5

 今日はいつもより早く学校に着いた。


 昨日の夜は柚希と話をしてとても楽しい時間を過ごした。そのおかげで気持ちよく眠れたからかどうかは分からないが、今朝の目覚めがとても良かったのもありこうして偶には早く出てもいいかなと思ったわけだ。




「おはようさん」




 教室に着くと多くはなかったがクラスメイトの姿があった。


 適当に挨拶をして机に向かい腰を下ろしてみたが……うん、早く来てもやっぱやることがないな。スマホを取り出して時間を潰していると段々と人が増えてくる。いつものようにある程度の喧騒を取り戻した教室、次いで廊下が騒がしくなりキラキラ幼馴染が来たことを教えてくれた。


 彼らが教室に入るといつものようにクラスメイトに囲まれ、そこから逃げるように空が出てくる。ここまではいつもと一緒だったが、今日は少し違った光景を見ることになった。


 空に続くように……というわけではないが、柚希もその集団から飛び出したのだ。彼女は俺を見つけパッと笑顔になり、そのまま駆け足で俺の傍まで来た。




「おはようカズ!」


「お、おはよう」




 今までにないほどに元気な挨拶に少し面食らってしまった。柚希はそのまま椅子に座っていつものようにグッと距離を詰めてきた。




「……電話も良いけど、やっぱりこうして顔を合わせて話すのが好き。カズはどうかな?」




 ……その問いに答える前に冷静に状況を分析しよう。


 いつも距離が近い柚希だけど今日はもっと近い。一歩間違えば普通に……ね? いい香りはするし僅かな息遣いは聞こえるわでまあそれくらい距離が近いわけだ。だというのに柚希は全く気にしてないのか真っ直ぐに俺を見つめて返答を待っている。




「……そうだな」




 とりあえず気持ちを落ち着けて考えてみようか。


 確かに昨日柚希と電話をした時間は楽しかった。普段話をすることのなかった時間帯で話すのは新鮮だし、あそこまで喜んでもらえるなら俺としても嬉しい以外の気持ちはない。でもそうだね、柚希の言ったようにこうして顔を合わせて話をする方が俺も好きかもしれない。




「俺もこの方がいいかな。柚希が傍に居るって感じがするしさ」


「傍に……そうだね。カズがこんなに近くに居る……凄くいい」




 一体俺たちはどういうやり取りをしているんだ。


 柚希とのやり取りに夢中になって気づかなかったけど、ふと我に返ると周りがそこそこ静かになっていることに気づいた。チラチラとこちらを見る視線に何とも言えない気持ちになる……が、柚希は相変わらず俺の顔ばかり見つめていて気付いた様子はない。




「二人っきりの世界作ってんなよ。ここは学校だぞ」




 この場における救世主は空だった。


 空はそう言って席に座り後ろを向くように俺たちに視線を向けた。その一言で柚希もハッとして辺りを見回して今の状況に気づいたみたいだ。


 男女半々の視線と言ったところだ。男子は羨ましさと嫉妬が混ざったようなモノで、女子は楽しそうであったり興味であったりとそんな感じだ。柚希は何故かキッと視線が鋭くなり、更にググっと距離を詰めて呟いた。




「……あげないもん」




 ……もっと視線が多くなりましたけど柚希さん。




「?」




 そこで俺は柚希の手が行ったり来たりをしていることに気づいた。伸ばそうとしてもそれが出来なくて引っ込めて、でも伸ばしたくて引っ込めて……俺は手を伸ばして柚希の手を掴んだ。




「……あ」




 俺の顔を見上げた柚希は驚いた顔をしていた。登校して来たばかりだからちょっと冷たい手、細くてすべすべとした女の子の手だ。




「……その、嫌なら離して大丈夫だから」




 俺自身鋭い人間じゃない、だからこれが柚希の望んだことなのかは分からない。だからこそ怖い部分もあったけど、柚希はぎゅっと俺の手を握り返して来た。




「ううん、嫌じゃない。温かいよ」




 誰にも見える位置じゃないから俺たちが手を繋いでいるのが見えているのは空と……今近くに来た青葉さんくらいだ。空と青葉さんはお互いに顔を見合わせ、そして俺たちを見て笑みを浮かべていた。




「あ、そうだ」




 そこで空が俺に向けて口を開いた。




「土曜日あの漫画の発売日だけど和人はどうする?」


「……あぁそう言えば今週か。いいぜ」


「よし、それじゃあ10時に駅前で」


「了解」




 流れるように週末の予定を入れた俺と空だ。こうして空と予定を立てて出掛けることはよくある。といっても一年の終わりぐらいからだけど、出掛けた数としてはそこそこじゃないかな。




「空君よく三城君と出掛けるんでしたっけ」


「時間合えば飯も行くよな」


「だな。この前行ったラーメン屋は絶品だった」




 そうそう、初めて行った場所だけど味は最高だった。俺も空も思わず替え玉を頼むくらいに美味しかったしまた行こうって話もした。


 さて、そんな俺と空だが今青葉さんが言ったように幼馴染の中じゃ知らないんだろうな。プライベートで出かけたことがあるのは空だけで、他の幼馴染たちは柚希ももちろん出掛けたことはない。




「……え、空はカズと休日出掛けるくらい仲良いの?」


「柚希?」


「なんでそんな怖い目で俺を見るんだ」




 光の消えた目で空を見つめ続ける柚希が怖い、あの青葉さんも思わずビクッてしたくらいだし。




「アタシだってまだ一緒に遊びに行ったことないのに……」




 更にギュッと手を握ってくる柚希に俺は苦笑する。


 ……そうだな、いい機会かもな。




「柚希、今度一緒に出掛けないか?」


「……え?」




 もう空の存在なんて眼中にない、そう言わんばかりに俺の方に視線を向けてきた。




「女の子と出掛けることなんてないからエスコートとかは期待しないでほしいけど――」


「そんなのいい! カズと一緒に出掛けたい、二人で遊びたい!」




 えっと……柚希と休日に会うことが決まりました。




「カズとデート……やった!」




 男女が一緒に出掛けるのはデートになるのか……まあそうだよな。ちょっと緊張するけど凄く楽しみにしている俺が居る。こうして誘うのは不安と期待が入り混じったモノだったけど、傍で喜んでくれる柚希が居るのなら誘って良かったって心から思える。




「幸せそうに笑いますね柚希は」


「やれやれ……同じくらい俺たちにも素直だといいんだけどな」


「そうですねぇ。昨日のやり取りなんて凄かったですし」


「やり取り?」




 俺がそう聞いた瞬間気のせいか周りの温度が下がった気がする。すると――




「凛、黙りなさい」


「ハイ」




 地獄から聞こえてきそうな冷たい声が俺の傍から放たれた。青葉さんは今まで見たことがないほどにブルブルと震えて涙目だ。何とも言えない返事をした青葉さんはそのまま空に抱き着く。




「大丈夫だ、大丈夫だぞ凛」




 いつもは青葉さんに苦言を呈する空だけど、今回ばかりは青葉さんの味方らしい。……いや、空も空でビクビクとしていた。これさ、俺柚希の方に視線を戻すのが怖いんだけど。




「……柚希?」




 それでも声を掛けないわけにはいかず、俺は恐る恐る柚希の方を向いた。




「なに? ふふ、どうしたの?」




 ……とっても素晴らしい笑顔の柚希だった。


 どうやらこれは聞かない方がいいことなのかもしれない。どうしてあそこまで二人が恐れているのか分からないけど、俺はどっちかって言うと柚希の味方なんだ。だから聞かないことにしよう……すっごく気になるけどね。






 その日の青葉さんはいつになく大人しかった。


 何となく幼馴染たちの力関係が見えた気がした俺だった。


 

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