第3話 2人の馴れ初めは?

「それで、お二人の…、その出会いの馴れ初めは?それで…ご結婚…までいたったのは…。」

 赤髪で、少し小柄な勇者ウーニャが、その人なつっこい笑顔をうかべながらも、少しこめかみをピクピクさせながら尋ねた。

「他人様に自慢するほど、ロマンチックなものではありませんでしたわ。」

 余裕たっぷりの笑顔でかわす彼女を、ウーニャは苛立たしいというふうに見た。他の三人は、そうしたウーニャを快く見ながらも、同様に苛立たしくなる自分を隠そうとしていた。が、手に持ったカップが、小刻みに揺れたりもしていて、とても隠しているとは言えなかったが。

“馴れ初めと言われてもね…。”

 タイアは、100年近く前になることを思いだした。

「え?姉さん?」

「あれ、進?…よね?」

 魔剣と聖剣が激突し、つばぜり合いをしていた時、時空を歪めるほどの魔力がぶつかり合っていた、突然相手のことが分かったのだ。それまで分からなかった理由も、どうして突然分かったのかも分からなかった。確かに互いの顔が近くになっていたとはいえ、互いに、突然に、戦っている相手を“姉”、“弟”と確信したのである。 顔も姿も変わっているのにもかかわらずだ。

 二人は、その時まで、魔王城の奥で、魔王と勇者として対峙して戦っていたのだ。

「どうしよう、姉さん?」

「ところでね、あんたの後ろね、誰もいないわよ。」

「え?どうして?あれ、そういう姉さんの後ろにも誰もいないじゃないか?」

「え?そんな馬鹿なこと?」

「とにかく誰もいないということは…。」

「つまり、誰も見ていないということよね?」

 二人は、状況が把握出来ず、不安ではあったが、取り敢えず、この状況を利用して互いの剣を収めることにした。剣を収めて、振りかえってみると、確かに、相手の言葉どおり、自分の仲間も、自分の家臣もいなかった。

 実は、2人はこの世界に転生した、前世が異世界人だった。帰省するバスで、手をつなぎながら席に座ってウトウトしている時に、バスの運転手が急死して、事故を起こして、それでそのまま死んだのである。転生前の記憶は、幼少からあったが、次第にはっきりとしてきたというか、はっきりと理解できるようになったのは、最近のことだった。年齢があがるに従い、理解力が高まったからだ。だからといって、それがどうしたというところではあった。知っている人間がいるわけではないのだから。地方の騎士とは名ばかりで、自分も畑を耕して生活している小地主のような家に生まれ、文武の修行に励むことを強要され、いろいろとあって、勇者の力が発現、認定されて、魔王討伐を命じられたというのが、弟の事情だった。

 姉の事情とは言うと、彼女も幼少の頃から、転生前の記憶を思い出したが、成長にするにしたがって、内容を理解出来るようになり、彼女も同様、つい最近の事だった。彼女は、高位の魔族の家柄に生まれ、幼少の頃から、その才能を期待される身だった。魔族で期待される才能は、大抵戦闘力だったが、彼女は見事にそれに当てはまっていた。長く空位になっていた魔王の地位に、若くして即位した。祭り上げられた、と言う方が近かった。政治は魔界の大貴族達が、実権を握っていた。戦いでは、彼女の力が不可欠だったが、作戦立案で彼女の発言力はなかった。当初はそれで我慢していたが、少しづつ地歩固めをしていったし、対立しあってどうしようもないことが頻繁にあり、その度事に彼女の裁決、判断を仰いできたため、彼女の権威、権限は次第に高まってきていた。人間界への侵攻は、反対ではなかったが、時期尚早と彼女は思っていたものの、貴族達からの強い要求から始まったものだった。それが、勇者の出現で戦線は押され気味、魔王城まで侵入を許すことになったのである。

「これからどうしようか?僕は姉さんと戦いたくないよ。」

「私だってそうよ。でも…、というか様子がおかしいわね。嫌な予感がするんだけど。」

「僕もそうなんだ。姉さんは、見捨てられたんじゃないか?」

「それはあなたの方じゃない?まあ、両方ともか。あんた、何か身に覚えがない?」

「僕はないよ。姉さんはどうなんだい?」

「私の方は少しあるかな?魔界も政治の世界は、色々あるのよ。」

「魔王様にもなると大変だね。じゃあ、こうしてみたらどうかな?」

「え?」

 勇者=元弟は、魔王=元姉の耳元に口を近づけて囁いた。しばらく聞いていた魔王=元姉は、大きくうなずき、

「やってみようか。」

 二人は、早速並んで精神を集中させた。

 しばらくして、魔王城の大広間で、大爆発が起こった。

 魔王城への侵入口の一画で、勇者のパーティーが集まっていた。

「あのクソ勇者様は、本当に魔王と相打ちだったの?」

 聖女の顔は、見事な金髪を振り乱しながら、日頃見せない、かなり険悪な相が浮かんでいた、その美しい顔に。困ったように剣士と猫耳の獣人女は、彼女を見て、

「まだ、大火焔の熱が冷めない中では、そんなに詳しく調べられんよ。それに、魔族達に気づかれても困るしな。ただ、あの部屋の中に、勇者も魔王も見えなかったし、死体も見かけなかった。実際、あの中で死んだら、死体は灰になっていたろうしな。」

「勇者の臭いはしなかったよ。」

 聖女は、仕方がないという表情で、考えこんだ。

「しかし、勇者を殺して…でなく、見捨てて良かったのかい、本当に?まあ、勝手に死んでくれた方がよかったけどな。」

「やっぱり、殺すのは良心が少し痛むし…。」

 魔道士とエルフの女が心配そうに尋ねた。

「何言ってるのよ。あんたらも、納得したでしょう!あいつの後ろ盾の第一王子と第一王女が失脚したのよ。新しい王様からも命令が来たでしょう?恩賞をもらうのと処刑されるのとどちらがいいのかしら?」

 聖女がイライラしながら、文句を言った。

「別に、勇者に肩入れはしないがな…。あんたは、彼に惚れていたように思っていたんだがね。」

 槍を持った戦士の言葉に聖女の怒りが爆発した。

「誰があんな奴のこと。あんな奴には、そこの汚い猫が調度いいのよ!」

「どういうことだい!それは、そこの淫乱エルフに言えよ!」

「な、何よ!この卑しい亜人が?」

 エルフは、自分を亜人に分類していたかった。彼らにとっての分類、人間、エルフ、亜人なのである。

 猫耳の獣人の女戦士が牙を向いた、本当に。

 その争いを見て、聖騎士の男が、

「勇者も魔王も死んだということでいいんじゃないか?魔王を倒したと宣言して、逃げた方がいいのでは?」

 その言葉に皆は動き出した。

 勇者と魔王は、こそこそと見聞きしていた。いなくなったのを見計らって、魔王は勇者の腕に爪をたてた。

「痛いよ、姉さん。」

「勇者様はおもてになること!」

「関係ないよ、彼女らとは何もしてないし。ところで、どうしようか、こちらにはついて行けないな。」

「とりあえず、私の方も確かめる?もっと危なさそうだけど。」

 二人は顔を見合わせて、頷きあって合った。

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