第8話 フォークロア・ヒーローズ

 画面を前にし、環の鼓動は早くなっていた。

 茜の配信を観て興味を持ち、ラフステが当たってからの数日は、

 他の配信者の動画も観てイメージトレーニングをしてきたつもりだ。


 だが、実際にコントローラーを持ちゲームを起動させてみると、

 どうしようもない緊張が、環の身体を鎧の様に強張らせていた。


「立ち上げるだけでガチガチになってどうすんの」


 そう茜は笑ったが、内心では環の心情が痛いほど理解できた。

 自分も初めて立ち上げるゲームでは、期待や緊張がない交ぜになって、

 ドキドキとワクワクとハラハラが心の中を駆け巡るのだ。

 初めて本格的にゲームに触れる環の場合、それが何倍にも膨らんでいるだろう。


 心配でもあるが、羨ましくもある。

 自分が今まで積み上げてきたゲームへの思い。

 楽しかったことや、悔しかったこと、泣いたり、笑ったり、時にはもう辞めようと思ったこともある。

 そういった人生の様な瞬間を、環は一からスタートできるのだ。


(がんばれ、環)


 そう茜は思いつつ、立ち上がるゲーム画面を環の背中越しに見ていた。


 ズウゥゥゥンッッ!!

 地響きのような重低音が響いた後、画面には開発元である「スタジオ・オトギ」のロゴが現れた。

 そこから何社かのロゴが目まぐるしく入れ替わり、ついにフォークロア・ヒーローズ[以降FLH]のタイトルロゴが現れた。


 環はその画面をじっと見ている。

 そして、ここから始まる自分のゲーム人生の第一歩を踏みしめるかのように、ゲームスタートのボタンを押した。


「とりあえず、チュートリアルって項目を選んで」


 画面に並ぶ選択肢から、茜の指示通り環はチュートリアルを選択した。


「ドキドキしてる?」

「うん、手汗が凄い」


 二人が笑いあっている間に、画面が切り替わり赤い鳥居がそびえ立っていた。


「鳥居くぐって、前に進んでみて」


 言われたとおりにキャラクターを動かす。


 ちなみに、FLHはFPS。

 つまりは一人称視点のため、画面に映るキャラクターは手のみである。


 その画面に映る手がせわしなく動き、前に進んでいる内に画面中央には他キャラクターが現れていた。

 日焼けした肌に虎縞の服、そして金髪。

 その金髪からは可愛い角が覗いている。


 鬼だ。

 しかも女の子の鬼。


「なにこの子、かわいい」

鬼子きこね、この子はチュートリアルでしか会えないのよ」


『は~いお兄さん。ココに来たってことは、このゲーム初めて?それとも確認に来た感じぃ?』


「ギャルだ」

「うむ、鬼ギャルだね」


 感想を交えつつ、チュートリアルを進める環。


 チュートリアルは鬼ヶ島 兵鍛場へいたんじょうと呼ばれるステージで行われ、

 岩場の至る所に鬼の形をした的が設置されていた。

 鬼子の指示でその的を撃ったり殴ったり、岩によじ登ったりしながら鍛錬を進める。


『はい、ソコ当てて』

『けっこ~上手いジャン』

『全然ダメ、もっかいやり直し』


 などと鬼子の声が聞こえるが、

 進めている環は、その的が昔行った遊園地にあった鬼の的にボールを当てるゲームの様だと思っていた。

 恐らくあれを模しているのだろうが。

 あの頃も、茜はバンバン的に当てて良い商品を取っていたのが思い出される。


(あの頃から弾を当てるの上手かったな、茜ちゃん)


 そんなことに思いを馳せながら、射撃や格闘、武器の選択や交換、投擲物とうてきぶつの使用方法などのチュートリアルを一通りこなし。


『ん~、オッケー』


 とのお墨付きを鬼子に頂く事ができたのだった。

 セリフ自体は軽かったが。


 ペットボトルに口を付け、一息ついた環だったが、

 チュートリアルを済ませただけなのに、かなりの疲労感を感じていた。

 だが、これは心地良い疲労感だ。

 疲れてはいるが、気持ちは前に前に進みたい!


 その様子を見ていた茜が。


「んじゃ、一発フリーで遊んでみようか?」


 そんな環の気持ちを感じ取り、更なる挑戦へと促した。

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