第5話 勇者達は嘆く

 「そろそろ、酒は止めた方がいいよ。」

 ウーニャのワインが入った杯を、オーンは取り上げた。

「別にあいつに、奧さんがいたって別に構わないんだからね、私は。全然、惚れてなんかいなかったんだから、あんな朴念仁!」

 杯を取ろうと身を乗りだしたオーンに、身を乗りだしたウーニャから吐き出される酒臭い息がかかった。

「仕事で、奴の力が必要だから呼んだだけなんだから。それを、クソ勇者達3人組まで呼んで、しかも奧さん連れで、みんなに鼻の下を伸ばして何なの!」

 “素直じゃないんだよな。”オーンは、10以上も年下の小柄な、4人の者の中で一番小さい、明るい赤毛の19歳の勇者を、妹というより娘に近いものを感じて世話を焼いていた。“彼があの3人を呼んだのではなく、彼が呼ばれたんだが。”

 ウーニャは、彼と一緒に仕事ができると喜んでいたし、オーンも実はそうだった。彼は、実に頼もしかったし、共にいたいと思える奴だった。今回の仕事はかなり厄介な相手らしかったので、彼の助力は不可欠な存在のように思えた。だから呼んだのだが、妻同伴のことはともかく、他の勇者も同様だとは思わなかった。3人の中には、油断が出来ない女がいた。各地で、まるで半ば人助けのように歩いていた彼だから、他の勇者達にも頼られていたとしても不思議ではなかったが、彼も目算が外れたと思っていた。元気の固まりのような、真っ正直な、このあっかるい勇者は、支えてやりたいと思ってしまうところがある。自分もそうだと思った。自分が、支える人間になれるか?彼は少し悩んで、彼女を見ると、テーブルに、腕を枕にして寝息を立てていた。

「わざわざ呼び出して、何の用事だ?」

 勇者ドウサは、その優雅さが匂いでる姿とは裏腹に、乱暴に椅子に座った。小さな酒場である。密談をするのに使われる場所でもある。それだけに、安全が保たれているので、酒を静かに楽しむために利用している者の方も多い。

「あらあら、そんな乱暴な態度だと、評判を落とすわよ。」

 勇者トレアであった。若いが妖艶な雰囲気を持っている。2人とも、その金髪というだけで目だつのだが、ここでは敢えて誰も視線を向けなかった。美しく、魅力的な容姿ながらも、騎士ということを感じさせるドウサとは対称的である。

「シギョウ殿が、妻子持ちで残念だったわね。」

「なぐさめようとでも言うのか?大きなお世話だ。私は、彼を頼りになる同志と見ているだけだ。彼の能力、人柄を気に入っているのであって恋をしているわけではない。そんなふうに彼を見たことなどはない。」

 声は極力抑えていた。

「残念だったのは、お前のほうではなかったのか?」

 言い返した。代々の騎士の家柄の彼女は、全く尊大なところのない、いたって庶民的で多くの人から敬愛されている。それ故に、トレアの身分の低い出自は、問題にしないが、その策謀家的な行動から、ひどく嫌っていた。トレアの方は、ドウサを単純な脳筋、男女と、心の中では馬鹿にしていた。

「あら、考えが同じだわね、偶然ね。」

「用件を言いなさいよ。」

 感情を抑えた口調で要求した。

「シギョウが言ったこと、どう思う?」

 真剣で、かつ窺うように尋ねた。ドウサは、少し考えるような顔をして、

「それは、魔王など聴いたことがないと言ったことかしら?」

「そう。本当だと思う?本当であれば、行っても無駄ということになるけど。」

 ドウサは黙った。トレアも、次の言葉は口にしなかった。

 2人とも、ここまで来たのは、自国の国王から呼ばれ、命じられたからである。その情報は何処から来たのか等は一応質問した。諸国会議で出た、そのような情報があるというものだった。情報源がはっきりしない。ただ、他の魔族の軍を、魔王を何人も、サクラ地方の魔王は撃退し、破り、勢力を拡張しているということが妙に具体的だった。事実関係を確認してほしいとも命じられた。そして、魔王がいたら倒すように、必要であれば、兵もすぐに送るということだった。

「行って、見て、確かめて、そのようなごとがなければ、帰って、そう報告すればいいだけのことだ。」

“この脳筋女は。”トレアは心の中で嘆息した。

 しかし、ドウサとしては考え抜いてのことだった。国王からは支度金と信任状をもらっている。信任状があれば、行く先の大小問わず国、領主、都市からの便宜を得られる。パーティー仲間の報酬は、それでは完全に不足だから、他で何とかしなければと考えていた。魔王の存在の有無を、ここで考えても、仕方があるまいと腹をくくっていた。トレサは違った。それでも、その場合なら、それをどのように利用するか、考えようとした。

 2人は、黙って、取り敢えずテーブルに置かれた蜂蜜酒の杯を手に取った。

 勇者クーアは、パーティー全員、12人を集めて、今後のことを話あっていた。

「いいのよ、私の心配は。本当は、少しショックだったけど、まだ、何も言っていなかったんだから。彼も、私に何か言ったわけではないし。問題はこれからのことよ。彼を加えようとすれば、あの3人とその仲間と一緒に行動しなければならないわ。それとも、彼無しに、私達だけで行くか。」

 彼女は、4人の中で唯一、エルフである。ハイエルフではない、人里のエルフであるし、それもあり、一般に言われるハーフエルフではないが、純血にはほど遠い。それ故に、パーティーにはハイエルフがいない。そのかわり、人間はもとより、オーガ、オーク、ドアーフ、そして、いわゆるダークエルフと多様である。

「彼の地元だそうではありませんか?彼がともにいた方が、より有利ではありませんか?」

 ダークエルフの魔道士の男が意見を言った。

「まあ、それが正論ね。他の人はどう思う?」

 一応、幾つか出たが、シギョウと行動をともにするという方向になった。

「それに、お姉様の魅力に、気がつくチャンスが拡がるし…。」

 聖女の、顔立ちがやや、年より若い、が付け加えた。他のメンバーが呆れた顔をしたが、

「そうかもね。」

 クーアは、ニッコリ笑った。それを見て皆がホッとした。

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