3
その日の授業が全て終わり放課後になった。
帰宅する者や部活する者が様々な中、俺も彼らと同じように荷物を纏める。とはいってもこれで下校するわけじゃない、これから委員会の仕事があるからまだ帰ることは出来ないのだ。
「委員会だっけ?」
「あぁ。つっても座ってれば終わる仕事だよ」
誰かと話をするとか会議をするとかはなく、ただただ座って時間を待つだけのお仕事だ。空は頑張れよと一言言って青葉さんと共に教室を出て行った。その背中が見えなくなるまで見送り、俺は柚希に声を掛けた。
「それじゃあ行くか」
「うん♪」
頷いた柚希と共に並んで教室を出た。
「ふんふんふ~ん♪」
隣で鼻歌を歌いながら上機嫌の柚希の様子が目に入る。思えばこうして委員会の仕事に向かう時の柚希はこんな感じだ。柚希の考える真意は分からないが、それでも楽しそうにしている彼女の姿を見ると俺自身も嬉しい気持ちになれる。
そうして柚希と一緒に向かったのは図書室……そう、俺たち二人は図書委員なのだ。別に本が好きとかはないしやりたいからやったというわけでもない。敢えて言うなら話が進まなくて仕方なく手を挙げたからなるようになったという感じである。男女選ぶ方式だったから俺の次に柚希が手を挙げてめでたく俺たち二人が図書委員になったというわけだ。
「よいっしょっと」
「よっこらせっと」
お互い爺さんと婆さんみたいな声を出してカウンター席に座る。週に三回、月曜と水曜そして金曜が俺たち二人の当番になっている。特に難しい仕事なんかはなくて、本の貸し借りカードの管理や騒ぐやつが居ないかの見張りみたいなものだ。
「あんまり人いないね」
「だな。まあ楽でいいけど」
利用者が居なければそれだけ仕事が楽になるからいいことだ。
椅子に座った俺たちはそれぞれ各々のやりたいことをする。俺は勉強道具を取り出し、柚希はスマホを取り出して弄り出した。うちの学校は校内でも授業の妨げにならない限りはスマホの使用は認められており、こうして図書室でスマホを使っていても注意されることはない。まあ図書委員としての仕事の最中であるが……基本ここは先生にはほったらかしにされてるし構わないだろう。
疎らに訪れる利用客を相手しながら時間を潰す。
やっておきたかった授業の復習を終えた俺は教科書を片付けた。こうなると手持無沙汰になるわけだが……そこでふと柚希が口を開いた。
「ねえカズ」
「う~ん?」
「もう少し傍に行っても良い?」
……こんな風に柚希が提案してくるのも珍しくはないのだ。
以前一度断った時割とマジで泣きそうな顔をされてからというもの断ることは出来ずにいる。下心がないわけじゃないし役得ではあるけど……やっぱり恥ずかしいモノは恥ずかしい。しかも柚希に悪意はなくて純粋にそうしたいからと聞かされたこともあって、俺はやっぱりこの提案を断ることはない。
その提案に頷いた俺を見て柚希はすぐに椅子を持って肩が触れ合うほどの距離まで近づく。いや、しっかり肩は触れていた。
「えへへ、ちょっと恥ずかしいね」
「……凄く恥ずかしいけど」
ま、恥ずかしいのはお互い様ってことか。
それから暫く俺は肩越しに柚希の体温を感じていた。柚希も何かをするでもなくジッとしていて、誰かの本のページをめくる音が僅かに聞こえるくらいに静かな世界だった。
「ね、ねえ」
「どうした?」
「すっごい今更なんだけどさ、連絡先交換しない?」
「……あぁそういえば」
柚希に言われてまだ連絡先を交換していないことを思い出した。別に家に居てもそこまで誰かと連絡を取るわけでもないし、柚希とは学校で結構話をしている方だから気にしなかったんだ。俺としても柚希との連絡先を交換するのに異存はない、むしろ交換したいと思ってる。
鞄からスマホを取り出してお互いに連絡先を交換する。
登録された柚希の名前を見て何とも言えない嬉しさが胸に溢れる中、ふと柚希に目を向けると彼女は大切そうにスマホを胸に抱き抱えていた。
「ねえ、早速今日電話してもいい?」
期待を大きく含んだ問いかけ、俺はもちろん頷くのだった。
「……けどさ、どうせならもっと早く交換してればよかったなって思うよ」
「そうだね」
「俺も学校以外で柚希と話とかしたいしさ」
「あ……うん。そうだね!」
……あぁ本当に、この笑顔に俺は弱い。
『ふ~ん、アタシは月島柚希。よろしくね三城君』
思えば初めて会った時はこんな感じで素っ気なかったか。俺自身柚希のことを少しだけ苦手に思っていたこともあって会話なんて全く出来なかった。この子が笑うのはあの幼馴染たちの中だけで、入学当時はクラスの中でも本心から笑ったところは見たことなかった気がする。
そんな柚希と俺がこんな風に話す様になったきっかけはたぶん……。
「カズ?」
「……っ」
「ボーっとしてどうしたの? もう時間だよ?」
柚希に言われて時計を見ると戸締りをする時間になっていた。
そっか、そんなに考え事をしていたのか。考え事をすると周りが見えなくなるのは悪い癖だな、そう苦笑して俺は柚希と一緒に図書室を出た。
鍵を職員室に返して下駄箱に向かい、靴を履き替えて外に出た。
「今日はとってもいい日だね。カズの連絡先ゲットできたし!」
「言ってくれればいつでも交換したよ。いや、俺ももっと早く言えば良かったねほんと」
「アタシだけの一方通行じゃなくて安心した。カズも同じだった……それが本当に嬉しいの」
……本当に綺麗に笑うよな柚希って。
頬に集まる熱さ、どうか夕焼けのせいだと勘違いしてくれると助かる。まあ柚希の様子から気づいて無さそうだけど。
「……あれ?」
「どうしたの……あ」
柚希と並んで歩いていた時、校門のところに一人の男子を見つけた。
あれは確か先輩だったかな? 柚希は誰か知っているみたいだけど……そうして近づくと先輩は俺たちに気づいて近づいてきた。
「月島さん、待ってたんだ。校内だとあまり会うことがないからさ」
「そうですね。いつも幼馴染たちと一緒に居ますから」
何となく意図は読めた。
この場合俺はどうしたらいい? もちろんそんな問いかけに答えてくれる人が居るはずもない。本当にどうしようか、そう思っていた時柚希が俺の腕を取った。
「え?」
いきなり腕を取られて驚いた俺を他所に、柚希は溢れんばかりの笑顔で言葉を続けた。
「アタシは先輩の気持ちに応えることはできません。自分のことでも精一杯ですし、今はまだ友人ですけど一緒の時間を大切にしたいんです」
柚希の言葉を聞いて先輩は俺のジッと見つめ、そっかと小さく呟いた。先輩はそのまま時間を取らせて悪かったと柚希に一言謝罪をして立ち去っていく。その背中はとても小さく見えたけど、ああやって誰かに想いを伝えることが出来るのは凄いと思う。きっと誰にでも出来ることじゃないし、簡単に出来ることでもないと思っているから。
「ねえカズ、このまま帰ろうよ」
「……分かった」
だから上目遣いで聞かないでほしい断るのは難しいから。
幸いに人目は少ないから俺たち二人が誰かに見られることはあまりない。精々が近所の人くらいなものだろう。
腕を組んでるということは温もりももちろん柔らかい感触もダイレクトに伝わる。チラッと柚希を見てみると、彼女も彼女で下を向いたままだった。
『柚希は猪突猛進というか、押しが強いですから大変ですよ? 照れ屋な面もありますからしっかり見てあげてくれると私は嬉しいです』
青葉さんにこんなことを言われたのを思い出した。
今朝のように揶揄ってくるのもそうだし、図書室や今のように恥ずかしがっているのもまた彼女の可愛さというか魅力の一つなのだろう。
思えば高校生活は普通な始まりだった。友達もそこそこ出来たし空と知り合ってから柚希を含めたキラキラ幼馴染との交流も出来た。でも一番俺の日常に彩りをくれたのはやっぱり柚希なんだろう。
「……なあ柚希」
「なに?」
そう言えばあまりお礼を言ったことはなかったな、これをいい機会だと思って伝えることにしよう。
「ありがとな。本当に毎日が楽しいんだ。柚希とこうやって過ごすのが……あはは、ごめん。すっごい恥ずかしいわ」
「……っ~~!」
顔を伏せて額をグリグリと肩に押し当ててくる柚希、性別が逆なら俺もこうしてたかもしれん。それくらい恥ずかしくてヤバいから。
「いきなり! いきなりすぎるってば!」
「いい機会だったからさ」
「それでも……それでも! ……アタシも同じ、アタシも今が好き。……ふふ、一緒だね!」
そうやってお互い笑い合ってまた歩き出す。
それからはもうずっと話をしていた。考え付く限りのことを話した倒す勢いで、そして夜に電話することも約束して俺たちは別れてそれぞれの帰路に着くのだった。
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