13

「ふふ、早とちりしてごめんなさい。えっと……月島さん?」

「いえいえ。アタシこそいきなりお邪魔して申し訳ありませんでした!」


 あの後のことだ。

 現れた女性というのはアタシの予想した通りカズのお母さんだった。気持ちよさそうに眠っているカズの邪魔にならないようにと場所をリビングに移し、アタシとカズのお母さんは向かい合っていた。相手がカズのお母さんということで過去一緊張している気がするけど、アタシはそこで首を傾げた。まだアタシは名乗っていないのにどうして名字を知っていたんだろう……。

 アタシの疑問を感じ取ったのかこう教えてくれた。


「あぁそうね。どうして知っているのか、それは和人がよく話をしてくれたからなの」

「カズが……?」


 カズがアタシの話を……たぶん今の私は無意識に前のめりになっているはずだ。それくらいカズがアタシのことを家族の人にどんな風に話しているのか気になったのだ。


「その前に自己紹介しようかしら。私は三城みしろ雪菜ゆきな、よろしくね?」

「あ、はい! 月島柚希です。よろしくお願いします!」


 声が大きすぎたかな、でもカズのお母さん……雪菜さんは気にした素振りはなくクスクスと笑っていた。ちょっと恥ずかしくなってアタシは下を向いてしまう。


「可愛い子ね。えっとね、どうして月島さん……柚希ちゃんでいい?」

「大丈夫です」

「ありがとう。それでどうして知っているかと言うとね、和人が言っていたのよ。月島さんって言うクラスで一番仲の良い子が居るってね」

「……そうだったんですか」


 一番仲が良い……そうカズが思ってくれていたことが素直に嬉しかった。もちろんアタシとしてもこれまでカズと過ごしてきた時間が嘘だったとは思っていない。アタシがカズのことを大好きなように……その、カズもアタシのことを少なからず想ってくれていることも分かるんだ。


「和人の様子から女の子かなって思ってたけど、こんなに可愛くて優しい子だったとはね。あの子も隅に置けないわ」

「そんな……アタシはただカズを……うぅ」


 あぁ駄目だ。頭が沸騰しそうなくらい熱い、考えが纏まらないよ……。

 でも……顔を上げると目の前に居るのは当然雪菜さんだ。私がまだまだ子どもって言うのもあるんだと思うけど、私を見る目はどこまでも優しかった。……あぁなるほどと理解する。雰囲気でもそうだしカズのことを話すときもそうだったけど、この人は心の底からカズのことを愛しているんだ。こんなお母さんだから、カズもあんな風にお母さんのことを大切に想っているんだろう。

 もちろんアタシだって自分の家族のことは愛している……だからこそ、この家族という繋がりの大きさが良く分かる。


「あの子の親としては少しだけ踏み込んだことも聞きたいけど、大人が口出しするようなことじゃないものね」

「……雪菜さんたぶん分かってますよね?」

「さぁどうかしら」


 たぶん雪菜さんは分かっているはず、アタシがカズのことを好きだってこと。それでも敢えて言わないのは結局の所どんな関係性に落ち着くかはアタシたち次第というわけだ。

 ……よしっと、アタシは心の中で気合を入れた。


「雪菜さん、アタシ頑張ります!」

「……ふふ、頑張ってね」


 頑張る、だから覚悟してよねカズ!

 ……っていう風に頑張りますって口にするということは完全に宣言したようなものじゃないか。アタシは誤魔化す様に出された紅茶を口に運ぶ。その間も雪菜さんはアタシを見つめていて余計に恥ずかしくなったのは至極当たり前のことだった。








「……あぁ~」


 窓から覗く夕日に目が覚めた。

 目覚めはとても良くて体も凄く楽になっている……そう言えば柚希が夢に出てきたような。そこまで考えて俺はハッとした。


「いや夢じゃないだろ。柚希来てたじゃん」


 柚希のことを考えると一気に覚醒する頭、昼に柚希がお粥を作ってくれたことも全部思い出した。眠る直前柚希が手を握ってくれていたけど今は居ない……帰ったのかな? そう思ってリビングに降りると楽しそうな話声が聞こえた。

 扉を開けると机を挟んで柚希と母さんが話をしていた。俺に気づいた柚希が駆け寄ってきて、そんな柚希を母さんがあらあらと口元に手を当てて微笑んでいる……?


「カズ、体調はもういいの?」

「あ、あぁ……すこぶる良好だけど」


 良かったと口にして手を握ってくる柚希に愛おしさを抱く一方で、母さんの目の前だということに何とも言えない恥ずかしさがある。


「母さん帰ってたんだ」

「和人が心配だったから早めに上がらせてもらったのよ。でも柚希ちゃんが居たから心配はなかったわね」


 柚希ちゃん?


「アタシもビックリしちゃった。でも雪菜さんとも仲良くなれたし最高の時間だったよ」


 雪菜さん……?

 え、何……二人ともいつの間にそんな親しくなったんだ? 困惑する俺を他所に柚希はふと時計を見て「あっ」と声を漏らした。


「そろそろ帰らないとかな」


 夕日が見えるということはもう夕方ということだ。少しだけ残念に思いながらも鞄を持った柚希と一緒に玄関に向かう。


「カズ、今日は大丈夫だよ。また一緒に帰ろうね?」


 送っていくと言ったけど柚希にそう言われてしまった。確かについさっきまで寝込んでいたから仕方ないか……けど、心配になる気持ちも分かってほしい。


「それでも突き当りまで送っていくよ。それくらいはさせて」

「……分かった。それじゃあお願いするね」


 靴を履き替えていると同じく見送りに来ていた母さんも柚希に声を掛けた。


「柚希ちゃん今日はありがとう。今度は是非普通に遊びに来てね?」

「はい! もちろんです! カズも……いい? また来ても」


 不安そうなその問いかけに俺はすぐに頷いた。


「もちろんだ。だからまた来てほしい」

「うん! 絶対に来るからね!」


 で心の底から嬉しそうに柚希は笑った。

 それから柚希と一緒に家を出て、約束の突き当りまで手を繋いで歩いていく。別れ際、俺は今日何度目になるか分からないお礼を柚希に伝える。


「今日は本当にありがとう。会えないって思ってたけど、柚希に会えて凄く嬉しかったよ」

「あ……ねえカズ、もしかしてまだ熱ある?」

「……なんで?」

「ううん何でもない……ふふ、アタシもカズに会えて良かった!」


 また明日学校で会おう、そう約束をして俺たちは別れた。

 これで湯冷めとか寝冷えしてまた明日休むようなことになったら柚希に怒られそうだ。今日は万全を期して眠りに就くことにしよう。


「……けど、少し大胆だったかな」


 柚希の不安そうな表情を見たからとはいえ、自分からまた家に来てほしいって言うのは大胆だったかな。でも柚希が喜んでくれたのなら良かった。

 さっきまで傍に居た柚希の笑顔と、手の中に残る感触と温もり、それを感じながら俺もまた家に戻るのだった。


「柚希ちゃん良い子ね」

「うん。本当にそう思うよ」


 現代において同級生だからと見舞いに来る子なんてそうそう居ないだろう。


「……………」


 今日の出来事、困惑することが多かったのは確かだった。けど改めて俺の中で柚希という存在が大きくなった日でもあった。

 スマホを手に持って改めて今日のお礼を伝えておく。


『今日は本当にありがとう』


 そう送って少し、本当に数十秒後にスマホが震え、俺はビックリした後笑みを零すのだった。

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