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 あれから柚希とは途中で別れ、俺も自分の家に帰るため来た道を戻っていた。まだ夕方でそこまで遅くないこともあり家に寄って行かないかとも言われたのだが……流石にまだ俺には女の子の家に入るというのは難易度が高かったらしい。どうにかして引き留めようとする柚希に心を鬼にしてやんわりと断り、どうにか次は絶対にお邪魔するという約束をさせられて事なきを得た。……いや何も助かってないだろって今になって思ったけど、あの柚希の嬉しそうな笑顔を見てしまうと訂正するのも気が引けてしまう。




「……今年は色んなことが起きるなぁ」




 一年の時もそうだったけど二年になってからは目まぐるしく日常が過ぎていく。その中心にいるのは間違いなく柚希、彼女の存在が俺の周りを明るく照らしてくれているのだ。




『カズはGWとかどうする? 早速デートしよ!』




 四月もそろそろ終わりを迎え五月になる。となると多くの人が待ち望む大型連休が到来するわけだが……もう柚希と遊びに出かけることはほぼ確定になりそうで今から少し緊張している。




「……ま、なるようになるか」




 あまり気を遣い過ぎても柚希に悪い、だからこそ普段通りの俺たちとして過ごせば良いのではないだろうか。学校に居る延長線上、その上で柚希もそうだし俺も楽しまなくちゃな。


 っと、そのように先に控えた連休のことを考えていた時だった。




「お兄さん。ちょっといい?」




 ポンポンと後ろから肩を叩かれたのは。


 聞こえてきたのは女の子の声だ。だが俺は考え事をしていたのもあったし、何よりいきなり背後から肩を叩かれて思いっきりビックリしてしまった。声は出さなかったが、思わず肩が跳ねるくらいにはビックリしたと思う。




「……誰?」




 初対面の人には敬語が普通だがこの反応は仕方ないだろと勘弁してくれ。


 振り向いた俺の先に居たのは一人の女の子……柚希? いや、違うな。柚希に限りなく似ているが雰囲気もそうだし声も違った気がする。


 柚希に良く似た女の子、お兄さんと呼ばれた……そして。




 ……ストーン!!




 ……なるほど、洋介が言っていた柚希の妹かな。




「お兄さん今何か変なこと思わなかった?」


「いやいや別に。初対面の人にそんな失礼なこと思わないよ」


「ふ~ん」




 思いっきり怪しんでいますがな……。しかし流石は柚希の妹? 勘が鋭いと言うか何と言うか……下手に嘘は付けないタイプだ。


 しかし何故この子は俺に声を掛けたんだろうか……素直に聞いてみるとしよう。




「君は?」


「誰だと思います?」


「……柚希の妹?」


「ピンポーン」




 どうやら妹というのは合っていたみたいだ。




「月島乃愛と言います。よろしくお願いねお兄さん」




 クルっとポーズを決めて彼女、乃愛ちゃんは自分の名前を口にした。




「三城和人だ。よろしく?」


「どうして疑問形? ていうかこれから少し時間いい? お兄さんとお話がしたいの」




 どことなく拒否できないオーラを感じた俺は素直に頷いた。




「それで、妹ちゃんは何が聞きたいの?」


「乃愛でいいよ」


「妹ちゃんは――」


「乃愛」


「……乃愛ちゃん」


「よろしい♪」




 間違いない、彼女は柚希の妹だ。


 それとない表情が本当にそっくりで柚希を詳しく知らなければ騙されても仕方ないレベルかもしれない。


 さて、乃愛ちゃんは一体何を聞きたいのか。




「私の聞きたいことは一つだけです」




 ……まあある程度予想は付いているけど。




「お兄さんはお姉ちゃんの恋人なんですか?」




 たぶん乃愛ちゃんは俺と柚希が一緒に帰っているところを見ていたんだろう。だからそれが気になってこうして俺を呼び止め、見たままの状況から恋人ではないかと質問をしてきた……という感じか。俺は乃愛ちゃんの問いかけに首を振った。




「付き合ってはないよ。柚希とはクラスメイトなんだ。委員会も同じでよく話をするんだよ」




 何も嘘は言っていない、正直に伝えると乃愛ちゃんは「嘘でしょ」と口にした。




「いやいやいや。手も繋いであんなに見つめ合ってるのに付き合ってない? お兄さん、それは何の冗談なの?」


「……いや、本当に付き合ってないんだが」




 俺と柚希の関係性は決して恋人とかそんなものではない。俺自身柚希のことは大切に想っている……だからこそそういう関係性に憧れと言うモノはあるんだ。一歩を踏み出すのが怖い……俺はまだそんな弱さの中で足踏みをしている。




「何となく二人の関係性が見えました。……なんともじれったいなぁ」




 小さく呟いたつもりだろうけどバッチリ聞こえてるんだよなぁ。乃愛ちゃんは疲れたように一息吐き、そして言葉を続けた。




「個人的にお姉ちゃんの恋は応援しているの。お姉ちゃんって私と同じで美人なのに浮いた話が一つもないから」


「自分で言うんだな」


「持って生まれた容姿だからって傲慢なわけじゃないよ? 維持するために、そしてもっといい女になれるようにって努力してるの。その頑張りの果てが今の私、だから自信持って私は美人だって言うんだよ」




 何と言うか凄い子だなと思った。


 今まで見たことのないほどに自信家、けれど絶対の自信を持っているから出てくる言葉。柚希とは違うタイプだけど、こんな子も居るんだなと彼女の続く言葉に耳を傾ける。




「話を戻すけど、お姉ちゃんには浮いた話が一度もなかったの。告白はたくさんされてるけどそのどれにも頷かなかった。そのお姉ちゃんがさ、お兄さんと話してる時凄く楽しそうにしてたの。手を繋ぐなんて考えられないし、ましてやそーくんたち以外の人に名前呼びを許してるのもビックリしたくらいだから」




 話の流れからそーくんたちっていうのはおそらく空たち幼馴染のことか。




「そんなお姉ちゃんがあんなに幸せそうに笑ってた……それが妹として凄く嬉しかったんだ」




 乃愛ちゃんは綺麗な笑みを浮かべてそう言った。その笑顔が柚希の浮かべてくれる笑顔と被り、話を聞いていた俺自身も頬が緩むのを感じた。洋介からは大したクソガキだと聞いていたけど、目の前の女の子はただお姉ちゃんが大好きな妹だ。たぶん俺が見たことがない顔を持っているんだろうけど、それでも柚希のことが大好きだというのはこれでもかってくらい伝わってくる。




「乃愛ちゃんは柚希が大好きなんだな」


「当たり前だよ。たった一人のお姉ちゃんなんだから……だからね」




 そこで乃愛ちゃんは一旦言葉を切り、先ほどよりも真剣な目付きになって俺を真っ直ぐに見つめた。




「恋人だとか変な勘繰りをしてごめんなさい。これからがどうなるかは分からないけど、この先もお姉ちゃんの笑顔を守ってあげてほしいの。お兄さんだからこそお姉ちゃんはあんなに笑顔で居られると思っているから」




 俺はその言葉にしっかり頷くことで応えるのだった。




「もちろん、俺も自分に出来る範囲で柚希を守っていく。俺の日常に彩りをくれたあの子を……大切なあの子を」


「……こっちが顔赤くなるからやめてお兄さん」




 ……申し訳ない、言った傍から俺も恥ずかしかった。




「それにしても聞いた話と違って少し驚いたよ。洋介……は分かるのか?」


「よーくんかな? 何か言ってたの?」


「クソガキだって」


「……あぁ、あの野郎締めてやる」




 ……間違いない、この子は本当に柚希の妹だわ。


 指の関節をポキポキと鳴らしながら物凄い笑みを浮かべている乃愛ちゃん。しかし傍に俺が居ることを思い出したのかハッと笑顔に戻った。




「もう隠せないと思うけど」


「言わないで。女には絶対に見られたくない顔ってのがあるの」




 頬を紅潮させて顔を隠す乃愛ちゃんだったが、そこで何かを思いついたのかニヤリと笑みを浮かべた。その笑みを見た瞬間俺はとてつもなく嫌な予感を感じた。


 乃愛ちゃんはスマホを取り出して誰かに電話を掛ける。俺から少し離れて話をするものだから会話はあまり聞こえてこない。少しだけ待っていると乃愛ちゃんが俺にスマホを渡してきた。




「ちょっと話してみてよ」


「……えぇ」




 いきなりすぎるだろ、そんなツッコミをするまでもなく俺は乃愛ちゃんにスマホを握らされた。仕方ないかと思って恐る恐る電話の向こうに居るであろう相手に口を開いた。




「もしもし?」


『……え』




 え、その声はもしかして……。




「柚希?」


『カズ? え、なんでどうして……どういうこと!? カズが乃愛の大切な人って!?』




 ??????


 なんだ、一体何が起こっているんだ? 電話の向こうではどんがらがっしゃんと色んなモノが地面に落ちる音が響き渡る。隣を見ると心底面白そうにクスクスと肩を揺らして笑う乃愛ちゃんが居た。乃愛ちゃんにスマホを返すと彼女は笑いを堪え切れない様子で口を開いた。




「クク……アハハ!。お姉ちゃん嘘だって! ちょうど帰り道に居たお兄さんに会ってさ。それからずっとお話してたの。凄く良い人だねお兄さん……私も気になっちゃうなぁって切れちゃった」




 どうやら電話先の柚希が切ったようだ。




「ここから家まで歩いて10分くらい……5分は切るかな」


「何が?」


「ちょっと待ってて」




 乃愛ちゃんに言われて待ち続けると、何かが物凄いスピードでこちらに走ってくる。見覚えのあるシルエット、そしてそれは一目散に俺の胸に飛び込んで来た。




「ぐふっ!?」




 猛烈なタックルに食べたモノが逆流……はしないもののかなりの威力だった。飛び込んで来たのは柚希で、彼女はハァハァと荒く息を吐きながら最初に俺を見て、そしてキッと乃愛ちゃんを睨みつけた。




「乃愛……アンタ……カズに何もしてないわよね……!?」


「してないしてない。お姉ちゃん近所迷惑だから声は抑えてね」




 ……洋介、お前は間違ってなかったのかもな。


 今日知り合った柚希の妹である乃愛ちゃん……かなりのクソガキかもしれない。




「カズは渡さない……例えアンタでもね!」


「お姉ちゃん猫みたいだよ」




 姉妹のやり取りは数分続き、結局俺がそろそろ帰らないとと口にするまで続くのだった。




「カズ……また明日ね? あ、でも電話もするからね?」


「分かってるよ。それじゃあ」


「うん……あ」


「……お姉ちゃん乙女すぎない?」

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