6

 昼休みだ。


 またいつもと同じように空と机を引っ付け、そして当然のように柚希と青葉さんも昨日と同じように机を引っ付けてきた。何というか、昨日初めて一緒に食べたけどこれからはこれがデフォルトになるのだろうか。それもそれで俺自身楽しいし嬉しくていいことだけど。




「よし、柚希の機嫌は直ってるな」


「空君言うんじゃありませんよ」


「あ?」


『ごめんなさい』




 柚希から聞こえる低い声に二人が声を揃えて謝罪を口にする。まるでコントのような流れに苦笑してしまうが、怖いもの見たさに二人を見てしまった柚希の顔が凄く気になってしまう。俺が知っている柚希の顔はいつも綺麗な笑顔か、何かに悩んでいるような顔か……出会った当初の知り合い以外に見せる無表情くらいだからな。基本怒った顔というか怖い顔は見たことがない。


 チラッと柚希を見てみる。




「……♪」




 俺の視線に気づいて満面の笑みを浮かべてくれた……可愛い。柚希の笑顔に癒されているとふと視線を感じた。そちらに顔を向けると空と青葉さんが何か凄いモノを見るように俺を見ていた。




「和人、お前すげえよ」


「三城君が完全に柚希を飼いならしています……っ!」




 飼いならすって何だ飼いならすって。


 青葉さんの言葉に変に反応すると妙な方向に話が広がりそうだったので黙っておく。弁当を取り出すために鞄に手を突っ込んで……そこで気づいた。




「……あ、そうだった」




 母さんに今日の弁当は用意出来ないって言われてたんだった。母さんの仕事の関係でこういった日は多くはないがある。二年になってから初めてだったからうっかりしていた。


 いつまでも弁当を取り出さない俺を他の三人もどうしたのかと見つめている。




「すまん。今日は弁当ないんだったわ」


「え?」


「そうなんですか?」


「あぁ忙しい日か」




 空だけはこんな日があるのも知ってるから普通の反応だ。




「それじゃあ――」




 柚希が何かを言おうとしたその時、ポンと俺の肩に誰かが手を乗せた。




「話は聞いたぞ。三城、一緒に食堂行こうぜ」




 そう言って来たのは藤田洋介、空たちの幼馴染の一人だった。そこまで話したことはない藤田からの提案……まあ弁当がない以上食堂に行こうと思っていたし断る理由もない。


 藤田の提案に頷いて俺は柚希たちに食堂に行くこと伝える。




「そういうわけで食堂行くわ。明日からはまた一緒に頼む」


「……あ」


「了解」


「洋介君変なことはしないでくださいよ~?」


「変なことって何だよ!」




 青葉さんと藤田さんが言い合いを始め空がそれを宥める。そんな中、柚希は弁当をこちらに差し出そうとしたまま俺を見つめていた。……流石にな、柚希が何を言おうとしたかは分かってる。俺は柚希に近づいて彼女にだけ聞こえるように小さく伝えた。




「気持ちだけ受け取っておくよ。流石にもらうのは悪いからさ」


「カズ……」


「まあ今日みたいな日はあるんだよ。母さんが忙しい日とかね」


「そうなんだ」


「少し寂しいけど行ってくるよ」


「……ふふ、そっか。いってらっしゃい」




 そうして俺は藤田と一緒に食堂に向かうのだった。


 食堂に着いて俺が買った食券はカツ丼だ。値段の割にはボリュームがあってお得感が凄い。




「今日は白身魚定食にするか」




 食券を渡して待っている間、藤田が話しかけてきた。




「こうして二人で話すのは初めてだな。改めて藤田洋介、よろしく」


「三城和人。よろしくな」


「おう!」




 爽やかに笑うやつだなってのが第一印象だった。


 スポーツマンって感じに爽やかで性格も裏表が無さそう、ここに着くまでにある程度話したけどとても話しやすかった。男女ともに人気があるというのも頷ける話だ。見た目もそうだし雰囲気も接しやすさが滲み出ているからな。




「空たちが話してるから気になってたんだよ。いい機会だった」


「どんなこと話してるか気になるなそれは」


「……俺さ、言わないでいいこと言っちゃう人間だからやめとくわ。柚希に殺されたくないし」




 ……柚希は本当にどんな風に思われてるんだ?


 気にしないでくれと藤田に言われ聞かずにいたけど、普通に聞いたら口を滑らせそうではある。そちらも気になるが、まずは昼食を食べることにしよう。


 空いてる席に座った俺たちはそれぞれ頼んだモノを口にする……うん、カツが最高に美味い!




「うめえなぁ。このタルタルソースが絶妙だわ」


「美味そうだな」


「そっちのもな」




 互いに笑い合って食事を進めていく。しかしあれだな、教室もうるさかったけど食堂は更にうるさい。まあ教室なんて比べ物にならない広さで人も多いから仕方ないと言えば仕方ないのだが。


 隣に座って飯を食ってるとはいえ大して絡みがないので話すこともすくない。それでも俺は特に気にしてなかったが、ある程度食べた所で藤田が口を開いた。




「……なあ、一つ不安に思ってることがあるんだよ」


「何が?」




 いきなり不安と言われて俺は思わず手を止めた。




「三城が弁当ないからって言って誘ったけど……後で柚希に何言われるか」


「別に何も言われないと思うけど」


「俺たち幼馴染の間だとあいつは暴君だからな」


「それ言っていいやつ?」


「やめて! 俺が殺されちゃう!」




 なるほど、言わなくていいことを言っちゃうって意味が分かった。


 けど暴君……ね。俺の知る柚希とはかけ離れたモノだけど、そんな姿を出せるのもまた幼馴染っていう長い付き合いの賜物ってやつではないだろうか。




「そんな姿を見せられるのも幼馴染だからなんだろうな。藤田たちからしたらあれなのかもしれないけどさ……俺にとって柚希って女の子は可愛くて優しい女の子だからさ」




 口にしたように俺にとって柚希って女の子の印象はこうだ。だから少しだけ、そんな顔を見せられる幼馴染のこいつらが羨ましいって思うこともあるんだ。




「なるほどな。……まあでも、あの柚希が誰かとのことを嬉しそうに話すってのはなかったんだ。だから俺たちにとっちゃ嬉しいことなんだよ」


「そっか」




 柚希が嬉しそうにしてくれているのなら俺も嬉しいことだ。けど……こうなると昔の柚希はどうだったのかが気になるな。




「昔の柚希はどんな子だったんだ?」




 教えてくれるか怪しかったけど、藤田は昔を懐かしむように口を開いた。




「昔は結構不愛想だったぞ。俺たち幼馴染の間では笑ってたけど、他の人の前だとあまり笑わなかった。けどやっぱり昔から可愛いってよく言われてたからそれなりに告白とかはされてたんだ。そのどれにも頷きはしなかったけど」


「へぇ……」




 今でもあれだけ美人で可愛いなら告白も当然か。それにしても不愛想……か。確かに初めて会った時は笑わない子だなって思ったけどそれが普通だったんだな。




「ま、色々あるけど今は笑うことも増えた。それは俺たち幼馴染にとっちゃ喜ぶことだ。だからありがとな三城。お前のおかげだ」




 面と向かって言われると照れるモノがあるな。でも俺は大したことはしていない。偶然と偶然が重なって今のような関係が出来たからだ。とはいっても、大切にしたいという考えは変わらない。




「礼を言われるようなことじゃないよ。ただ俺は柚希を大切に想ってるから」


「……そうか」




 空とは違うけど同性ということもあってかペラペラと話してしまった。俺は照れくささを隠すためにカツ丼を食べることに集中する。食べることに集中した俺と同じように藤田も食事を再開し、会話は少な目に時間が過ぎていく。




「ごちそうさまでした」


「美味かったぜ」




 食べ終わって食器を厨房に返し、教室に戻るまでの間に再び俺の知らない柚希の話が始まった。




「この先柚希と関係が続くなら妹と会うこともあるんだろうなぁ」


「柚希って妹が居るのか?」


「二つ下にな」




 柚希には妹が居たのか。


 二つ下っていうと来年高校生だな。




「結構クソガキだぞ? 見た目は柚希そっくりで可愛いんだが……まあ会うことがあれば分かる」


「俺はないと思うけどな」


「いやあるな。あの無駄に鼻の良い女が姉のことを気にしないわけはないから」




 そこまで言われると逆に気になるんだが。




「柚希そっくりの女を見つけたら気を付けるんだ。まあ見た目は似てるけど胸はないからそこが分かりやすい違いではあるな」


「お前それ言ってやるなよ」


「……あ、また言ってしまった」




 お前は色んな意味で気を付けた方がいい。




「おっとそうだ。こうして話すことになったんだし名前で呼んでいいか?」


「いいよ。よろしくな洋介」


「おうよ! こちらこそだ和人!」




 お互いに名前呼びをすることで改めて友達になった。


 そうして教室に戻った俺たち、席に戻ってすぐに柚希に話しかけられた。




「……遅い」


「え」


「帰ってくるの遅い」


「……あぁ悪い」




 思えば時間の終わり際まで話してたようなものだからな。ぷくっと顔を膨らませる柚希の顔が可愛くて俺は思わず苦笑を浮かべた。


 けどこうして眺めて改めて思うのはやっぱり可愛い子だなってことだ。暴君とか言われてたけどとても想像できない。




「……ま、柚希はこうでないとな」


「へ?」


「いや、柚希は可愛いなって思っただけ」


「か、可愛いって……もういきなりだよ!」




 ポンポンと肩を叩いてくるその仕草も可愛い。


 ある程度柚希とじゃれてチャイムが鳴り、先生が来るのを待つ中柚希がふとこんなことを言いだした。




「そう言えばカズ、アタシ決めたの」


「なにを?」


「今日みたいな日にさ。アタシがお弁当を作ってあげる!」


「弁当を……え!?」




 笑顔で柚希が口にした言葉に俺は唖然とするのだった。


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