第9話 勇者が戻ってこなかったので

 4人の勇者達とそのパーティーが戻ってこなかったことから、その本国ではかなりの騒ぎとなった。内心では、王室、政府の中では、ほっとしている者達も多かったが。

 勇者というものは、厄介な面がある。その功績、国や民を救う功績、魔王をたおす、に相応しい報酬が難しい。少なすぎると非難され、多すぎるとも非難される。また、彼らの力は不安材料である。関連する名声もそうだ。勇者を優遇しようとすれば反対があり、排斥しようとする勢力が台頭する。その逆でも、反対する派が現れ、勇者を取り込もうとする勢力も現れる。それとは関係なく行動する良識派は常に一定数いるし、勇者自身の資質の問題もあるが、それも含めて厄介な、複雑な問題となり得る。そのような問題の発生しない国も多いが、そうした国々は、国も、民も、勇者も、あまり深く考えない連中だからである。下手に賢すぎるのは、馬鹿より悪い場合が多い。今回、勇者を送った国々は、賢い輩が多すぎる、考え過ぎる国々だったと言える。考える必要がなくなり、ホットしたわけである。彼女達の母国は、動き始めたが、はたと思い至った。何をきっかけに動くべきかと。魔族が動いたという情報もなく、動く大義名分がない。その時、

「何の心配も有りませんよ。」

という声が聞こえてきた。そこに、異国の大使がいた。今回のことを立案し、勧めたのは彼だった。もちろん、彼の本国の指示であることは間違いないことだった。異なる国々の王宮に、タイミングよく、彼らは入ってきた。

「魔王軍が来ると言って出兵すれば他の国々も同調します、必ずや。」

 既に兵の動員など、ことは動いている。止めるのは難しいところまで来ていた、既に。

 そして、時を同じくして、魔族の軍が動き始めたという知らせやエルフ、オーガ、オーク、ドワーフの各部族からの応援要請なども送られてきた。

「やはり、私は、既に死んでいたねか!」

 勇者ドウサは、自国の王都の広場で読み上げられる開戦の布告を聞きながら、がっくりとうなだれた。髪の色を染め、旅の商人風に装い、フードで顔をすっぽりと隠しているとはいえ、その彼女に気がつく者はいなかった。

 目が覚め、傷ついた身をベッドで横たえて、治療を受けながら、シンに言われた時には“いや、嘘だ…。”とも思おうとしたが、同時に、彼がこのような形で騙そうとするとは思えなかったし、さりありなんという気持ちがあった。それでも、現実に目にし、耳にし、肌で感じると、ショックは大きかった。“もう必要とされていない…、いや最初から必要とされていなかったのだな。”完全に踏ん切りがついた感じだった。

「まだ、動員に時間内がかかりそうだな。」

 既に、彼女の目は、シン達の側で見るものに変わっていた。

“彼の言うように、私達勇者を死なせるために送ったのかもしれないな。しかし、そこまで策した奴は誰なんだろうか?”

 しかし、その策士についての情報は得られなかった。

「しかし、」

 兵力差は圧倒的に思えた。

「あのガトリング銃の弾丸は、屋内での跳弾防止と君達を殺さないように蝋弾だったんだ。実戦では、鉛玉以上に重い金属弾を魔法でさらに強化したものを使うから、ドワーフの魔法の大楯とか、鎧でも、貫通するよ。」

 自分のパーティーのメンバーを戦闘力を奪った、何本の筒を回転させる兵器のことを解説してくれた。あの兵器の強さは分かるが、兵力差を挽回できる差ではない。彼に何か策でもあるのだろうか、とも思ったが、更に、加わろうという国もあるらしい。とても、対抗する手段が思い浮かばなかった。それでも、あの二人の下で戦うことに、もう迷いはなかった。

 ウーニャやクーワも、同様なことを自分の国で思っていた。

 それに、シンには、自分達の国を征服するという野心はないと、何となく確信に近いものを感じていたから。

 彼女達は、出来るだけ正確に、軍の動きを調べ、シンに伝えようとしていた。

「ハイエルフをはじめとして、エルフの里が三つ、オーガ、オーク、オーガ、ドアーフの町が総計5、襲撃をかけてきたよ。」

「魔王軍が、二つ迫ってきているわね。」

 シンとテイカは、息子と娘とともに地図を覗きこんでいた。

 これに呼応して、エルフ達の救援要請を受けて、各国の軍が侵攻を開始することは、そう遠くなさそうだった。

「全く、何でわざわざ争いごとを起こすのかしら?こっちは、何もしてないのにね。平和で、共存してやってるのに。こういう時に、仇敵同士手を取り合うんだから。魔族と変わらないわよね、全く。」

 元女魔王が言いまくったが、皆も同様な気持ではあった。

「とはいえ、四面楚歌ですよ、母上。」

「すべての戦線に十分な兵力をというのは困難ですよ。防戦一方ではジリ貧ですし…。」

「各個撃破というのも、意外に難しいですから。」

 子供達の主張はもっともだった。 

「防戦に徹する、お前達は。同盟国や盟友の勇者達も同様に。人間の軍、亜人の反乱軍を、私。」

「と私が潰してゆく。」

 テイカが割って入った。シンは、表情を変えずに、“まあ、そのつもりだったけど。”

「機を見て、各自反撃をする。精鋭200名程度、可能な限り最新装備を持たせるようにしてくれ。」

「できるだけ早く、準備して。私達二人で、あ、すぐに出撃できるだけは連れて行くけど、先行するから、残りは後から追いかけさせなさい。」

“姉さんは、織田信長かよ。”と思ったが、口には出さなかった。正しい判断だと思ったからだ。

「しかし、母上。」

 子供達は、半ば反対だった。もっと慎重にと説得しようと、助けを求めるように父の方を見た。“仕方があるまい。姉さんは、言いだしたら聞かないから。”

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