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「母さん風呂上がったよ」

「は~い」


 風呂から上がったことを母さんに伝えて俺は自室に戻る。

 夕飯を食べて風呂も終えると後はもう適当に過ごして寝るだけだ。簡単に明日の用意を済ませてベッドに横になった。まだ寝るわけではないけど少し疲れもあったためだ。


「……ふわぁ」


 ジッとしていれば欠伸が出てしまう。気を抜けば眠ってしまいそうだったが、その瞬間を狙ったかどうかは分からないが電話が掛かってきた。画面を見ると柚希の名前、どうやら早速今日のうちに電話を掛けてきたようだ。


「もしもし」

『もしもし、今大丈夫だったかな?』

「大丈夫だよ。後少しで眠気にやられそうだったけど」

『そっか。それならよかった』


 向こう側でホッとしたように息を吐き出すような音が聞こえた。それにしても、こうして家に居て柚希の声を聞くのは新鮮な感じがする。メッセージにせよ電話にしろ、他の友達ともするが女子ともなると話は違ってくる。普段連絡をしてるのは空だったり男友達……悲しいかな女子の連絡先はあまり登録されていないのだ。


『なんか不思議な気分。こうして家でカズの声が聞けるのは』

「……そうだな」


 俺と考えていたことと同じことを言われて驚いた。


「同じこと考えてたよ」

『同じこと?』

「うん。俺も家で柚希の声を聞くのは不思議な気分だって」

『……ふふ、そっか。アタシたち気が合うね』

「今更でしょ。そこいらのやつより仲はいいと思ってる」

『そうだよね! アタシとカズは本当に相性がいいんだようん!』


 ……青葉さん、アンタの言ったことは本当だ。柚希にとっては無意識かもしれないけど、こうやってズバズバとこちら側に斬り込んでくる。けれどそれに対して不快な思いをしないのは相手が柚希だからだろう。……本当に彼女と仲良くなれて良かったなって思う。憎からず想う女性としても、単純にクラスの友人としても。


「……………」

『カズ?』

「……あぁごめん。少し考え事してた」

『考え事って?』


 きっと向こう側では無邪気に首を傾げているんだろうか、そんな光景が思い浮かべてしまえるくらいには柚希のことは理解しているつもりだ。そしてそれはおそらくあちらも同じなんだろうとも思う。


「柚希と話すようになったきっかけのことをね」

『あぁ……う~ん、嫌だったけど今となってはあの人には感謝してるよ。ある意味でアタシとカズを繋いでくれた人だから』


 あの出来事は偶然だった。

 柚希はその美貌もあってよく告白をされるというのは周知のことだ。中には少しばかり質の悪い男が居たこともあった。まだ一年の頃、偶然俺は質の悪い男に言い寄られている場面を見たんだ。腕を掴んだりして柚希が本気で嫌がっていたのを見た俺は居ても立っても居られなかった。当時は好意のような感情は持ってなかったけど、クラスメイトの困っている姿を見過ごすことは出来なかった。


『あの時、アタシを背に庇うカズは凄くかっこよかった。それとなく見ていた背中があの時はとっても大きく見えたんだよ』

「まあすぐに幼馴染たちが駆けつけてきたから俺は特に何もしてないようなモノだけど」


 確かに俺は柚希を守るために間に入った……けれどそれだけだった。学生である以上手を出せばそれなりの罰は受けることになるから手を出すことは躊躇った。それでも例え殴られたとしても誰か人が来るか、それか相手が諦めるまでは決してその場を退くつもりはなかった。結局暫くして幼馴染たちが現れて不利と見るや相手は立ち去った。


『そんなことないよ。本当に助かったもん……あの出来事があったからアタシはカズと話すようになった。嫌だったけど、カズとアタシの時間が始まった瞬間だから』

「……そっか」

『うん』


 思えばこうしてあの時のことを柚希から改めて聞いたことはなかったな。そっか、そんな風に考えていてくれたんだな。直接聞いてちょっとこそばゆい気持ちになったけど、あの時一歩を踏み出して良かったって心からそう思える。


「……そうだな。あれから俺は柚希とよく話すようになった」


 ただただ時間が来るまで時間を潰すだけの委員会は楽しくなったし、教室でも何の因果か常に俺たち二人の席は近かった。最近に至っては隣にまでなって更に話をする時間も接する時間も増えた。


『あ、今回は隣なの!? やった! やったよカズ!』


 席の場所が決まった瞬間、そう大喜びする柚希に手を握られてブンブンと振られた。空を含めた幼馴染たちも一緒に喜んでいたけど、他の男子からは何とも言えない視線をもらったのを覚えている。……あぁそうそう、そう言えばその時にこんなことがあったな。


『なあ三城、席替わってくれない? 俺がそこに――ひっ!?』


 たぶんだけど、あいつは柚希のことが気になってたんだと思う。それで何とか俺に席を変わってくれって言ったところをちょうど柚希に見られて、それで柚希が物凄く怖い顔になって威嚇したこと……正直俺も怖くて顔を逸らしたくらいだ。


「……くくっ」

『? どうしたの?』


 思わずあの時のことを思い出して含み笑いが出てしまった。


「柚希と席が隣になった時のこと思い出してな。あの時は怖い顔だったなぁって」

『わ、忘れてよ! ていうかやっとカズと隣になれたのに替われって言ったんだよ!? そんなの神様だって怒るってば!!』

「いやそれは流石に――」

『怒るの!』

「……はい」


 どうやらあの時席を替わっていたら神様が怒っていたらしい。

 ……まあでも。


「替わる気はなかったよ。俺だって隣になれて嬉しかったんだから」


 そう、俺だって嬉しかったんだ。


『……………』

「柚希?」


 柚希の声が聞こえなくなって思わず名前を呼んだ。

 ハッと息遣いが聞こえ、次いで何かをパンパンと叩く音が聞こえてようやく返事が返ってきた。


『……ごめん、嬉しすぎて足バタバタさせちゃった。お母さんに静かにしろって怒られちゃった』

「……えっと……ごめんなさい?」

『うん……ごめんなさいしてください。アタシをこれでもかってくらい喜ばせた罰!』


 それは罰なのか?

 それから柚希と時間を忘れるくらいに楽しく話をして、気づけばそこそこに良い時間になっていた。


『もうこんな時間だね。ごめんカズ、ずっと付き合わせて』

「いいよ全然。凄く楽しかった。また電話……いや、俺からも掛けていいか?」

『っ! もちろんだよ! いつでも出るからね!』

「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」

『……待ってるから。もちろんアタシも掛ける。一日に一回はカズの声聞きたいもん』


 ……嬉しいことを言ってくれるよ本当に。

 たぶん、今の俺の顔は誰にも見せられない気がする。嬉しさのあまりニヤけそうだから。


「それじゃあ柚希、そろそろ終わろうか」

『そうだね。はしゃぎすぎて疲れちゃった……また明日ね?』

「うん。また明日、お休み」

『お休みなさい』


 そうして電話は切れた。

 俺はスマホの画面を暫く見つめた後、ふぅっと息を吐いて電気を消すのだった。確かに俺も話をするのに夢中で疲れはあるけど、それでも気分のいい疲労だ……気分のいい疲労ってなんだよってな。

 内心で一人ツッコミしつつ、ベッドに横になった。


「また明日……か。良い言葉だな」


 また明日、お休み柚希。








      ~我らは幼馴染~


 柚希

 うふふ~さいっこうに幸せな気分! いい夢見れそう!


 空

 いきなり何だ?


 凛

 空君は鈍いから分かんないんですねぇ


 洋介

 なんだなんだ事件か?


 凛

 あ、もう一人居ましたね。こっちは馬鹿ですけど


 洋介

 馬鹿って何だよ馬鹿って


 雅

 ようちゃんのことは置いておいて、柚希ちゃん楽しそうでこっちも嬉しくなるよ


 柚希

 嬉しさが天元突破しそう。早く明日にならないかなぁ!


 蓮

 このグループメッセージ三城に見せてやりたいよな。どんな顔するかね


 柚希

 見せたらぶっ殺すぞてめえ


 空

 ……俺たち幼馴染にはこれだもんな


 洋介

 いいじゃん恋に生きてるって感じで


 凛

 恋のこの字を知らないガキは黙りましょうね~


 雅

 黙ってねようちゃん


 洋介

 俺お前らに何かしたか?


 柚希

 アンタは存在がうるさい


 洋介

 ……ぴえん


 蓮

 ひでえ

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