12

「……まずい、頭がボーっとする」


 頭がボーっとして倦怠感を感じるこの感覚……間違いない風邪だ。原因の心当たりがあると言えばあるけど……まああれだろうな。土曜日に空と出掛けた日の帰りのこと、突然雨が降って来て傘もなかったから思った以上にびしょ濡れになった。日曜に若干鼻がムズムズしてたし……うん、これは風邪ですね。

 体温を測ったところ微熱とは言えないくらいに高かったから母さんに言って今日学校は休むことにした。個人的には会いたい人……コホン、友達に会えないのは寂しいけど我慢だ。


「それじゃあ和人、私は仕事に行ってくるから安静にね」

「分かったよ。いってらっしゃい」

「行ってきます」


 あまり母さんに気を遣わせるのも嫌だから気を付けてたんだけどな……ま、仕方ないか。

 母さんを見送った俺は軽めに朝食を食べ、スポーツドリンクを持って部屋に戻る。再び布団に包まって天井をジッと見つめていると段々と眠くなってきた。どうか次に目が覚めた時には楽になっていますように……そんなことを考えながら俺は眠りに就くのだった。

 それから俺が目を覚ましたのはちょうど昼前、腹が空いたのもあったし寝汗が気持ち悪かったのもある。ただ倦怠感に関しては大分マシになっており、熱も測ってみたら微熱より少し低い程度になっていて安心した。これならもしかしたら明日には学校にも行けるかもしれない。


「っと飯飯。つっても作るのめんどいし無難にカップラーメンでいいか」


 風邪の日にカップラーメンは怒られそう……けどめんどくさいから仕方ない。

 リビングに向かってお湯を沸かし、カレー味のカップラーメンにお湯を入れようとした正にその時だった。ピンポンとインターホンが鳴ったのは。


「こんな時間に客? 誰だ?」


 真昼間に来る客に見当はなく首を傾げる。考えられるとしたら宅配か……でも俺は何も頼んでないし母さんからも何も聞いていない。ならばご近所さん? そうも考えたけど……う~んまあ出れば分かることだな。

 別にクラスメイトに今の姿を見せるわけでもない、パジャマで髪の毛はボサボサだけど俺は気にせずに玄関を開けた――そして絶句した。


「あ、よかったちゃんといたね。カズ、体調は大丈夫?」


 今この場で絶対に居ないであろう柚希が目の前に居た。彼女は俺の姿を目にすると嬉しそうに微笑んだのも一瞬、すぐに心配するような目になった。とはいえ、俺としてはどうして柚希がここに居るのかが疑問……だって今日は学校のはずだし。


「えっと……なんで柚希がここに?」


 そう口にすると柚希は一枚のメモを取り出して見せてくれた。見覚えのある字と共に地図が書いてあって……これは空の字だな。


「地図を空が書いてくれてね。それでお見舞いに来たの」

「……それは嬉しいけど学校は?」


 ……正直柚希のことはよく分かってる。たぶんだけど見舞いのために早退でもして来てくれたのだと思う。こうして今日会えないと思っていた彼女の顔を見れたことは嬉しいけど、もしここに居る理由がそうだとしたら申し訳ない気持ちになってしまう。


「気にしないで……ってそうだよね。カズからしたら負い目を感じちゃうかもしれない。でもアタシが我慢できなかったの。それに……今ちょっと嬉しい」

「嬉しい?」

「こんな形だけどカズの家に来ることが出来たし……それに、普段は見れない素のカズが見れてさ」

「……っ」


 柚希に対する申し訳なさはある。でもそれを吹き飛ばしてしまうくらいに柚希の言葉は嬉しかった。とはいえその気持ちを忘れるつもりはない、いずれ別の形でお返しをしよう。

 ……でもさ、この場合はどうしたらいい? 知り合いの女子が家に来た経験がないからどうすればいいか分からないし、しかも一応風邪をひいた身だからうつしてしまう可能性も無きにしも非ず。


「ちなみに柚希、帰るつもりは――」


 そう言いかけて後悔した。絶望したかのように表情を暗くさせた彼女を見て俺は考えを改めた。咄嗟に玄関に置いてあったマスクを装着して柚希を家に招き入れる……これでいいかな。


「とりあえず入って?」

「うん! お邪魔します!」


 途端に笑顔になった柚希に思わず俺も笑みが零れる。

 興味津々に辺りを見回す柚希を連れてリビングに向かい、俺はカップラーメンにお湯を入れようとして柚希に止められた。


「ねえカズ、それは何?」


 柚希の指さす先にあるのはこれから食べようと思っていたカップラーメンだ。


「何ってカップラーメン、俺の昼飯だけど」


 そう言った刹那柚希にカップラーメンを取り上げられた。困惑する俺を見つめながら、柚希はとてもいい笑顔になって口を開く。


「お粥作ってあげる。台所借りてもいい?」

「……どうぞ」


 笑顔、とはいえ威圧感のあるその笑顔に俺は抗えなかった。

 それからテキパキと用意を始めた柚希、暫くして出来上がったお粥に俺はおぉっと声を漏らす。普段お粥なんて食べる機会はないからこその反応でもあるし、柚希が初めて作ってくれた物でもあるからだ。もっと凝った物を食べたい、なんて思いもあったが作ってくれたその優しさに優劣はない。


「いただきます」

「どうぞ、って本当に普通のお粥だからね?」


 スプーンに乗せて口に運ぶ……うん、確かにただのお粥だ。特別な味付けをしているわけでもない本当に何の変哲もないお粥、でも心が温まる不思議な感覚があるのも確かだ。作ってくれた彼女の優しさが込められているような……一つ言えることは、俺は今とても幸せだということだ。


「ありがとう柚希。君の優しさが身に染みる気がする……本当にありがとう」

「カズ……うん! どういたしまして」


 柚希に見つめられながら食べ終え、食器を洗ってくれている彼女の後姿を見ながら物思いに耽る。気になる女の子は家に居て、そして今自分の使っていた食器を洗っているこのシチュエーション……うん、控えめに言って最高だな!

 変にまた体温が上がりそうな気がしないでもないが、今の俺の調子はすこぶる良好である。


「……おっと」


 お腹が膨れたのと合わせて柚希が家に来た緊張もある程度解れたのだろうか、気を抜けば眠りに落ちてしまいそうだった。コクリコクリと頭を揺らす中、洗い物を終えたのか柚希が傍に来ていた。


「眠たい?」

「……少しな」


 耳元で聞こえた声に頷いて答える。


「お部屋に連れてくよ。ほら、もう少し頑張って」


 必要はないけど柚希に支えられる形で部屋に向かう。

 あまりの眠さに考えが及んでいないが、少し前に片付けをしていたので見られて笑われるようなモノは何もない。

 ベッドに横になって天井を見上げていると、柚希がこちらを覗き込みながら布団を掛けてくれた。


「……本当にありがとな。このお礼は必ずするよ」

「えへへ、じゃあその時を楽しみにしてる」

「あぁ。……柚希はもう帰るか?」

「迷惑じゃないなら夕方くらいまで居てもいい? やっぱり少し不安なの」


 ……その優しさが今の俺には効くよ本当に。迷惑なんて思うものか、むしろ俺が迷惑を掛けている側なのだから。


「ありがとう。やっぱり柚希は優しいよ……そういう所が……好き……なんだよな」

「あ……」


 やばい、凄く眠たい。

 何かを口走った気もするけど、今はこの眠気に身を委ねるとしよう。手を握ってくれる柚希の温もりを感じながら、俺は再び眠りに就くのだった。








 月曜日、カズに会えるのをずっと心待ちにしていた。

 いつもはアタシより先に来ているはずなのに今日に限ってカズは来ていなかった。こんな日もあるんだ、なんて思っていたけど朝礼が始まっても登校してこないことにアタシは本当にソワソワしていたと思う。


『三城は風邪でお休みだからそのように』


 そう先生に言われアタシはガツンと頭を殴られた気分だった。

 風邪くらいでオーバーな、そう思われるかもしれないけど会えると思っていた人に会えないというのは思いの外重く圧し掛かるモノだと知った。

 授業に身は入らなくてずっとアタシはカズのことを考えていた。それは空たちにも分かっていたらしく笑われたけど……アタシの頭の中からカズが離れて消えなかった。お昼に差し掛かる時、昼休みに入った時にふと凛が言葉を零した。


『それなら今からお見舞いに行けばいいじゃないですか。先生には上手く言っておきますよ?』


 たぶん本気ではなかったと思う。でもアタシは瞬時にそれだ! って思って荷物を纏めたのだ。最初は冗談だと慌てていた凛だったけど、最後にはアタシの味方になってくれて先生への言い訳は任せてくれと言っていた。具体的にどうするのかは聞いてなかったけど、凛に任せれば大丈夫のはずだ。

 空が書いてくれた地図を頼りにカズの家に着いて、そしてお粥を食べてもらって今彼はアタシの目の前で無防備に眠っている。


「……不思議な気分。こうしてカズの家に居るなんて」


 悪いとは思ったけど周りを眺めてみる。

 縫いぐるみとかでゴテゴテしたアタシの部屋と違って、カズの部屋は必要なモノ以外はないと言った感じだった。とも思えば漫画はたくさんあるしゲーム機とそのソフトも置いてある……これが男の子の部屋なんだって感じだ。


「……好き。それはどういう意味の好き?」


 眠った彼に問いかけても答えが返ってくるはずはない……でもその答えを求めてしまう。


「カズはズルいなぁ……ねえ、本当にズルい」


 でも、そんなもどかしさも好きなの。

 カズと送るどんな時間も大切、そしてそれは掛け替えのない思い出になると思っている。


「……よし」


 ズルいカズ、だからこれだけは許してね。

 眠っている彼の頬に、アタシは唇で少し触れた。急激に高まる体温、心地の良い気恥ずかしさに包まれながらアタシは夕方まで時間を潰す。


 そして――。


「ただいま~!」

「……?」


 夕日が見える頃合い、女性の声が響いた。

 もしかして、そんな気持ちに私を他所に足音は段々と近づいてくる。カズの部屋の前で止まった足音、ガチャリと音を立てて扉が開かれるのだった。


「和人調子はどうか……し……ら?」


 眠っているカズ、そして立ち上がろうとしたアタシを見てその人は微動だにしなくなった。

 とっても綺麗な人、綺麗な黒髪はサッと揺れていた。顔立ちは少しキツイ印象を受けるけど目元は……カズ似かな。スタイルも女性の理想とするモノ……その人は暫し固まった後、ポツリと口を開いた。


「……和人のガールフレンド?」


 その言葉にアタシの顔が真っ赤になったのは言うまでもない。

 

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