子だったから焦ったのは本当だ。思わずここがまだ教室でクラスメイトが残っているのを忘れるくらいには柚希のことしか考えていなかったほどだ。
柚希の笑顔を見たせいか妙に体から力が抜ける……あ、青葉さんが空に頭を叩かれてる。先ほどまでの空気が払拭されて大きな溜息を一つ、そして――かくっと足の力が抜けた。
「あ……」
「カズ!?」
そのまま倒れるかと思ったが、前に柚希が居たおかげで事なきを得た。ただ……ちょっと体勢がマズかった。何故なら今の俺は少し膝を折った状態で柚希にもたれかかってる……すなわち、丁度身長が落ちて頭の位置が柚希の胸の辺りにあるわけだ。
踏ん張った俺もそうだが、柚希は柚希で俺を抱き留めるように支えている。
「……あの」
もそもそと声を出してしまい柚希の体がビクッと震える。だが柚希が俺の頭を抱き抱えるような形なので離れられない。
「よし」
小さくそんな声が頭上から聞こえ、柚希は丁度傍にあった椅子に座った――俺の頭を抱えたまま。
「アタシを嫉妬させた罰はハグの刑ね。被告人は暫くこうしてるように」
「ちょっと!?」
柚希は片手で俺を固定し、空いた片手で優しく頭を撫でてくる。
優しい手つき、顔に感じる温もりと柔らかさ……なんだろう、このまま死んでもいい気さえしてくるのはマズいよな。
「男の子ってこういうの好きでしょ。大きいと尚更さ」
「……否定はしない」
「うふふ~♪」
あ、更に強く身を寄せられた……あの、少し息がヤバいんだが。
「はっ!? これですよ! ほら空君! 空君もあんな風に私の胸に! カモンカモン!」
「いやお前そこまでないじゃん」
「……(ピキッ)」
何らかのやり取りの後大きな悲鳴が聞こえたが俺はそれどころじゃなかった。
「幸せだなぁ。ずっとこうして居たい」
「……………」
天国と地獄、それを両方味わったひと時でしたとさ。
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