第11話 至る所で

「お兄様、何でこんなところに?」

「お前こそ、何でここに?」

 ハイエルフの王宮の地下牢では、ハイエルフの兄妹が間の抜けた声をあげていた。ハイエルフのの一王国の王とその妹王女だった。

 彼女は、国王=兄が、シン、タイカと反旗を翻し、彼らからの独立、開戦を命じる王命の檄文を見て、慌てて王宮に駆けつけたのである。

「兄上は、何を考えているのですか?」

 王の間の扉を開けると同時に叫んだが、国王=兄はいなかった。

「いったい何を騒いでいるのですか?」

 玉座の脇に立つ、兄嫁、王妃が咎めた。

「義姉上。どういうことですか?シン様、タイカ様に鉾を向けるとは!今までの恩義を忘れた行為であるだけでなく、無謀な企てだとお分かりにならないのですか?」

“お前が唆したのか、この糞女!”と続けたいところをぐっと堪えた。

「この者を捕らえよ!王女とはいえ、王命への反逆、売国の行為、大罪に値する!」

 直ぐに、衛兵達に抑え込まれてから、慌てて、

「兄上はどこよ?兄上をだして、お兄様あー!」

 彼女は、狼狽していた。王女である自分にこのような行為を彼らがとるとは思ってもいなかったのだ。既に、王妃、義姉、兄嫁は背を向けていた。

「お前達…?」

 連れてきた護衛の姿はなかった。呆然としつつ、暴れまくる彼女を、衛兵達は押さえつけて、引き摺るようにして、地下牢に連れてこられたのだ。

「なるほど。」

 妹の説明を聞いて考え込む兄に対して、

「お兄ちゃんこそどうしたのよ?」

 兄上が、ついにお兄ちゃんになっていたことに彼女は、気がついていなかった。

 昨晩のこと、公爵達、その一人、というより率いていたのが、彼女の夫だった。

 反乱、全面開戦を要求する彼らに、こんこんとその非を説明していたところ、

「そのようなふがいない王を、玉座から引きずり下ろせ!」

との一声に、引きずり下ろされ、地下牢に放り込まれたのだ。衛兵は、彼を守ろうともしなかった。王妃である妻のことを心配して、引き立てられながらも、周囲を見まわした彼の視界に、妹の夫達と談笑している妻、王妃の姿があった。

「え?お兄ちゃん、開戦の命令は出していないと?」

「俺はお前が開戦を叫んでいると聞いたぞ。」

「え?」

 唖然としている妹に、兄は溜息をついて、

「お互い、配偶者に裏切られたようだな。」

 しばらく黙っていた妹は、

「だから言ったのよ!あんな性悪女にうつつを抜かしているからよ。きっと、どこかの男と…そうに違いないわ。あの淫乱女のことだから!」

「なあ。」

 王である兄は、少し呆れた顔で、

「あれとは、子供の頃に、父上達が決めた許嫁だぞ。それに、あいつの不倫相手は、お前の亭主だぞ、多分。」

「へ?」

 少しの間、思考が停止した。頭のが再び回転し始める。考えてみると言われたとおりだった。兄を地下牢に入れた時に、兄嫁と一緒にいたのは彼女の夫だった。いや、彼の傍らにいたのが彼女なのである。彼は何と、自分に言った?王が、兄がシン、テイカに反旗をひるがえそうとしていると言ったのだ。王宮に駆けつけて、兄、国王を、諫めようという自分を止めなかった。護衛兵達、彼女付きの家臣ではなく、あわてて単身で飛び出そうとした自分を見て、急いで夫がつけてくれた、夫の兵だ。そして、さっきはその自分の護衛兵が肝心なところで消えていた。

「そんな?」

 夫婦仲は悪くはなかった…はずである。自分に涎を流させ、よがり声をださせて満足させて、抱いてくれていた。頻繁に求めてきたのは、夫の方ではないか?抱かれるごとに、あの秘めた思いが確実に薄くなると感じていた。それなのに…それが…。

 混乱する妹を、兄は優しく抱きしめた。

「すまない。私がしっかりしていなかったばかりに、お前を、捲き込んでしまったようだ。」

 兄が心から、自分のことを心配していることが、伝わってきた。“罰が当たったんだわ。抱かれて、乱れて、お兄ちゃんを忘れて。”彼女も兄を抱きしめた。

「お兄ちゃんこそ、本当に可哀想だよ。」

 見廻りの足音を感じて、二人は体を離した。

「でも、これから如何します?兄上。」

 落ち着いて、言葉使いを改めた妹の言葉に、兄=王は腕を組んで唸った。見廻りは彼らを見てすぐに行ってしまった。次までには、数時間はある。

「衛兵が動かなかったいうことはだな、近衛隊長も裏切っていると見た方がいいな。ここで下手に魔法を使うと、すぐばれる。その仕組みがあるからな。そもそも、牢の格子にかけられた魔法無効化結界は、長老級のだな。」

「長老まで?お兄ちゃん、抜かりすぎよ…。かと言って、私も手札はないか…。」

 言葉遣いがまた元に戻った妹に、兄=王は突っ込みたかったが、何とか押しとどめて、

「手札は一応あるんだが。」

「え?」

 彼が手をかざすと、二人の前に扉が現れた。

「脱出のための扉だよ。気づかれない程度の魔力で呼び出していたんだ。ようやく現れてくれた。だけど。」

「だけど?どうしたのよ?躊躇していては、負けよ。」

「そうだな。」

 彼は妹の手を取り、その扉を開けて、その中に妹を連れて入って行った。扉が閉じられると、それはすぐに消えてしまった。 

 気がつくと、暗い部屋の中だった。

「しー!」

と言う兄の声が聞こえてきた。すると、何かが聞こえてきた。耳を澄ませると、男女の、あの時の声だった。

「お、お兄ちゃん、ここは?」

「私の寝室の隠し部屋だよ。だから…。」

 女の喘ぎ声は、聞き覚えがあった。“あのクソ女!”兄の手を握った。兄=国王は震えていたが、彼女が力を込めて握ると、それは収まり、逆に手を握り返してきた。女の声が高まり、男の名を呼んだ。それに男が答える。名も、声も知っていた。どちらも、彼女の夫のである。微かに嗚咽が漏れた。兄は妹を抱きしめた、優しく。寝室では、いつの間にか睦語になっていた。魔法で、彼は光る玉をだした。一瞬、目が眩んだが、光に目が慣れるとそこは小さな武器庫だった。

「取り敢えず武装しよう。」

「でも、音が聞こえたら。」

「こちらの音は聞こえないようになっているんだ。」

「そうなんだ。こんな部屋とか用意しているなんて、さすがお兄ちゃん!」

 妹の嬉しそうな顔を見て、彼も嬉しくなったが、現状を思い出して、優しく、

「さあ、口よりも手を動かして。」

「うん。」

 小さい時に、二人で隠れて、秘密の遊びをしたときのことを思い出して、状況を忘れて、浮き浮きするものを2人して感じていた。

「準備出来たか?」

「出来たわ。」

 二人とも、王家秘蔵の聖剣、聖鎧、魔法具等を身に着け、聖槍、聖弓を手に持った。

「これから如何する?逃げて、再起を図るの?外への出口もあるんでしょう?」

「あるが、誰が味方か分からないし…。ぐずぐずして、シン様達に反旗を翻してしまったら、お二人にこの国は蹂躙されてしまう。いっそのこと…。」

「王宮の兵がみんな、あいつらに従っているはずないものね!最悪の場合、二人だけで戦おう。私、お兄ちゃんとだったら…。」

 素早く彼の考えていることを理解した彼女に感心するとともに、躊躇う気持ちも湧き出てきた。

 兄の顔を見上げた。兄も彼女の顔をじっと見つめた。

「一緒に。」

「うん。」

 そのまま、引き寄せられるようにして、抱き締め合い、唇を重ねた。長い口づけが終わり、体を離し、

「行こう。」

「目にもの見せてやろうね!」

“まずは、最初に気合勝ちすること!”二人はまた現れた扉を開けて飛び出した。


 

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