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『アタシさ、本当に一瞬頭真っ白になったんだよ?』
「俺だってびっくりしたんだよ。何となく乃愛ちゃんの表情から嫌な予感してたけどさ」
その夜、当然のことながら柚希との話の話題は乃愛ちゃんのことになった。
『アタシさ……カズがどっか行っちゃうんじゃないかって慌てて家飛び出してさ』
「……すっごい体当たりだったもんなぁ」
『それくらい嫌だったの。カズが居なくなるの嫌だよ……』
切なそうに放たれたその言葉が耳に残る。
そこまで必要とされるのはとても嬉しいことだ。けれどそれは俺だって考えてしまう……もし今傍で笑ってくれる柚希がふとした時離れてしまったらと思うととても辛くなってしまうのだ。
「同じ……だな」
『同じ?』
「俺もふとした時思うことがあるよ。もし柚希が居なくなったら……って」
目を閉じてそんな嫌なIFを想像する。
彩が失われた世界で独りぼっち、そんな嫌な想像が脳裏を駆け巡った。柚希と知り合ってまだ一年と少し、それでも柚希という存在は俺の日常に深く刻まれた存在だ。そんな彼女が居なくなるって考えると胸が張り裂けそうになる。
想像というのは厄介だ。それを考えなければいいのに、一度考えてしまうとこびりつく様にその光景が焼き付いてしまう。思わず言葉が止まってしまった俺に、柚希の優しい声が届いた。
『居なくならないよ。アタシは居なくならない』
「柚希?」
『アタシはカズの傍に居るのが好き。何よりも好き、どんなことをするよりも好き。アタシが一番心から笑えるのはカズの隣なの』
……同じだよそれこそ。
俺だって柚希の傍に居るのが好きだ。色んな表情を見せてくれる君の傍に居れることが今の俺の一番の大切だ。
「……俺も」
『……………』
「俺も同じ気持ちだよ。柚希が望んでくれる限り、俺は傍に居たいと思う」
恥ずかしさ? そんなものはとうに捨てた。
柚希の言葉に答えるように俺も伝えたいことを言葉にした。
『そっか……それじゃあ大変だよ?』
「大変?」
『そ、大変』
柚希は一旦言葉を切り、そしてこんな言葉を俺にくれた。
『ずっと望んじゃうから』
その言葉はスッと入ってきて胸に沈んでいく。
今の俺はどんな顔をしているかな、あまり見たくはない顔をしているかもしれない。電話の向こうでもジタバタと音が聞こえることから、柚希としても恥ずかしいことを言ってしまったという実感はあるんだろう。
それからはどちらからともなくこの空気に耐え切れなくなり話題は変わっていく。幼馴染たちの話を交えながら、話題は柚希が口にしたお弁当の件へと移った。
『ねえカズ、あのお弁当を作るって言った話アタシ本気だからね』
「それは嬉しいけど……本当にいいのか?」
『全然いいよ。カズはアタシの作るお弁当が食べれないって言うの?』
そんなことは断じてない。女の子の手作り弁当ってのは男子高校生の憧れみたいなものだぞ。作ってくれるなら嬉しいし食べてみたい気持ちももちろんある……ただな、それで俺の為に時間を潰させるのが気が進まないんだよな。
『もしかして時間使わせるから申し訳ないとか思ってる?』
「……………」
『図星ね。ふふ、カズったら本当に分かりやすいんだから』
俺が分かりやすいと言うか柚希が鋭すぎるんだと思うんだ。……いや、俺が分かりやすすぎるから柚希も簡単に分かるのか? 俺がこんなことを考えている間に柚希は楽しそうにクスクスと笑っている。
『どれだけの時間アタシがカズのこと見てると思ってるの? 分かるよ、カズは優しいもん』
「……優しいって言われたのは柚希が初めてだよ本当に」
『なら他の人がそれに気づいてないだけ。ちょっと嬉しいかも』
「嬉しい?」
『だってカズの一番の理解者はアタシってことでしょ? まあご家族を含めずにだけど』
自信満々にそう言われると……少し気恥ずかしいけど案外そうかもしれないって思ってしまう。柚希は本当にこちらのことを分かってくれる。もちろん俺としても柚希のことはある程度理解できるけど、どちらかと言えば柚希には遠く及ばないか。
『話を戻すね。言ってなかったけどアタシの普段のお弁当は自分で作ってるのよ』
「そうだったのか?」
『うん。カズに食べてもらいたい気持ちもあったけど一緒に食べ始めたのは昨日からでしょ? 今日はチャンスがあったけど洋介の馬鹿……コホン、アホに邪魔されちゃったし』
言い直したけど意味ないよそれ……哀れ洋介。
『だからほんのちょっと手間が増えるだけで同じことだよ』
「……そっか」
『うん。だからちゃんと言ってね? お母さんが忙しい時は』
手間が増えるのは申し訳ない気持ちがある。けどここまで言われてしまっては断ることこそが柚希に悪いのかもしれない。いずれ何かお返しをしないとな、この弁当の件もそうだし日頃のお礼の意味も込めて感謝を伝えよう。
「分かった。楽しみにしてる」
『うん! 腕によりをかけて作るから期待しててね♪』
気が早いけどその時のことを想像してみる。
教室で柚希がお弁当って言って渡してくるとなると……クラスメイトから凄い目で見られるような気がしないでもない。案外気にしないで居てくれるかもしれないけど、柚希の居ない所で根掘り葉掘り聞かれそうだ。
「でもそうか。あの柚希のお弁当女の子って感じで美味しそうだったけど……そっか、柚希が自分で作ってたんだ」
『美味しそうって思ってくれたの? それなら嬉しいな。ふふ、自慢じゃないけどアタシたち幼馴染の中だと料理はアタシが一番なんだよ♪』
「へぇ」
個人的には青葉さんが料理上手そうに見えたけどそうじゃないのかな?
『凛も自分で作ってるけどアタシが教えてあげたの。雅は……』
「……ダメなの?」
『壊滅的にね』
ほほう、それは少し意外だ。
『雅って見た目お人形みたいで……こうお上品に見えるでしょ? でも料理とかに関してはダメで、それ以外でも女子力は本当に壊滅的なの』
「何と言うか意外だな」
柚希の言ったように朝比奈さんは小柄でお嬢様みたいな印象だ。だからこそ女子力は高いと勝手に思っていたけど、柚希は見た目に騙されちゃだめだよって笑いながら教えてくれた。
『蓮が面倒を見てるからね。あの子、蓮が居ないと本当にダメだから。蓮も蓮で雅のことが大好きだから望むところって感じだけど』
「……何だろう、あの二人に抱いていた印象が崩れていく」
『クラスの子たちは知らないんじゃないかな? あれで相思相愛だから相性も良いし喧嘩もしないからアタシたちとしては安心してるんだけどね』
クラスだけじゃなくて学校のどこかでもあの二人の姿を見ることはある。朝比奈さんはあまり表情は変わらないけど須藤を信頼しているのは分かるし、須藤も朝比奈さんを見つめる目はとても優しいから大切にしているってことは理解できるんだ。
「青葉さんはやっぱり空が好きなのか?」
『そだよ。凛なんて傍から見てれば好きなの丸わかりなんだけど……空があれじゃん? 鈍感なんてレベルじゃないよあれ。しかも変に自己評価が低いから誰にも好かれることはないって思ってるし』
「……あぁ何となく分かるよ」
確かに空は鈍感だもんな、今日みたいに柚希に睨まれて青葉さんと抱き合っていたけどそれ以上の感情は抱いて無さそうだったし……あれは青葉さん苦労するぞきっと。
『一回さ、中学の時に空に気づいてもらうために他の人と付き合って焦らせてやるとか自棄になった時があってね。あの時は大変だったなぁ……』
「付き合ったの?」
『それこそまさかだよ。アタシたちが全力で止めたの。いくら気づいてもらいたいからって他の人と付き合うなんて悪手も悪手だからね。そんなものは出来の悪い小説の中だけで十分よ』
当時のことを思い出したのか少しだけ疲れを感じさせる柚希の声音に、相当苦労したんだなと俺は苦笑した。
『洋介も洋介で鈍感だしね。あれは空以上よ……乃愛がかわいそうだわ』
「乃愛ちゃんがねぇ……え!? もしかして?」
『うん。乃愛は洋介が好きなの。昔からずっとね』
「……ほ~」
何だろう、今日は凄い色んな幼馴染事情を耳にするぞ。あまりに情報過多で頭がパンクしそうだ。
『……って色々話しちゃったね。遅くなっちゃった』
そう言われて時計を見るともう二十三時を過ぎていた。
大分話し込んでいたようでお互いに笑みが零れた。
「夢中になってたな。それだけ柚希と話をするのが楽しかったってこと……かな」
『そうだね。アタシも相手がカズだから時間忘れるくらい話し込んじゃった』
こうして電話をしていざ終わろうかっていう時少し困ることがある。それはどちらから電話を切ろうかってことだ。
『それじゃあまた明日ね? ……うぅ』
「どうした?」
『明日また会えるって分かっていてもさ、たくさん話が出来るって分かっていても勿体ないなって思うの。時間が無限ならこの電話を切らなくて済むのに』
「……そうだな。でもちゃんと寝てまた明日会おう」
『そうだね……うん、分かった! じゃあねカズ、また明日!』
「また明日。おやすみ」
『お休みなさい……』
「……………」
『……ふふ』
「……はは」
そうして柚希から電話が切れるのを待って俺はスマホを置いた。
また明日……か。前までは何とも思わなかったけど、良い言葉だなって最近特に思う。明日は金曜日、休日の前に控えた日……頑張るとするか!
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