第7話 過去と現在の交差
「残念だよ。どうして分かってくれなかったんだ、君は。」
シンは、上段に立っていた。魔王が座る玉座が、彼の脇にあった。しかも、そこには魔王が座っている。
「見損なったぞ。魔王に心を売っていたとは。君が…!」
勇者は、歯ぎしりしていた。そして、涙を浮かべていた。
「戻ってきて!まだ、間に合うわ!一緒に戦いましょう!」
聖女が叫んだ。
「自分を取り戻して!魔法にかけられているのよね?あなたなら、できるわ!」
半弓に矢をつぎながら、エルフの女戦士が、涙を流しながら、悲痛な声をあげていた。
「どうして、魔族と人間はここでは共存しているんだと思う?そして繁栄している。人間界に侵略もしていない。かえって、他の魔王から人間界を守っているんだ。エルフやオーガ、ドワーフだって同様だ。」
寂しげな調子で語りかけた。もう半ば諦めていたが、言うのを止められなかった、半ば、まだ諦めていなかったから。
「あなたは、間違っている!共存ではない。魔王に支配されている国に過ぎないのよ!」
ハイエルフの女戦士が、目を真っ赤にして、大粒の涙を流しながら叫んでいた。
「おまえたちは間違っている。この男は、我の部下などではない。わが夫だ。ここは、魔王と勇者が治めている国なのだ。彼は勇者だ、遠い異国のな。」
女、魔王は厳かな口調で、さとすように、説明するように言った。
「遠い異国の元勇者と言う方が正確だな。君たちは、ここまで来る間に見ただろう?この地域の豊かさを、平安を。」
“わかってくれよ!”
「牢獄の平和と言う言葉もあるぞ。」
賢者が怒鳴った。
「そもそも、牢獄だと見るのが誤りなんだがね。」
遠い異国の元勇者が、ため息交じりに言うと、
「どうだ、我らに仕えないか?領主としてやろう。他の魔王と戦うのにも、国作りにも、人手が不足している。相応しい地位も与えるぞ」
と魔王が引き継いだ。
魔王の言葉に反応した者はいなかった。彼らは自分の得物を構えた。
「何を言っても、もう無駄のようだ。」
彼は魔王と頷きあった。二人も剣を抜いた。勇者パーティーの周囲は、いつの間にか戦士達に囲まれていた。戦いは、短時間で終わった。二人の力が、圧倒的に上にだったから。周囲の兵士達は、ほとんど動く必要がなかった。
死んだ勇者は真面目な、使命感に燃えた勇者だった。彼の下に、彼のチームに邪な者は、一人としていなかった。そのことは、共に過ごし、共に戦い、助けてきたから、よく分かっていた。だから、彼らには好感を感じていた。この勝利は、後味の悪い勝利でしかなかった。シンは、悲しげな表情で死体を見つめていた。タイカが、優しく、彼を抱きしめてくれた。
ドウサと彼女の仲間達を見下ろしながら、シンは憂鬱な気持だった。彼女達は、はっきり襲撃するため魔王城に侵入していた、彼女達には魔大公の館と称して、二人の息子と娘が応対したところだ。
「あなたの隣にいるのは、あなたが妻だと思っているのは、魔王なのよ!」
あまりにも騎士すぎる彼女が、悲痛な声で叫ぶように訴えた。どうか戻って来て、私の元に、と言うかのようだった。二人の頭の中には、かつての思い出が過った。
あの時、彼女と彼女のパーティーはひどく落ち込んでいた。有力な剣士、魔道士、賢者達が彼女に見切りをつけて出て行ったからだ。正確にいうと足手まといのメンバーを切り捨てろという要求を彼女が拒否したことが直接の理由である。彼らは他の勇者から勧誘を受けていた。また、パーティーに入れるよう求めてきたグループを、実力はあるが、その行動、略奪等を行ったという噂があることとその代わりに使えない元からのメンバーを切り捨てたくないという理由から拒否していた。彼らとて、命と将来がかかっているのである。一方的に非難はできない。とにかく、戦力は半減以下になってしまったのだ。今まで容易だったクラスの魔獣討伐にも、ドウサが満身創痍の状態で何とか倒した。自分の力だけでは不足だ、ということへの責任を感じる彼女と自分の力の無さから、彼女が苦労することに責任を感じるメンバー達、そして、そういう状態を見て、彼らに対して周囲は冷たくなっていたことから、野営地で重たい沈黙が続いていた時だった。
「私達のパーティーに入りたいと?」
大幅に人数が減っていたから、新たな入団者は、本来なら歓迎なのだが、落ち目の勇者のパーティーに入りたいなどという奴なぞ信用できなかった。
「実力を見せてちょうだい。」
力無く、無表情で言った。これだけで、怒って行ってしまうと思った。
しかし、その男は
「当然だな。」
と言って同意した。
ドウサが立ち合った。剣と魔法の試合で、全力ではなかったとはいえ、彼女が押された。
「これで実力が分かったでしょう?」
と言って彼が剣を収めた時、彼が自分以上に実力を抑えていたと感じた。彼のお陰で、彼女はもちろん、彼女のパーティーは救われることになった。
彼は他のメンバー達の資質を見抜き、アドバイスを与え、特訓に付き合い、資質を引き出し、より高めてくれた。誰もが、“自分がこんなに!”と思うほど成長した。それは、勇者であるドウサについても同様だった。作戦の立て方から必要な物資の確保まで行い、パーティーで欠けている戦力を彼が補い、皆の補助、支援にまわり、地味で危険な斥候も彼が担い、料理まで作ってくれたが、これがまた美味かった。食欲が満たされると、力だけでなく、気力、知力、精神力も高まった。村に魔族の軍が迫った時には、村の義勇兵達を上手くまとめて戦力にしてしまったのも彼だった。色々なことでの交渉もしてくれた。八面六臂の活躍をしてくれたのに、彼は、あくまでも、皆の後ろに一歩退いた立ち位置にいた、戦いでは一番危険な位置に立ちながら。他の勇者の妨害を巧みにそらし、襲撃を回避し、本当に襲撃を受けた時には、その戦いの先頭に立った。魔王城に突入した時も、
「ここは私に、任せて魔王を!」
と寄せてくる守備の魔族兵の前に立ち塞がった。魔王とその側近に苦戦する中、何と、いつの間に、その兵達をなぎ倒したのか、彼が助けにやって来た。彼の手助けで魔王を首尾よく倒すことが出来た。そして、彼女達が、間違いなく顕彰されることを調べて、それを彼女達に報告した翌日、彼がいるはずの天幕の中に彼はいなかった。連絡手段を書いた手紙だけが残っているだけだった。
チームの皆が唖然として、声がしばらく出なかった。ドウサは、涙を出すまいと、それが不可能だと分かると、隠そうと必至になった。
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