14
翌日のこと、教室に入った俺は変な視線を浴びた。
「……?」
男子と女子がこちらを見てヒソヒソと話をしていたのだ。何だ? 昨日俺が休んでいる間に誰か変な噂でも流したのだろうか? 少しばかり不安になりながらも席に着いた。変わらず見てくるその視線に煩わしさを感じていた時だった。一人の男子が近づいてきた。
「なあ三城ちょっといいか?」
その男子……確か田中だ。普段話もしないクラスメイトが何の用なのか、田中は周りの目を気にしながら口を開いた。
「昨日風邪で休んだって話だけど……月島さんが見舞いに行ったのか?」
「……………」
何だそのことかって思ったけど少し考えてみる。
確かに昨日柚希は昼から家に来て見舞いをしてくれた。あのことはとても助かったし何度だってお礼を言いたいくらいだ……でも、馬鹿正直に答えることでもない気がする。たぶん今こうしてこちらをチラチラと見ているのは妙な勘繰りがあるからか、柚希に変な噂が立っても悪いよな。
さてどう誤魔化すか、そう思っていた時だった――柚希たちがクラスに入ってきた。
相変わらず空が一番に抜け、それを追いかけるように青葉さんも抜け出す。そして柚希は俺を見つけて空を追い抜く勢いで駆け寄ってきた。
「良かった。今日はちゃんと来てくれた」
「あ、あぁ……」
柚希は田中のことが目に入ってないのか俺をずっと見つめていた。
「本当に良かったよ。カズが居ないと寂しいから――」
「月島さん!」
柚希の言葉を遮るように田中が口を挟んだ。そこそこに声が大きかったのでうるさいなと思いつつ柚希の顔を見てみると……うん、ちょっとイラついたのか目付きがヤバかった。空と青葉さんはやっちまったなって顔してるし、洋介はさっと顔を逸らしたくらいだ。
「月島さん、昨日は三城のとこに見舞いに行ったの? わざわざ早退までしてさ」
ド直球に聞くんだな……。
俺はどう誤魔化そうか悩んでいたこの話題だったが、柚希はあっさりと認めた。
「そうだよ。カズが心配だったからお見舞いに行ったの。それで?」
首を傾げるように問いかける柚希に田中は勢いを失くしたのか口ごもる。柚希は興味を失くしたのか田中から視線を外して自分の席に座り、いつものポジションと言わんばかりにググっと距離を詰めてきた。
「昨日はお粥作ってあげたけどさ。やっぱりもっと凝った物作ってあげたかったよ」
「美味しかったよ本当に。じゃあさ、また別の機会に――」
「約束だよ? 絶対にご馳走するからね♪」
食い気味に取り付けられた約束に思わず苦笑が漏れた。
柚希もそうだろうけど、俺も一瞬田中の存在を忘れてしまっていた。だからこそ、ボソッと呟かれたその言葉は不意打ちでありスッと耳に入ってきた。
「……なんで月島さんがそんなことまでやるんだよ。なんでこいつなんかに」
……今になって咄嗟に思い出したけど、前に田中って柚希に告白したことがなかったっけ。一年の時だったはずだ……たぶん間違ってないと思う。
それを思い出して田中の顔を見た時、彼は俺を睨んでいた。いや、そんな顔を向けられても困るんだけどな。朝からめんどくさいことになりそうだと思ったその時、田中に視線を向けて柚希が口を開いた。
「別にアタシが何をしてもアンタには関係ないよね?」
笑顔での問いかけだ……ただ、確かに笑顔だが目が笑っていなかった。
「暴君現る――」
「……(ギロリ)」
「っ!(スッ)」
ボソッと呟いた空を黙らせる眼力……若干見えたけど怖かった。
空がこんな風に……あぁ青葉さんもだったわ。二人を黙らせた雰囲気に田中が何も反応しないはずがないわけで、空から田中に柚希が視線を向けた時ビクッと震えていた。
「失礼しました~!!」
田中、撤退する。
それから柚希が周りを見ると視線が合いそうになった人がどんどん視線を逸らしていく。いつの間にか俺を見てヒソヒソと話をする人はいなくなっていた。
「よし、これで大丈夫」
……もしかしたら柚希は教室の空気に気づいていたのかもしれない。だからそれを払拭するためにあえてあそこまでハッキリと口にしたのかもしれない。
「柚希」
「なあに?」
先ほどまで浮かべていた表情とは一転して笑みを浮かべてこちらに視線を向ける。やはりこの表情の方が柚希には似合ってるし可愛いな、なんてことを思いながら聞いてみた。
「良かったのか? 見舞いとはいえ俺の家に来たことを言ってさ」
「? どうしてダメなの?」
「どうしてってそれは――」
「アタシはカズのことが心配だったからお見舞いに行った。……まあお家に行けるって打算はあったけど、心配だったのは嘘じゃないよ? 大切な
……何と言うか、変に考えてすぎていたのが馬鹿らしくなってくる。
そうだ、柚希って女の子はこういう子だった。思わず苦笑した俺に柚希は首を傾げたが、俺は改めて彼女に向かい合って昨日のお礼を口にした。
「改めて、昨日はありがとな柚希。助かったし嬉しかった……幸せな時間だった」
うん、幸せな時間だった。
大半を寝て過ごしたのは間違いないけど、柚希が俺にしてくれたことはしっかりと覚えているし感謝の念は絶えない。昨日にお礼はし尽くしたようなものだけど、改めてこの気持ちを伝えておきたかった。
「うん! アタシも同じだった。本当に素敵な時間だったよ」
そうしていつもみたいに両手で俺の掌を包み込む。教室だというのにもう特に恥ずかしさとかはない、けどよくよく考えたら柚希ってこうやって手を握るのよくあるよな。
「柚希ってさ、よくこうやって手を握るよな」
「うん。って言ってもカズくらいだよ? なんでかな……単純にこうやるのが好きなんだと思う」
視線を下に向けて柚希は繋がれた手を見つめ始めた。
とりあえず右手を柚希の好きにさせつつ俺は空に視線を向けた。ビビり顔から困った者を見る目に変わっていたが、俺と視線が合うとすぐに口を開いた。
「昨日は災難だったな。やっぱあの時に雨がマズかったか?」
「たぶんね」
空の言う通りおそらく土曜日の雨が原因だろうか、いつもは雨に濡れた程度では風邪に罹ることはそうそうないけどあの日はたぶん運が悪かったのだろう。
そして青葉さんも俺たちの話に参加してきた。
「ふふ、でも柚希が幸せそうで何よりでした。昨日の夜二人でやり取りをしたんですけど、本当に嬉しそうに話してるんですもん。何度切りたくなったことか」
「……ほお」
その時のことを思い出してか若干顔が怖い……。
「親友で幼馴染の子が幸せなのは大いに構いません、私としてもとても嬉しいことです。ですが、同じ話を何度もされると流石に私もめんどくさいなって思いますよ」
おぉ、今日はハッキリ言うんだな青葉さんは。
「凛、一応柚希の前だから……」
「大丈夫ですよ。ほら」
そう言って青葉さんは柚希を指さした。何だと思って俺と空も続くように柚希に視線を向けた……すると。
「……うふふ……幸せだなぁ」
にへらとあまり人には見せられない表情で、にぎにぎと俺の手を握りながら柚希は一人呟いていた。どうやら青葉さんの話は耳に入っていないようで、ずっと繋がれた俺と柚希自身の手を見つめていたようだ。
「ここまで来ると個人的にはナニをしたのか気になりますね」
「ちょっと発音がおかしくない? てか本当に何もなかったよ。俺ほぼ寝てたし」
「ふむ……しかし熱があったとしても柚希は襲い掛かりたくなるほどの子でしょう? その辺り1ミリもそんなこと思いませんでしたか?」
「……………」
「大丈夫です三城君、それが普通の反応なんですから胸を張りましょう」
「いやお前は一体何様のつもりなんだよ」
「いたい!」
パシンと青葉さんの頭を空が叩いた。
というかあれだね、君たち最近特に仲が良くなったよね。これはもしかしてもしかするのかな? 青葉さんに視線を向けてみると、彼女は俺の考えを読み取ったのか首を振る。
「どうしたんだ?」
「……何でもありません。私の方は大変ですよ三城君」
「……頑張ってくれ青葉さん」
「ありがとうございます。必ず堕とします」
「??」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべる空……何だろうな、このまま変わらないで居てほしいって気持ちもある……あ、青葉さんの空を見る目が怖くなった。これは本当にその内青葉さんに分からせられるんじゃなかろうか。
その後は俺が登校してきた空気など最初からなかったんじゃないかってくらい穏やかな時間になった。ただ先生が来るその時まで柚希はというと……。
「……えへへ」
ずっと俺の手を握っていましたとさ。
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